ポピュリズムが日本ではまだ流行らないのはなぜか?静かに迫る「民主主義の危機」

トランプ米大統領。

米カリフォルニア州で、メキシコからの不法移民流入を防ぐ「国境の壁」のプロトタイプを見学するトランプ大統領。保護主義や反移民を掲げるトランプ大統領のアメリカや、欧州連合(EU)離脱に動くイギリスなど、欧米先進国をポピュリズムが席巻している。

Reuters

エリートが仕切ってきた政治・経済体制に異議を唱え、「大衆」の権利こそ尊重すべきだ——。そんな思想に基づき、極端な政策を主張するポピュリズム(大衆迎合主義)が欧米先進国で広がっている。

保護主義や反移民を掲げるトランプ大統領のアメリカ、欧州連合(EU)離脱に動くイギリス、バラマキ色が強い政策を進めようとしたイタリア……。

日本でも、7月の参院選で「消費税廃止」「デフレ脱却給付金」といったバラマキ政策を掲げたれいわ新選組が2議席を獲得。山本太郎代表自ら「私はポピュリスト」と公言するが、まだ国政レベルでポピュリスト政党が大きな影響力を持つ状況とは言えない。

世界各国でポピュリズムが急速に広がっている背景は?日本の今後は?歴史や政治にも視野を広げて深層に迫る経済分析に定評がある、BNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎さんに聞いた。

「格差拡大⇄低成長」の悪循環

高層ビルとスラム街。

ブラジル・サンパウロの高層ビルとスラム街。グローバル化の加速とIT革命によって、先進国や新興国では経済格差が広がったケースが目立つ。

Shutterstock

ポピュリズムが広がった最大の要因が「経済格差の拡大」であることは、多くの識者が指摘している。河野さんはそのメカニズムを次のように説明する。

「先進国では1990年代半ば以降、グローバル化の加速とIT革命によって、製造業の生産現場が新興国などへ移転し、国内で中間的な水準の賃金が得られる仕事が失われていきました。最近では肉体労働だけでなく、計画立案や報告書作成といった頭脳労働まで人工知能(AI)に置き換えられたり、オフショアリング(海外への業務委託)の対象になったりしています。

こうして中間所得層が細る一方、経営幹部や一部の高収益企業の社員といった高所得層にますます富が集中し、所得の二極化が進んでいます」

経済成長は健全な競争によって促されるが、自由競争のもとで生まれる「敗者」を放置したままでは社会の安定は保てない。だから先進国では程度の差はあっても、たくさん稼いだ人に税金を多く納めてもらい、所得が低い人に社会保障サービスなどの形で「再分配」して経済格差をならす政策をとってきた。

「お金を使い切れない富裕層と、使うお金がない貧困層への二極化が進んだ結果、国全体としての個人消費は以前ほど活発でなくなり、先進国の経済成長は停滞感が強まっています。成長が鈍ると税収は減り、再分配の原資が乏しくなります。

先進各国は高成長がもたらす税収増を当て込んで年金などの社会保障制度をつくってきたので、低成長と高齢化が財政難を招いており、社会保障サービスを抑制せざるを得なくなっています。

少し前まで『経済格差の存在は、人の利己心(自分の利益だけをはかる心)に作用して経済成長の原動力になる』と主張する研究者も少なくありませんでした。ところが今起きていることは、低成長が再分配メカニズムの機能低下を招き、それによって広がった格差がさらに低成長をもたらす、という悪循環です」(河野さん)

その結果、主に中間層の支持を得てきた中道政党が衰える一方、過激な主張をするポピュリスト政党が「中間層から滑り落ちた人々」の不満の受け皿として勢力を伸ばしている、という構図だ。

「負担のツケ回し」で格差拡大を抑え込む日本

新国立競技場。

2020年の東京五輪のメイン会場となる新国立競技場。インフラ整備などに政府がお金をたくさん使って民間企業を潤す財政出動は、アベノミクスの柱の一つだ。

撮影:川村力

日本は長年にわたって低成長にあえぎ、先進国でも最悪の財政状況にある。にもかかわらず安倍政権は安定し、ポピュリズムがそれほど広がりを見せていない。この現状をどうとらえれば良いのだろうか?

「経済成長が難しくなっているという点では、日本も他の先進国と全く変わりません。

ただ、日本では財政難にもかかわらず、社会保障サービスをあまり削らずに拡張的な財政政策を続けているため、他の先進国に比べれば格差の拡大が抑えられています。政権が高い支持率を維持しているのは、そのためだと考えられます。

問題は、それがいつまでも続けられるのか、ということです」

そもそも政権が金看板に掲げてきたアベノミクスとは、次のような政策だった。

BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミスト。

BNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎さん。

撮影:庄司将晃

日本銀行が国の借金証書にあたる国債を民間金融機関から大量に買い入れ、市場をお金でじゃぶじゃぶにする「異次元の金融緩和」(第1の矢)。インフラ整備などに政府がお金をたくさん使って民間企業を潤す財政出動(第2の矢)。これら2本の矢によって景気を一時的に押し上げて時間を稼ぐ。その間に規制緩和などによって自由にビジネスがしやすい環境を整え(第3の矢)、中長期的な経済成長を促す——。

しかし、おおむね緩やかな景気拡大が続いてきたにもかかわらず拡張財政と異次元緩和が続く一方、中長期的な経済成長の源泉となる「労働生産性」(1人あたりの労働者が一定時間に生み出した商品・サービスの生産数量や付加価値額)の上昇率は低下傾向が続いている。

「今の拡張財政は、国が借金を重ねることで将来世代に負担をツケ回ししているから可能になっているとも言えます。直ちに財政が破綻するような事態にはならなくても、長い目で見れば、財政や社会保障制度の持続化可能性はますます低下しています。

いずれかの時点で、今のように負担のツケ回しによって経済を回していくことができなくなれば、日本でもポピュリズム政権が生まれる可能性はあります」(河野さん)

財政健全化が政治的安定のカギ

千円札。

日本の財政がすぐには破綻しないとしても、その持続可能性はますます低下している。政治の深刻な混乱にもつながりかねない財政破綻を日本で起こさないためには、現実的な財政健全化計画を示す必要がある。

fatido/Getty Images

1920年代末からの世界恐慌によって経済が極度に疲弊したことが、共産主義や、ファシズムに代表される全体主義の台頭につながった。河野さんはこのような経緯にも言及したうえで、「政治の深刻な混乱にもつながりかねない財政破綻を日本で起こさないためには、現実的な財政健全化計画を示す必要があります」と主張する。

政府が今公表している計画では、おおむねバブル期以来の高成長(名目3%)が続くという非常に強気な仮定を置いたケースでさえ、国の借金残高が安定的に減っていく見通しにはなっていない。

「社会保障制度のムダな部分はきちんと削ったうえで、消費税率を20%超まで上げてようやく間に合うかどうか、というのが日本の財政の現状です。

とはいえ財政再建を急ぎ、大幅な消費税率引き上げで景気を悪化させ、かえって財政再建が進まなかったのがこの20 年間の経験でした」(河野さん)

「みんなが少しずつ我慢」か「逃げ切れると信じて先送り」か

コイン。

「低成長が続く日本経済へのダメージを少なくするため、例えば『2年に1回、0.5%ずつ』といった形で消費税率を小刻みに上げていく選択肢も取り得る」。河野さんはそう主張する。

Yuichiro Chino/Getty Images

では、どうすれば?

「今後は低成長が続く日本経済へのダメージを少なくするため、例えば『2年に1回、0.5%ずつ』といった形で消費税率を小刻みに上げていく選択肢も取り得ると思います。この程度であれば、景気動向に左右されずに確実に税率を引き上げていくことができると考えます。IT化の進展によって、税率変更に伴う事務コストは以前ほど大きくはありません。

本来、財政再建は50年、100年かけて取り組むべき大事業です。本当に信頼に足る長期的な財政健全化計画が打ち出されれば、長い時間がかかること自体は大きな問題にはならないはずです」(河野さん)

欧米各国で起きている「民主主義の危機」は、決して他人事ではない。日本が政治的な安定を維持するために支払っている莫大なコストは、いずれ精算しなければならない。

みんなが少しずつ我慢を重ねて支払っていくか、「自分は逃げ切れる」と信じて先送りするか。私たちが決めなければならない。

(文・庄司将晃)

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