日本人女性の3人に1人が経験していると言われる、SNS上でのハラスメント。
ある女性政治家はTwitterでのデマ・誹謗中傷が発端になり、鳴り止まない電話、身に覚えのない商品の送りつけ被害にあい、ついに自宅から別の場所に身を隠すまで追い込まれた。刑事告訴から1年以上経つが、待っていたのはさらに深刻な事態だ。
記者会見をきっかけに止まった
送りつけ被害の記者会見にて。北原みのりさん(左)、村上さとこさん(中央)、濱田すみれさん(右)。
撮影:竹下郁子
北九州市議の村上さとこさんは、2018年4月に前文部科学事務次官・前川喜平さんらの講演会で司会を務めたのをきっかけに、Twitterで「中核派」だというデマを流されたり、漫画『ゴルゴ13』の主人公がピストルを構えた画像とともに「さとさと、消したほうがいい」と脅迫されるなど、攻撃を受け続けてきた。
被害はネットに止まらず、抗議の電話が事務所や北九州市議会事務局にかかるようになり、「チョン女死ね、お前とお前の家族をのろってやる」と赤字で書かれたハガキ、死を願うような言葉と合わせて香典袋が入った封書も届いた。封筒には海軍旗の画像と安倍晋三首相の写真が貼られ、「アベノミクスナンバー1」と書かれていたという。
さらに注文していないブラジャーや健康食品などが何度も事務所に着払いで送りつけられた。
送りつけられた下着。ネットの匿名掲示板には「巨乳議員」などのスレッドも立っており、届いたブラジャーのサイズはすべてEカップだった。
村上さん提供
村上さんは2018年6月に「さとさと、消したほうがいい」というツイートなどを「脅迫」、下着などの送りつけを「偽計業務妨害」の疑いで刑事告訴した。
送りつけに関しては、他にも弁護士の太田啓子さんや作家の北原みのりさんなど、女性の権利に関して発言する女性たちも同様の被害にあっていたことが分かり、2019年2月に記者会見を開いた。以降、被害にはあっていないという。SNSでの攻撃も当時のような大規模のものはなく、落ち着いてきたそうだ。
検察・警察にSNS事件のスキルなし
GettyImages/William Andrew
しかし、刑事告訴後の進展はないという。
「さとさと、消したほうがいい」とツイートしたのは匿名アカウントだ。誰による投稿か特定するためには、ツイッター社に発信者情報を開示請求する必要がある。弁護士などの代理人が裁判所を通じて行うケースが多いが、村上さんのように刑事告訴した場合は、警察がその後の捜査を担当する。
村上さんは言う。
「警察に尋ねても捜査の進展については教えてもらえません。情報開示請求の手続きはしたと聞きましたが。SNS上の被害は軽く見られているのではないかと思ってしまいます」(村上さん)
一方、村上さんは政治家の刑事告発を主な目的としたTwitterアカウントによって、公職選挙法違反と政治資金規正法違反で刑事告発もされた。
村上さんは2017年1月に社民党などの推薦を受け、無所属で初当選。無所属なのに社民党福岡県連合のホームページに名前が載っているのは公職選挙法違反、村上さんが社民党から受け取った40万円の選挙資金が党の報告書には20万円ずつ2回に分けて記載されているのは政治資金規制法の虚偽記載に当たる、という主張だ。
すでに「嫌疑なし」で不起訴になり、現在、村上さんは告発した人物を名誉毀損で反訴している。
「検察庁の担当者とのやり取りの中で、『TwitterなどSNSの事件に対するスキルがまだない』とはっきり言われました。警察も検察も、現場の問題意識やスキルが現実の被害の深刻さに追いついていないと感じます」(村上さん)
身を隠しても、その場所すら特定
撮影:今村拓馬
SNSでの脅迫も商品の送りつけも誰によるものなのか分からないまま、村上さんは新たな恐怖にさらされている。
2019年3月、村上さんの自宅ポストに一通の手紙が投函された。村上さんの事務所の住所が書かれ、「もうそこには住んでいないんですか」と、行動を監視していることを伝えるような言葉が記されていたという。
村上さんはネットでの攻撃や商品の送りつけ被害を受け、安全を確保するために自宅から別の場所に身を隠したばかりだった。その住所は事務所のスタッフにも伝えていない。警察に被害届けを出して防犯カメラを確認したところ、男性が手紙を投函する様子が映っていたそうだが、まだ投函者は見つかっていないという。
「手紙を見た瞬間、凍りつきました。Twitterから始まった嫌がらせは、鳴り止まない電話、商品の送りつけ、そして自宅の監視にまで悪化しました。SNSを発端に行動を起こす人は、私たちの想像をはるかに超える執拗さだと知って欲しいです。
例えばデマ情報を削除するなど、ネットでの人権侵害に対処する法整備を行うことができるのは国会ですが、肝心の議員はネットで被害にあったことがないような高齢の男性が多く、政治課題として認識されていないのです」(村上さん)
4月の統一地方選に立候補したある女性が、ネットで理不尽なバッシングを受けていると党の男性議員に相談したものの、「誰もピンときておらず、深刻に捉えなかったという話を聞きました。これでは女性に政治家を目指して欲しいと言えません」(村上さん)
政治家、人権活動家、ジャーナリストが狙われている
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近年、女性をターゲットにしたネット上の攻撃は「オンラインハラスメント」や「オンラインバイオレンス」と呼ばれ、世界的な問題になっている。
国連人権理事会の報告によると、女性の中でも特に政治家、人権活動家、ジャーナリスト、ブロガーなどがターゲットになりやすい。被害を受けた女性たちは恐怖から投稿数を減らしたり、アカウントを一時的に停止したり削除するなど、「自己検閲」につながっていると指摘されている(2018年・国連人権理事会「女性と少女に対するオンラインバイオレンス」報告書より)。
日本でもセキュリティソフト「ノートン」で知られるシマンテックが、16歳以上の日本人女性504人を対象にオンラインハラスメントの実態を調査したところ、約半数が何らかの被害にあっていた。最も多いのは「悪意のあるゴシップやうわさ話」(46%)、次いで「誹謗中傷」(34%)、そして約3人に1人(32%)が「セクハラ」を受けていた(2017年)。うつや不安神経症を発症した人は15%で、そのうち48%が専門家による精神医療を受けており、実生活へも深刻な影響があることが分かっている。
裁判が抑止力につながる
伊藤和子弁護士。著書に『なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法』など。
撮影:竹下郁子
国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長で、性暴力やAV出演強要問題などに積極的に取り組んできた伊藤和子弁護士は、自身もたびたびSNSで攻撃されてきた。女性の権利について投稿すると、非常に強い抵抗があるという。
「児童ポルノやAV強要問題などは特にそうですね。男性がこれまで楽しんできた文化を取り上げようとしているように見えるんでしょう。反応をみると、女性を性的に消費したり、差別や暴力の対象にしてきたりしたことに対する内省がないと感じます。激しいバッシングにあうことでSNSの投稿を控えるようになる女性も多く、とても悔しいです」(伊藤さん)
伊藤さんは2017年に経済評論家の池田信夫氏にTwitterやブログでデマを流されたとして、名誉毀損で提訴。東京高裁は池田氏に計約114万円の損害賠償の支払いを命じた。
「訴訟する前はネット上での名誉毀損を争う裁判は『どうせ負ける』『負けたときのダメージが大きい』という世間のイメージが強く、周囲にも心配されました。
でもこうして勝ちましたし、勝訴後はネットでの攻撃はトーンダウンしたので、抑止力にもなるんだと思います。同じような悩みを抱えた女性がいたら、裁判を勧めたいです」(伊藤さん)
プラットフォームの責任を問うべき
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しかし、相手が匿名の場合はハードルが高い。
伊藤さんは2018年に繰り返しデマを流し誹謗中傷していた匿名のTwitterアカウントに対し、発信者情報開示請求の仮処分申請を裁判所に申し立てたという。仮処分が認められた場合はIPアドレスというコンピュータに割り当てられた識別番号が開示され、それを元に日本のプロバイダに名前や住所を開示するよう訴えるのだ。
しかし結局、IPアドレスは分かったもののその先に進めず、個人は特定できなかったという。
同じようにTwitterでデマを流された仁藤夢乃さんも、匿名アカウントに対する発信者情報開示請求を行ったが、ツイッター社は「情報を一切保有していないことが判明した」「したがって、本件申立ては直ちに却下されるべきである」と回答。 弁護士らがIPアドレスの保存期間や情報を保有していない理由について尋ねたが、明らかにしていないという。
東京地裁での弁論期日もツイッター社側は欠席し、請求は却下された。
「発信者情報開示請求の手続き自体が非常に複雑で、かつ最終的にたどれない場合もあるのは問題だと思います。SNSなどのプラットフォームは最後まで個人が紐付けされるようなシステムにすべきですし、企業がそれをしないのであれば、プラットフォームの責任者が罪に問われるような法整備が必要ではないでしょうか」(伊藤さん)
国が率先して対応を
AV出演強要問題や「JKビジネス」などの相談窓口紹介する総務種のホームページ。
出典:総務省ホームページ
「デジタルタトゥー」と言われるように、一度ネットに書き込まれた情報は、まとめサイトや掲示板などさまざまな方法で拡散され、全てを消すのは難しい。
伊藤さんが取り組んでいるAV出演強要問題では、総務省が啓発したり相談窓口を設けるなど、国として対応することで改善してきたという。現在はプラットフォームに削除要請をすると多くが対応するそうだ。
「表現の自由との兼ね合いが難しい部分もありますが、やはり国が法をつくったり方針を示すべきです。政府もAV強要問題や児童ポルノ、リベンジポルノの問題には取り組むようになりましたが、もっと女性の人権全般に対象を広げて欲しいです」(伊藤さん)
(文・竹下郁子)
Business Insider Japanではオンラインハラスメント・バイオレンスについて取材を進めています。
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