中川政七商店が「楽天撤退」1年でEC売上を急回復できた理由

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中川政七商店の取締役兼コミュニケーション本部本部長の緒方恵氏。

撮影・大塚淳史

楽天市場での販売を止めて1年と経たずに、自社ECサイトで売り上げをすぐに取り戻せそう——。そんなSPA(製造小売り)を勇気づけるツイートが、2カ月前に話題になった。

つぶやいたのは、1716年創業の老舗企業「中川政七商店」(奈良県奈良市)で、取締役兼コミュニケーション本部本部長を務める緒方恵氏。同社は日本の伝統工芸を生かした生活雑貨を企画・製造・販売する。どのように実現したのか、奈良の本社で緒方氏に話を聞いた。

話題を呼んだ緒方氏のツイート

ブランドコントロールについて長期で考えた結果、昨年の8月に楽天市場店を閉じた。

EC全体の4割を担っていた楽天を閉じるのは肝が冷えた。

が、1年かからずに本店サイトで楽天分をカバーできるように成長させることができそう。

勝因はひとえにメンバーの成長。これに尽きる。感慨深い。

ーー緒方 恵 / 中川政七商店 取締役 2019年6月23日12:07

@notmegumi

中川政七商店は2018年8月に楽天市場から撤退し、自社ECサイトに注力した。自社ECサイトで販売するほうが、大手ECモール(アマゾン、楽天市場、Yahoo!ショッピングが一般的)に出店販売するより、当然利益率は高い。

ただ、消費者を自社ECサイトまで呼び込むことは簡単なことではない。それでも、緒方氏はある程度確信があったという。

「3年前に入社した時はまだ、ECサイト運営にそこまで力が入っていなかった。メルマガをうまく運用できていなかったり、お客さまに有用な情報をアピールできていなかったりと、バケツに穴が空いている状態でした。

そのあたりの改善を積み上げていくたび、アクセス数と売り上げが伸びていきました。伸びしろもわかってきましたし、リニューアルのプロジェクトも固まってきました。これは(本サイトだけにしても)うまくいくなと思い、そのタイミングで楽天市場の方を閉じる決断をしました」(緒方氏)

ユニークなデザインの自社ECサイト

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中川政七商店の自社ECサイトのスマートフォン版は、ブラウザー表示でもアプリの様に洗練されている。

2019年3月に大きくリニューアルした中川政七商店の自社ECサイトは、スマートフォン向けページが特徴的だ。ブラウザーなのにまるでアプリのような作り込みになっている。

トップページを開くと、一般的な上下スクロールだけでなく、左右のスクロールで、商品紹介などのバナーを楽しむことができる。電子書籍のような操作感覚だ。

「普通のブラウザーサイトはスクロールしてコンテンツを読んだり見たりしますが、スクロールにより“流れているものを見て気になったら止める”という行動は、自分に必要なコンテンツを見極めるのに集中力を要します」

この課題を解決するために、中川政七商店ではインスタグラムのストーリーズと(電子書籍アプリの)Kindle(キンドル)などを参考にした。トップページはコンテンツごとに画角が固定され、内容を無意識的に理解しやすい構造になっているのが特徴という。

「バナーのようなイメージコンテンツやマンガは、画角が固定されているのでコンテンツの認識やサイトの操作でストレスが低く、スクロール型よりUX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)が良いと確信しました。

テストでも具体的な結果として表れ、コンテンツ認識率で2倍の差が出ました。私は、スマートフォンにおいて快適なUXを実現するには『目と指に対するストレスが少ない=脳が疲れにくい』ことも大事だと考えています」(緒方氏)

一方、読み物ページについては、文字を追うのにストレスが少ない上下スクロールを採用した。提供するコンテンツごとに最適なUIを選択することが、「脳が疲れにくいサイト作り」にとって重要だ。ただし、忘れてならないのは「UIのルールが乱立しすぎるとユーザーが混乱する。ルールは3つ程度に留めること」(緒方氏)

こういった考えに至ったきっかけは、緒方氏自身の経験から。電子書籍はキンドルを使うのに、電子マンガを読むときはLINEマンガを使っていた。その違いは何だろうかと考えた末に、現在のUIに至った。

ユーザーはスマホ利用時、ブラウザーよりもアプリを使っている時間のほうが長い。ブラウザーも可能な限り、「アプリライク=快適なUXを限界まで追求すべき」(緒方氏)という。

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スマホで自社ECサイトのデザインについて説明する緒方氏。

撮影・大塚淳史

「現時点ではまだ、いち小売店のアプリをユーザーに開かせる必然性は低い。その必然性はコンテンツで解決しようとは思っていますが、まだ準備が整ってない。ただ、(時期を)待つということではなく、先行してブラウザー(で見る自社ECサイト)も限界までUXを良くすべきと考え、このデザインにたどり着きました」(緒方氏)

面白いのが、緒方氏の探究心。なぜスマホのブラウザーでこうしたデザインを表現できることを知っていたのかと聞くと、

「小説を掲載している海外サイトがあって、そこでこのユーザーインターフェースを採用していたんです。ソースコードを見れば、書き方はわかりますよね。(自身はプログラミングができる?)できないですよ。レビューはできますが」(緒方氏)

と笑って答えた。前職の東急ハンズでデジタル統括担当を務めていた経験が活きたという。

「ただ、これはあくまでUIやUXの話。ここから先は、どれだけお客さまの心を動かすコンテンツをサイトに用意できるかにかかっています」(緒方氏)

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ECサイトは実店舗にできないことができる。

提供・緒方恵氏

サイトで商品に込められた思いや背景、同社のビジョンである「日本の工芸を元気にする!」を伝えていくことで、購買者に信頼、安心、そして共感をしてもらえる。

「現在の消費者は何を重視するかというと、まず失敗したくない、だから商品レビューを多く見ます。(買い物で)失敗したくないという閾値をこえたら、より良質のサービスを求める。マイナスをゼロにしてから、プラスの閾値を加点形式で考えてものが売れていくというのが、今の購買者にはある。

となると、やるべきことはまずお客様の信頼感を得ること。そして、最終的に共感してもらうこと。そのためには、信頼を積み上げていくことが大事です」(緒方氏)

購買者に良い体験をしてほしい

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中川政七商店の奈良本社に入ってすぐに飾られていたカラフルな織物。

撮影・大塚淳史

それにしても、このようなサイトデザインによるUI/UXの向上や、世界観を表すコンテンツの充実は、本当にユーザーの購買行動にまで結びつくのだろうか。

「(リニューアル後)PV数でいうと150%くらいになっていて、1セッションあたりのページ閲覧枚数も大きく増加しています。

リニューアル直後でリダイレクトしきれなかったリンクなどからの流入減の影響で、外部流入数は落ちました。それでもPVが150%に伸びたのはなぜかというと、1体験あたりのページ閲覧数が上がっているから。つまり、“1来店”の閲覧数が増えると、購買の確率が増えるのです。

サイトは便利に見られる環境であると同時に、見ていて楽しいものにしなければいけません。そのためには良いUXと楽しいコンテンツが不可欠です」(緒方氏)

楽天市場での店舗を閉じた理由もこの点にある。サイトで使用できるプログラミング言語など、プラットフォームのさまざまな制約があって、どうしても店側の表現が限られてしまう。しかし、自社サイトで行う分には自由に表現できる。

「私たちが求めているコミュニケーションができないチャネルでは、物はいったん売れるかもしれませんが、体験が良くなければ、そのお客さまは再来訪してきません。ブランドの総合体験を重要視した結果、それだったらやめましょうと閉じました」(緒方氏)

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緒方氏は奈良本社と東京支社を行き来する。

撮影・大塚淳史

「ECに限らず、“店舗”は物を売るだけの場所ではなく、ブランドの世界観を味わってもらう場所。であればこそ、ブランドが求めるサービスが実現できない場合は、そこに出店し続けることは考え直さなくてはならない」(緒方氏)

楽天市場からの撤退、という選択は、今考えても大きな決断だったと振り返る。

「足元の売上減は当然怖かったけれども、ブランドが求める体験ではない形で購買及び顧客体験が積み上がることのほうがずっと怖い。そこを何よりも重要視しました」(緒方氏)

ここまでECサイトについて主に書いてきたが、緒方氏は現時点で、ECサイトは実店舗を補完するものと位置づけている。

「(実店舗)55店舗対(ECサイト)1店舗なので売り上げは全体の5%くらいです。基本的に売り上げはリアル店舗からで、ECは補完する機能。リアル店舗は今後も増えていくし、ECの売り上げも増やしていくつもりです。ユーザーが時と場所によって、リアル店舗とECサイトを使いこなせる環境を築いていきたい」(緒方氏)

(文・大塚淳史)

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