「防災リテラシー向上」カギ握るのは学校教員。東日本大震災の被災地が教えてくれること

石巻 東日本大震災

東日本大震災で津波に襲われ、火災で延焼した宮城県石巻市の門脇小学校。被災翌月の2011年4月7日撮影。現在は「震災遺構」としての整備が進められている。

REUTERS/Carlos Barria

「まさかここまで来るとは」

津波が河川を何キロも遡上した内陸で被災した人たちや、豪雨で氾濫した河川の周辺で被災した人たちは皆、そう口をそろえる。

近年、自然「災害」が激甚化しているという表現をよく耳にするが、正確には、自然災害を引き起こす自然「現象」の振る舞いが激しさを増していると言うべきだ。

自然現象が危険な外力「ハザード」となって、私たちの日常を脅かし、被害を生じさせている。

気象庁 降水量 グラフ

全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数の経年変化(1976~2018年) 。棒グラフ(緑)は各年の年間発生回数を示す(全国のアメダスによる観測値を1300地点あたりに換算した値)。直線(赤)は長期変化傾向(この期間の平均的な変化傾向)を示す。

出典:気象庁

1時間あたりの雨量が50mmを上回る「滝のように降る」豪雨の年平均発生回数は、過去数十年増加傾向にある。「ゲリラ豪雨」と表現されるように雨の降り方が局地化あるいは集中化している。

「スーパー台風」の発生もそうだが、その背景として、地球温暖化にともなう気候変動の影響が指摘される。

「防災先進国」ゆえの油断と過信

西日本豪雨 ガソリンスタンド

2018年6〜7月の西日本豪雨で半ば水没したガソリンスタンド。とくに大きな被害を受けた岡山県倉敷市の真備町にて撮影。

REUTERS/Issei Kato

災害は、危険な外力であるハザードに対して、土地ごとの自然環境や社会・経済的条件によって、被害の有無や大小が大きく変わる。

だから、それぞれの地域で生きる人たちが、自然の振る舞いにどう向き合うかを考えることが、防災・減災の第一歩になる。

世界を見渡しても、日本は「防災先進国」と言えるだろう。耐震化、防災インフラの整備、予報技術の高度化など、英知を駆使して災害による犠牲を抑えてきた。

しかし、そうした経緯から、防災にそれなりの安心感を持ってしまっていることが、油断や過信につながっている側面もある。

変わりゆく自然とどう付き合うのかを考えること、そして自然が襲わんとするときに自らの命を自らの力でどう守るのか、その術を身につけることは喫緊の課題と言える。

国土交通省と教育大学がタッグを組んだ

西日本豪雨 広島県 熊野町

西日本豪雨で大規模な土砂崩れが発生した広島県熊野町。行方不明者を捜索する自衛隊と警察。

REUTERS/Issei Kato

そこで大きな役割を果たすのは間違いなく教育だ。さらに言えば、教員の防災リテラシーの向上こそがカギを握ると筆者は考えている。

教員たちには、受け持つ子どもの命を守ること(=防災管理)はもとより、子どもたちが生涯にわたって災害を生き抜く知識や術を教える(=防災教育)重要な使命がある。

2019年7月、国土交通省東北地方整備局は、筆者が勤務する宮城教育大学と防災・減災に関する連携協定を結んだ。

防災インフラ整備や災害対応を担う国交省は近年、教育セクターとの協働に力を入れている。

今後、水害・土砂災害に関して小学校社会や中学校理科などの学習とリンクさせ、効果的に指導するための教員向けブックレットや教材を共同で開発していく。

国交省のように、教育セクターへのアウトリーチは不可欠と考える防災実務者にとって、学校にどうアプローチするかは常に悩みの種だ。

例えば、防災を教える「出前授業」は子どもにも保護者にも好評だが、対象となる子どもの数や実施回数はどうしても限られる。

そこで、教員を目指す学生や現職の教員を対象とした防災教育研修など、防災リテラシーの「底上げ」支援が大きな意味を持ってくる。子どもたちや保護者、地域の人びとへ、その波及効果がきわめて大きいからだ。

防災を学ぶリソースはネット上にたくさんある

災害 ワークショップ

気象庁ワークショップ「経験したことのない大雨 その時どうする?」を実践する現職教員と大学院生たち。

提供:宮城教育大学教職大学院

目下さまざまな防災研修カリキュラムが検討されているが、何よりもまず、自然環境とハザードを理解する能力を高めることが重要となる。

地形や治水の基礎を踏まえ、避難先や経路などに想像をめぐらせてみる。そのための資料として、ハザードマップをはじめとした防災地理情報や学校における実践の情報は、インターネットを通じて簡単に入手できる。

例えば、国土地理院の「地理院地図」は、地形図にさまざまな情報を重ね合わせて自然と社会の関わりを考えるのに有効だ。2019年6月には、新たな地図記号「自然災害伝承碑」が情報リストに追加され、災害と対峙した先人たちの遺したメッセージのデータベース化が進んでいる。

災害 自治体

防災科学技術研究所「地域防災Web」のスクリーンショット。

防災科学技術研究所

防災科学技術研究所の「地域防災Web」は、人口や高齢化率、財政力などの社会経済指標や、地形のような自然特性などから災害の危険性を算出し、類似の自治体や過去の災害履歴などに関するデータを簡単に出力できるサービスだ。

学校や地域の防災実践の事例を検索、登録したり、さまざまな機関が作成した地図を取り出したりできるポータルサイトとして注目されている。

都道府県や政令市の教育委員会が作成した学校安全の実践事例が掲載された文部科学省の「学校安全」ポータルサイトも、豊富な情報ソースとなる。

災害リスクを理解するためのこうしたリソースやツールを教員がどう有効に活用できるか、大学や防災実務者が研究を進め、指南していく取り組みがもっと広まるべきだ。

被災地を訪ねてこそ得られるもの

東日本大震災 南三陸町

宮城県南三陸町戸倉地区の高台に避難した被災当時の状況を現職教員に語る元校長。

提供:宮城教育大学防災教育研修機構

教員の防災リテラシーを向上させるには、被災地の人びとに学ぶことも重要だ。

近年公開が進む「遺構」などの災害メモリアル施設を訪ねたり、災害伝承活動を支える「語り部」たちの言葉に耳を傾けたり、学校の被災を追体験することで得るものは大きい。

すでに定年退職した被災当時の学校管理職の、苦しんだ判断と後悔の叫びから導き出される教訓は、教職に就く者の心を打つだけでなく、自分だったらどうするかという自問自答に直結する。

学校に「防災」という教科はない。しかし東日本大震災を経て現在、いのちを守る教育の大切さと、教員の果たす役割を理解する教員は多い

これから教員を志す者、教職にある者が、子どもたちと一緒に、変わりゆく自然と共存し、生き抜くちからを身につけ高めていくことを心から望む。

そしてその仕組みを充実させるには、地域や産業を含む多様なステークホルダーの支えが不可欠だ。


小田隆史(おだ・たかし):宮城教育大学 防災教育研修機構 副機構長。専門は地理学。外務省専門調査員、米カリフォルニア大学バークレー校フルブライト研究員、お茶の水女子大学シミュレーション科学教育研究センター助教などを経て、2017年から宮城教育大学准教授。防災科学技術研究所客員研究員、日本安全教育学会理事。福島県いわき市出身、東北大学大学院修了・博士(環境科学)。

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