リクルートの「内定辞退率問題」から見えてくる、就活市場の歪な実態とは。
Reuters/Yuya Shino
リクルートキャリアが運営する就職情報サイト「リクナビ」が、学生の同意なしで「内定辞退率」を企業に販売していた問題で、リクルートはサイト上の行動履歴から内定辞退率を予測するというサービスそのものが「学生視点が欠如していた」として、社長自らが全面的に謝罪する事態となった。
人生を大きく左右する就活の場で、勝手に予測された「内定辞退率」が出回るのは、学生にとってあまりにも不安であり不信感が募るのも無理はない。
しかし一方で、採用企業からは「辞退するのなら早く知りたい」「本当に来てくれる学生に内定を出したいのは事実」と、内定を出してもギリギリまで学生の「ホンネ」の見えない、新卒採用難時代への悲鳴も聞こえてくる。
企業も学生もホンネを隠し合う心理戦でなく、本質的な進路選びと採用を行う道筋はどこにあるのか。
内定辞退を巡る心理戦、正直な学生が損をする?
就活で「ホンネ」を採用担当者と学生が語り合うことはできるのか。
撮影:今村拓馬
「ホンネで言えば、基本的に悪いサービスではなかったと思っています。企業としては、選考での評価が高くても結局内定を辞退する学生より、本当に入社したいと思ってくれている学生に内定を出したい。(内定キープは)入社したかった学生のチャンスを奪っていることにもなるので……」
とある不動産関連会社の役員は、リクナビの内定辞退率予測サービスについて、密かにそう明かす。この企業でも内定者の1割は入社前に辞退するという。
学生が行きたい企業が決まった時点で、他の内定をすぐに辞退してくれれば問題はない。しかし、決断できないまま、複数の企業の内定をギリギリまでキープする就活生がいるのも事実。4月の入社時期を前に、辞退された枠を埋めようとすれば、再び募集をかけて選考するのはコストも時間も倍かかる。
「複数企業に『御社に入社します』と話してキープする学生と、正直に答えて1社に絞る学生では、正直な学生が損をすることが起きている。入社しない学生の内定によって、熱意があっても弾かれてしまう学生はもちろんいるからです」(不動産関連会社役員)
実はこの役員も、問題になったリクルートの内定辞退率予測のサービスの営業を受けていた。結果的に、内定辞退率予測は使わなかったが、理由は「費用面で折り合いがつかなかった」から。そこがクリアできれば、むしろ使うつもりだったと話す。
「個人情報保護法で同意を得ていない学生がいたことは、完全にリクルートの落ち度ですが、正直、サービス自体が悪質だったとは思えない。ここまで批判されるのか……という気持ちです。就活が『うまい』学生が有利な就活を変える可能性も、あったのでは」
「学生と企業の信頼関係が崩壊している」
ギリギリの内定辞退に泣くのは、大手企業も例外ではない。
撮影:今村拓馬
こうした新卒採用をめぐる悩みは、大企業も例外ではない。
「(自社は)大手で名前は知られているので、エントリーする学生の母集団を集めること自体は難しくはない。ただし来てくれると思っていた学生に辞退される率は正直、高い。もう一回、募集をかけることになりますから、採用はゴールの見えない試合を続けているのが現状です」
とある大手金融機関の関係者は、売り手市場の実態をこう話す。
この企業は、リクルートの内定辞退率サービスは使っていなかったものの、一連の問題は注視してきた。リクルートの一件は「学生と企業の信頼関係が失われてきていることの象徴」と感じるという。
かつての就活でも、内定辞退はもちろんあった。ただ、OB訪問や研究室の紹介による就活であれば、内定辞退するなら「『早く伝えなければ失礼だ』という意識があったのではないでしょうか」と、この関係者は言う。
しかし昨今は、大企業であっても連絡がぱったり取れなくなったり、約束の日に突然来ないというケースも珍しくないという。
「学生の間で、複数の内定をもつ内定ホルダーが、もてはやされるような風潮もあります。内定をもらったら手持ちにしておくべき、断る時はこうすべきといったハウツーもSNS上にあふれている。一方で企業によっては『ない』と言いながら大学で選別したり、早期に一部の学生に内定を出したりもしている。学生も企業も不信感が募り、お互いのホンネが分からなくなっているのでは」
リクルート叩きで終わっては意味がない
日本の人材業界が、データ活用に弱いという指摘は常にある。
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もちろん「学生のホンネがわからない」という企業側の言い分には、採用担当者の「努力不足」との指摘は常にある。
「企業に守られた人事と、弱い立場の学生を対等に考えるのがそもそもおかしい。人事は採用できなくても人生は狂わないが、学生は人生がかかっている。『第一志望でないからと言って落とすことはないので、状況を率直に教えてください』という採用をしている企業も、たくさんあります」(リクルートとは別の人材業界関係者)
ただし、“リクルート叩き”に終始してしまっては、大事なことを見失うのではという声も。
「そもそもリクルートは叩かれやすい会社。人材領域のデータ活用を真剣に議論すべき機会なのに、メディアや受け手によっては、リクルート叩きのコンテンツとして消費されてしまっているのは残念」(元リクルート関係者)
未だに精神論、カンと経験がまかり通る人材業界
人材領域のデータ活用を巡る議論は、法整備を含めて、社会全体で尽くされているだろうか。
撮影:今村拓馬
今回のリクルート内定辞退率問題をめぐる、人材業界の受け止めは複雑だ。
「学生の視点が欠けている」との指摘はもっともながらも、この問題がHRテック(人材業界におけるテクノロジー活用)への不信感を強めることで、結果的にその活用を阻むことへの懸念も強いからだ。
「人材領域はいまだに精神論やカンと経験だけで面接や評価が行われていたり、データを活用しない属人的な判断がまかり通っているのも事実。それが結局、働き方や労働問題にもつながっている。リクルートの問題で、また日本のHRテックの進化が遅れるのでは……」(人材業界関係者)
あるHRテック企業役員は「これまでも、内定者のメールの開封状況や返信の速さ、内定者SNSへのアクセス状況を分析し、内定辞退防止のフォローアップを行うサービスは存在している」と指摘。
その上で「リクルートが新卒採用でデータを使って内定者フォローを行うことは、スマホネイティブ世代には本来、受け入れられるものだったはず。こんな事態になったのは、使い手側である企業や人事担当者のリテラシー不足もあるのでは」
同じように行動データを活用にするにしても、購買履歴から「こちらもオススメ」を弾き出すのと、転職や就職を決めることは同列に語れない。リクルートに限らず、「モノを扱うかヒトを扱うかの違い」(HRテック企業役員)を巡る議論は、法整備を含めて、尽くされているとはとてもいえないのが現状だ。
学生と企業の間に情報の分断が起きている
企業と学生の間に、情報の分断が存在しているとの指摘。人材ビジネスは肥大化していないか。
Reuters/Yuya Shino
内定辞退率問題で露呈した、日本の就活の歪(いびつ)な現状は、どこに解消の道筋があるのだろう。
「一連の問題の背景には、人事の仕事が現状、どんな人を採用するかではなく内定辞退管理に終始しているという『人事の仕事の陳腐化』があります」
組織・人事コンサルタントで、人材コンサルのベクトル副社長の秋山輝之さんは、そう指摘する。
「今は一部上場企業でも、内定辞退率が8割を超えることもザラ。3年生夏のインターンに始まり入社ギリギリまで続くという、就活の長期化で、従来以上に●月までに●人を押さえるといった人数管理に振り回され、本来、人事部が持つべき採用能力が磨かれていない」(秋山さん)
そして、その根本には「学生と企業の相互の情報不足がある」とみる。
「今、大学と企業、学生と企業の間には、(リクナビのような)巨大なプラットフォームが立ちはだかっていて、分断が起きています。大学もどんな人材を育成するカリキュラムが必要かの情報がないし、学生も自分がどんな企業に就職すればいいのかが分からない」
内定辞退防止に振り回される企業人事、入社できる会社は1社でも複数の内定ホルダーを目指しがちな学生、過熱する就活市場で手をこまねく大学、人材領域でのデータ活用の議論やリテラシーが進まない人材業界 ——。
誰もが採用情報に触れられるプラットフォームを築くことで、かつて、就活市場を自由化したはずのリクナビ。そのリクナビに象徴されるような就活支援サービスの過熱化が、かえって就活市場を歪め、「不自由」や「相互不理解」を生み出してはいないだろうか。
秋山さんは言う。
「学生はインターンなどを通じて、働くとはどういうことかを考える。採用担当者は学生ウケのいいことを並べるのではなく、どんな人材が今必要なのかを発信する。就活はもっと本質的なことを、それぞれがすべきではないでしょうか」
そうなってこそ初めて、時代が手にした人材ビッグデータも、「内定辞退防止」のような目先の数値目標に囚われない、「ユーザーの幸せのため」の使い方が見えてくるのかもしれない。
(文・滝川麻衣子)