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プロ選手の新しい「生き方」。副業前提のアイスホッケーチーム「横浜GRITS」の挑戦

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北米では4大スポーツの一つとして圧倒的人気を誇るアイスホッケー。

日本では競技人口2万人程度、1998年以降、男子チームはオリンピック出場から遠のくなど、マイナースポーツの域を脱せずにいる。

そんなアイスホッケーを日本でメジャースポーツにするべく、慶應義塾大学のアイスホッケー部出身者らが、プロアイスホッケークラブ「横浜GRITS」を発足させた。2年の準備期間を経て、2019年5月に法人化した。

同クラブの特徴は、プロ選手の「デュアルキャリア」(パラレルキャリアともいう)の推進にある。実力はあっても、収入面への不安などさまざまな理由でプロになる道を諦めざるをえなかった選手を受け入れ、企業勤めをしながらプロ選手活動もできるようにし、安心して競技を続けられる体制を整えた。

めざすは、競技人口の拡大、そして2030年の冬季オリンピック出場だ。

全世界の競技人口180万人、日本の「プロ」にハードル

アイスホッケー場

NHLのゲーム。シーズン中は多くのファンが観戦に訪れる。

撮影:公文紫都

「氷上の格闘技」とも呼ばれるアイスホッケーは、シュートの時速170キロ、選手同士の激しい体当たりが認められるなど、そのスピードと迫力ある試合展開が持ち味だ。

筆者は大学生になるまでアイスホッケーの観戦歴はなかったが、青山学院大学男子アイスホッケー部のマネージャーとして活動していくうちにその魅力に取り憑かれ、卒業から10年以上経った今でも国内外でアイスホッケー観戦を楽しんでいる。

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アイスホッケーの競技人口は、全世界で180万人とされる。特に北米では4大スポーツに入る人気ぶりで、プロリーグNHLの2018年度の年間売上は、前年度を8.2%上回る45億4000万ドル(約4825億円)という推定もある。

一方、日本の競技人口は2万人程度。野球、サッカー、バスケなど他のメジャースポーツのそれぞれの競技実施人口が500万人以上であるのと比べると、マイナースポーツに甘んじていることは明らかだ。

オリンピックに関しては、男子は最後に開催国枠として参加した1998年の長野オリンピック以来、出場経験はない。

一方、女子は「スマイルジャパン」の名で知られ、世界ランキング6位。冬季オリンピックには直近の2018年を含め3大会に出場し、オリンピック初勝利となる歴史的な一勝をあげた。しかし、世界上位に食い込むためには男女ともに、競技人口の拡大とレベルの底上げが大きな課題だ。

選手を続けたくても……アイスホッケー界が抱える課題

アイスホッケーの試合の様子

プロチーム、H.C. 栃木日光アイスバックスと横浜GRITSによる練習試合。

撮影:公文紫都

アイスホッケーは、スケート靴や激しい当たりから身を守るためのプロテクター、ユニフォーム、スティックをはじめとする用具に加え、試合や練習用のリンクレンタル代、リーグ戦の遠征費・宿泊代など、チームを運営するために年間3億円以上の維持費がかかると言われている。高額な資金を賄えず、廃部に追い込まれるチームも少なくない。

資金不足にあえぐアイスホッケー界では、メジャースポーツと比較すると選手の給与が驚くほど低い。特に新人に至っては、一般的な大学卒の初任給水準をも下回ることもある。

またマイナースポーツであるがゆえに、引退後に指導者や解説者になる道も限られている。こうした厳しい環境の中、将来性を見いだせず、プロになれる実力があってもアイスホッケーの世界でキャリアを築くことを諦め、大学や高校卒業後、競技を離れてしまう選手も多い。

「横浜GRITS」が「デュアルキャリア」によってプロ選手をサポートしようとすることには、そうした背景がある。

発起人は、かつて自らもプロ選手になることをめざしていたという臼井亮人氏をはじめ、慶應大アイスホッケー部のOBらだ。

現在、他のプロアイスホッケーチームが所属するトップリーグに参加するため、日本アイスホッケー連盟と交渉を続けているという。

横浜GRITSの公式Webサイトのスクリーンショット。

横浜GRITSの公式Webサイトのスクリーンショット。

出典:横浜GRITSの公式Webサイト

平成25年度(2013年)の文部科学省委託事業として、2014年1月に「デュアルキャリアに関する調査研究」報告書を発表した独立行政法人スポーツ振興センターは、デュアルキャリアについて以下のように説明する

「(デュアルキャリアとは)人生や生涯のひとつの軸を“キャリア”と捉え、そこにアスリートとしての“キャリア”というもうひとつの軸を加えた“二重性”を示す概念です。

“アスリート”というキャリアは、“人”としての長い人生における一部分、一側面、一時期の期間限定的なキャリアととらえることができます。

(中略)

アスリートの競技生活の変化を、学業や仕事、人生の成長段階での重要な出来事とうまく組み合わせて、“アスリート”として、また“人”としての自己実現を支援することが、“デュアルキャリア”支援における目的となります」

(コラム:「デュアルキャリアという考え方」より抜粋)

デュアルキャリア第一号事例が誕生

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横浜GRITSが掲げる3つのスローガン。

横浜GRITSでは「スポーツでも一流、仕事でも一流」をキーワードに、プロ選手としてだけでなく、職場でも活躍し、地域での社会貢献も担うような「デュアルプロ」人材の育成を進めている。

第一号事例は2019年6月に誕生したばかりだ。ゴールキーパーの小野航平選手は以前、サッカー評論家として有名なセルジオ越後氏が代表を務めるクラブチーム、H.C.栃木日光アイスバックスに所属し、アジアリーグ(日本のプロアイスホッケーチームが参加するリーグ)で約100試合出場した経験を持つ。

横浜GRITS移籍後は、住居のコーディング施工などを手がけるエコテック社の営業部に所属しながら、現役選手を続けている。

エコテック社長(右)とともに記念撮影を行う小野航平選手(中央) 。

エコテック社長(右)とともに記念撮影を行う小野航平選手(中央) 。

画像提供:横浜GRITS

小野選手に続き、他の登録選手も就職できるよう、いくつかの企業と交渉が進んでいる。アイスホッケーに詳しくない企業も多いが、「働き方改革の一貫として検討したい」と前向きな意見が多いという。

横浜GRITSでは各選手の適正に合わせて、登録選手体系を以下のように「G1」〜「G3」と区分している。

横浜Gritsの選手登録体系の図。

出典:横浜GRITS

G1は自ら就職先を見つけるのが難しい選手の代わりに横浜GRITSが候補を探し、企業に働きかけマッチングを行う。

G2はすでにプロチームを抜け企業勤めをしているが、まだプロとして継続できるだけの実力を持つ選手が、業務内容を調整しながら現役選手を続けられるようにするもの。

G3は業務として横浜GRITSの事業に関わっていく選手だ。

アイスホッケーの試合の様子

横浜GRITSの選手。写真右はキャプテンの菊池秀治選手。東北フリーブレイズの選手として活躍した後、現在は外資系保険会社に勤めながら横浜GRITSの設立サポーター兼選手として関わっている。

撮影:公文紫都

いずれのケースでも、横浜GRITSの選手として年俸が支払われる。

「G1」のケースは最も人数が多くなる予定だ。なぜなら、プロとして活躍してきた選手のなかには、「就職したくてもどう進めたら良いか分からない」という人も多いからだ。移籍発表後、小野選手はチームのFacebookページで次のように思いを綴った。

「僕の8年間だけの経験とその中で見た世界においてですが、スポーツ選手の1日は特別な事、特別な日を除き、時間の裁量において割と自由度が高い印象でした。

全体の練習は午前のみ。午後は少し休みトレーニングかケア。ではその他空いた時間、何をしているでしょうか。きっと小さい頃からアイスホッケー選手になる事が夢だった僕たちは、それ以外の時間の過ごし方が(一部の選手は意欲的に活動しています)わからない選手が多い印象でした。

もちろん僕も小さい頃からずっとアイスホッケー選手になる事が夢であり、それを叶え、それを仕事としている以外の事に時間を割くなんて考えれなかったです。しかし日に日に、選手が終わった後の俺ってどう生きていきたいのだろう、と自問することが増えて行きました。本当はそこからの人生のほうが長いのに。そこで僕は現役時代以上に打ち込めるものはないものかと考え、探すことにしました」

初年度から黒字化をめざす

2年の準備期間を経て2019年5月に法人化した横浜GRITSは、物販売り上げ、スクール運営、ゲームチケットの収益などでチーム運営費を確保し、初年度から黒字化の目標を掲げる。

デュアルキャリアにより生活面での不安等が払拭されれば、実力のある選手がプロになる道を諦めるケースは減るかもしれない。活躍できる選手が増えれば、競技レベルの向上も期待できる。代表の臼井氏は、次のように語る。

「平昌オリンピックで銀メダルをとったドイツは世界ランキング上位常連国ではありません。日本とほぼ変わらないランキングだった時期もありますが、銀メダルを取れるまでレベルアップしました。逆に言えば、日本にもできなくはないということです」(臼井氏)

横浜Grits代表の臼井亮人氏。

横浜GRITS代表の臼井亮人氏。

撮影:公文紫都

臼井氏は男子代表のオリンピック出場目標として、10年後の2030年を掲げる。

現在、札幌市が2030年冬季オリンピックの招致に向け準備を進めているとされ、もし実現すれば、開催国枠として出場できる可能性は高い。

もちろん、実力で出場権を勝ち取る可能性もあるだろう。いずれにしても2030年に向けて、競技人口の拡大とレベルの向上は必ず乗り越えなければならない課題だ。

ここから10年で、日本アイスホッケー界は世界と戦えるレベルにまで成長できるだろうか。

(文・写真、公文紫都)


公文紫都(くもん・しづ):フリーライター。青山学院大学卒業後、IT関連企業、新聞社勤務を経て、2012年に独立。国内外の IT、EC業界を中心に取材・執筆。2014年から夫の海外転勤に伴い、ニューヨークへ。体重570gで誕生した超低出生体重児の女の子の母。個人のブログ「Purple and the City」で育児記録を綴っている。 著書に『20代からの独立論(前編)』『20代からの独立論(後編)』。

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