障害者手帳を笑われ、薬もトイレの個室で飲む —— 私が精神障害を会社に打ち明けない理由。懲戒処分されたケースも

精神障害があることを会社に申告せず、いわゆる「クローズ」で働く人たちがいる。同僚の前で薬を飲むことすらできず、いつバレるかと心をすり減らしながら日々を送っている。中には、申告しなかったことを理由に懲戒処分を受けた人も。

薬を飲むためトイレに駆け込む

精神障害

Aさんがいつも持ち歩いているポーチ。精神障害者保健福祉手帳や薬も一つにまとめている。

撮影:竹下郁子

薬を飲むのは、いつもトイレの個室です。何の薬か聞かれても答えられないので」

そう話すのは、東京都内の会社で働くAさん(女性、37)だ。

Aさんは2018年の夏に統合失調症の診断を受け、精神障害者保健福祉手帳を持っている。最近、新しい会社に転職したばかりだが、前職も今も精神障害があることは会社に伝えず、「クローズ」で就職した。

前職は福祉施設で相談支援員をしていた。職場の誰にも精神障害について打ち明けていなかったため、苦労が絶えなかったという。

ポーチから障害者手帳が見えないか不安に

障害

Aさんの障害者手帳。「特徴ある色なので、ポーチから見えないかいつも不安です」と話す。

撮影:竹下郁子

「ケツ蹴飛ばすぞ」「もう来るな」

上司から強い叱責、パワハラを受けるたびにトイレの個室に駆け込み、安定剤を飲んだ。職場の机で飲めないのは、もし同僚に何の薬かたずねられても答えられないからだ。

障害者手帳や薬を入れている化粧ポーチは、誰かに見られないよう、トイレに置き忘れないよう、常に注意を払っていたという。

メンタルクリニックには月に1度、通院していたが、保険証の履歴から会社に怪しまれないか心配だった。

「手帳持ってる奴が歩いてていいのか」

オフィス

撮影:今村拓馬

忘れられないのは今年6月、大阪府警吹田署の千里山交番で巡査が刺され、拳銃を奪われた事件だ。昼休み、いつものように皆でテレビを観ながら昼食をとっていたとき、容疑者が精神障害者保健福祉手帳を所持していたことが報じられた。

こいつ手帳持ってるんだ。そんな手帳持ってる奴が外を歩いてていいのか

上司の言葉に、Aさんはただうつむくしかなかったという。また別の日は女性の同僚が、低価格の飲食店が並ぶ「せんべろ」エリアのことを、「いかにも手帳持ってそうな人が歩いてて」と笑いながら話していたこともあった。

「私も手帳持ってるんだけどなって。精神障害者に対する差別や偏見の根深さに、とてもショックでした。福祉の仕事についている人たちですらこの認識なのか、と」(Aさん)

障害者雇用の収入では自立できない

障害者就労支援

就労移行支援事業の説明。障害者総合支援法に基づく国の就労支援サービス。

出典:厚生労働省ホームページ

Aさんは都内の私立大学を卒業後、大手メディアに入社。約10年間、記者として働いたのちに退職し、その後は非正規の職を転々としてきた。

記者時代から精神不安に悩まされるようになり、これまでに適応障害やうつなどの診断も受けている。

障害者であることをオープンにしてもいいような理解のある職場でもう一度長く働きたいと思い、2018年冬から障害者の就職支援を行う就労移行支援事業所に通い、就労の準備をしてきた。

事業所の支援員は「オープンでもクローズでもどんな働き方でも、あなたの希望に応えるのが私たちの仕事です」と言ってくれたが、現実は違った。

「電話対応やお茶汲みから練習させられて、こんな言い方はダメだと分かっているのですが、苦痛で仕方なかったです。こんなプログラム受けたくないと言ったら、パソコンを1台与えられてタイピングの練習をしていてください、と。そんなの当たり前に出来るのに。

結局は障害者雇用が前提で、紹介される求人も単純作業ばかり。私がやりたい仕事はありませんでした。そもそも障害者雇用だと月給10万円ほどで、とても自立できません

3カ月ほど通った後、クローズで働くしかないと就職サイトで自力で就活することを決意しました」(Aさん)

経歴詐称は解雇の可能性?

障害

Aさんは前職の期間中に資格取得を目指して勉強していた。

撮影:竹下郁子

そして見つけたのが、前職の福祉施設だった。採用選考時、精神科に入院していた時期など履歴書の空白期間は「家事手伝い」と答え、入社前の健康診断では過去の病気についての質問欄に「ない」と記した

障害手帳や薬を知られないように気をつけていたのは、「重要な経歴を偽り採用されたことが判明したときは解雇になる」可能性が就業規則に記載されていたからだ。

しかし働き始めて3カ月ほどで上司のパワハラなどもあり、医師から2カ月の静養を勧められて休職。職場の配置変えなどの要望を出して会社と話し合ったが、うまくいかずに退職した。仕事自体は大きなやりがいを感じており、社会保険福祉士や精神保健福祉士などの資格取得を目指していたため、退職するのはとても悔しいという。

本当は「オープン」で働きたい

働く女性

再び「クローズ」での就職を選んだAさん。年収は約300万円。前職より下がったが1人暮らしは出来る水準だ。(写真はイメージです)

撮影:今村拓馬

本来、就労移行支援事業所では、就労後も事業所の支援員が会社と本人の間に入ってフォローするのが通常だが、Aさんのように障害をクローズにしている場合はそうしたサポートが受けられない。

支援員に上司のパワハラの相談をした際、一部の上司にだけ障害を打ち明ける『セミクローズ』にしたらどうか、そうしたら間に入ってサポートもできると言われたそうだが、これまで精神障害を理由に契約社員の更新を断られたり、「メンタルクリニックに通っているような人に仕事を任せられない」と言われたことなどがあり、どうしてもそうできなかったという。

Aさんは新しく入社する職場でも、また障害をふせることを選んだ。

「またいつバレるかとビクビクしながら働くことになります。でも私のように障害者雇用に満足できない人間には、この方法しかないんです。かかりつけの病院に休職や転職の相談をしても『それは会社とあなたの問題で、病院では薬を出すくらいしかできない』と言われてキャリアのことは知らんぷりなのもつらいですね。

精神障害者への偏見がなくなって、障害も1つの特性として受け入れてくれる企業が増えたり、障害者雇用も多様になって欲しいです」(Aさん)

入社時に障害を申告せずに懲戒処分

小島健一

小島健一弁護士。

撮影:竹下郁子

障害者雇用に詳しい小島健一弁護士によると、Aさんのように精神障害があることを会社に伝えず働いている人は多いという。

6月には、東京都内のITベンチャー企業で働く30代の男性社員が、入社時に精神障害があることを会社に伝えなかったことを理由に懲戒処分(けん責)を受けたと報じられた(毎日新聞2019年6月22日)。さらに男性は、新株予約権(ストックオプション)を取り上げると通知されたという。

男性は躁鬱(そううつ)病で精神障害者保健福祉手帳を持っており、処分通知書には「就業不能の可能性があるにも関わらず、障害者手帳の付与を受けているという重要な経歴を当社に申告しませんでした」などと記されていたそうだ。

小島弁護士は、障害の申告をしなかったことを理由に懲戒処分にするのは「アウト」だと言う。

採用選考時に障害の申告をするのに慎重になるのは当然です。

障害を申告しなかったことを経歴詐称として懲戒処分をするには、採用選考時に障害を申告する義務があるという前提がないといけませんが、そもそも職業安定法について厚労省が出している指針には、特別な職業など業務のために必要不可欠でない限り、企業は差別の原因となるような求職者の個人情報を収集してはならないと定められています。障害や病歴もそれに含まれると考えるのが妥当です。これらの申告を義務づけることは職業安定法の違反になりかねません」(小島さん)

人事部は福祉のプロと連携を

薬

Aさん自宅の薬箱。「障害への偏見がなければ、本当はオープンで働きたい」という。

撮影:竹下郁子

精神障害は、体調に波があると安定した就労が困難になりやすいが、同じ疾患でも、人によって、また時期や環境によって症状は異なると言われている。

一方、改正障害者雇用促進法は企業に対し、障害者への「合理的配慮」を義務づけている。

合理的配慮の対象となる障害者は、手帳を持っているかどうか関係ないのがポイントです。がんや難病、メンタル不調などその対象は広い。企業としては『全社員』が対象だと考えておいた方がいいと思います。

労働者も『職場環境や作業方法にこういう調整をしてもらえるなら、こういう内容の仕事ができる』など、しっかり会社と交渉することが大切ですが、本人だけではなかなか難しい面もあると思います。なので、企業の人事部は障害者就労のジョブコーチなど福祉分野のプロとチームを組むなどして、態勢づくりをすべきです。

人手不足の時代です。障害を持つ人がオープンで働けるような人事方針を打ち出すことが、企業の優位性にもつながっていくと思います」(小島さん)

(文・竹下郁子)

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