中国人に大人気の日本不動産爆買いアプリ。開発者は「中国で2度失敗した」元楽天役員

何さん2

何書勉さんが「神居秒算」のアプリからカメラを起動すると、周辺の売りに出ている物件情報が現れた。

撮影:浦上早苗

スマホのカメラで周囲をスキャンすると、そのエリアで売りに出ている物件の建物名や部屋番号、価格が表示される ——。人工知能(AI)、拡張現実(AR)など先端技術を詰め込んだ「神居秒算」は、日本で物件購入を希望する中国人が最も使っている不動産プラットフォームだ。

開発したNeoXの何書勉(ホウ・シュウメン)社長(41)は、楽天、グリーの中国進出を指揮し、2度その壁に跳ね返された。「もう中国はこりごり」と不動産投資企業に転じた彼だが、今度は中国企業に口説き落とされ、「3度目の正直」に挑んでいる。

「3億円出すから起業しろ」中国での出会い

2016年10月、何さんは北京の著名ビジネススクール長江商学院で、「ビッグデータの不動産ビジネスへの活用」をテーマに講義を行った。東京での何さんの講演を聞いていた中国人が、「中国でも話して」と声を掛けたのだ。

講義修了後、聴講していた学生から連絡が来た。VC(ベンチャーキャピタル)幹部を名乗るその人物は、何さんに「あなたの技術を中国で事業化するべきだ。うちが2000万元(3億2000万円)出す」と口説いた。

「中国でやるのは大変だと知っているから、すぐには返事できなかったのですが」

知り合いのエンジニアたちに相談すると「絶対やるべきだ。一緒にやろう」と後押しされ、何さんは2017年2月、中国人に不動産情報を提供する「NeoX」を設立した。

31歳で執行役員に。だけど自信がない

楽天

31歳で楽天執行役員に抜擢された何さん。「会社で発言力を持つためには、ある程度のポジションも必要だと学んだ」

REUTERS/Yuya Shino (JAPAN - Tags: BUSINESS LOGO)

上海生まれの何さんは18歳で来日。京都大学博士課程でコンピューターサイエンスを研究し、日本で就職した。

「中学校から日本語を勉強していたので、日本語が通用するかチャレンジしたかった。中国の大学を半年で中退して同志社に入学し、1年後に京都大学に入学し直しました」

修了後は世界的なIT企業で研究者になることを目指していたが、Googleに送るために用意していたレジュメを、教授が楽天の関係者に渡したことで、彼の進路はぐるりと方向を変えた。楽天技術研究所を立ち上げた同社は、高度IT人材を求め、大学の研究室にスカウトに来ていた。

「Googleより楽天の方が面白いんじゃないのって教授に言われて」何さんは2007年4月、29歳で楽天に入社した。

同年、楽天は台湾に合弁会社を設立し、海外に進出。以降、三木谷浩史会長兼社長の旗振りでグローバル化に一気に舵を切る。その流れも受けたのだろう。2009年5月、同社は若い社員を抜擢する「執行役員2.0制度」を導入し、入社3年目の何さんを執行役員に登用した。

楽天は2010年、英語を社内公用語にすると宣言したのに続き、10月にはバイドゥ(百度)との合弁事業として楽天市場の中国版「楽酷天」もオープンした。何さんは中国法人のCEOとして立ち上げを指揮し、本社では中国人やインド人の採用に駆り出された。

だが「楽酷天」はうまく行かず、オープンから2年も立たない2012年5月に事業を終了した。その時、何さんは既に楽天を去っていた。

特段の実績を上げたわけでもない研究職の若者が、いきなり抜擢されたわけです。経験のなさから自分に自信が持てず、いろいろなことに翻弄されてしまいました

バイドゥ、テンセント……ビッグネームと提携も敗北

楽天を退社した何さんは、2011年にIT企業のGREE(グリー)に転じた。同社も中国に進出するために、中国IT大手のテンセント(騰訊)と合弁会社を設立。何さんは副総裁として中国に赴任することとなった。

だが、グリーの中国事業も迷走し、2013年5月に閉鎖が決まる。約130人の現地社員は解雇され、何さんは1人日本に戻ってきた。

日本の大学院でITを学んだ中国人だから、中国事業の責任者に担ぎ出される。けれど何さんは18歳で日本に来て、実際は日本の企業しか知らない社会人だった。

「もう中国はこりごり。中国には行かない」

挫折感は大きかった。

AIとビッグデータで中古物件の相場を算出

不動産とビッグデータ

時間と空間のビッグデータを使って、日本の不動産業界を変えたいとも考えている。

ekapol sirachainan shutterstock.com

2014年12月、何さんは実家に帰省する飛行機で、隣に乗り合わせた人に話しかけられた。

不動産業に就いているという男性は「東京には新築マンションを立てられる土地が限られている。これからは中古市場が大きくなる」と話した。

年が明けてその男性から連絡がきた。彼は不動産投資企業プロパティエージェントの社長だった。

「人工知能やビッグデータを駆使して、不動産の適正価格を導き出すシステムを作れないか」

そんな相談に、何さんは興味を持った。

「僕の博士号のテーマは時空間データベースでした。不動産は時間によって価値が推移します。そして、同じ間取りでも階が違うと価格が変わる、空間ごとに価値が違う財産です。時間と空間に関係する膨大な情報から一つの点を見つけ出す。自分の専門性を生かせる仕事だと思いました」

2015年、プロパティーエージェントに転職した何さんは、AIと過去の取引情報などのビッグデータを活用して中古不動産の適正価格や将来の値動き予想を示す技術を開発した。

注目され始めたAIと既存ビジネスの不動産業を結びつけたビジネスは反響を呼び、何さんも人前で話す機会が増えた。講演が次の講演につながり、冒頭で紹介したように起業に至ることになる。

「収益は生き残ってから考えろ」中国VCの価値観

上海

不動産バブルが衰えない上海。だが、2カ月で撤退した。

ssguy shutterstock.com

2017年、NeoXを設立した何さんは、中国人向け不動産情報アプリ「神居秒算」のサービスを開発した。ビジネスの本命は上海の不動産情報を掲載するアプリだったが、社員のトレーニングのために、東京の物件情報を掲載した日本バージョンも作った。

「神居秒算」はAIやビッグデータだけでなく、AR技術も搭載した画期的なアプリだった。通勤途中や外出先でアプリを開いてカメラを起動させれば、周辺で売りに出ている不動産の情報が表示される。しかし、ユーザーのニーズに最適化されたはずのサービスを、何さんは2カ月で終了させることを決断した。

「景品表示法や宅建業法のような不動産業界の秩序を保つ法律が中国では整備されておらず、おとり広告や虚偽広告が横行していたのです。アプリ登録された不動産情報と、実際が違うことが日常茶飯事で、ユーザーに正確な情報を提供できなかった」

さらに何さんの前に立ちはだかったのが、「お金を払ってくれない」中国の不動産会社だった。

プラットフォームでは、物件を登録する不動産会社からシステム利用料を支払ってもらう収益モデルを想定していた。だが、アプリやネットのサービスは無料が当然という文化の中国で、有料でサービスを利用してくれる業者はなかなか現れなかった。

「真剣に悩んだ。市場はでかい。VCがついているので、広告を投下して集客はできる。けどお金が取れない」

中国の投資家は強気でこう主張した。

「赤字なんて気にしなくていい。金を焼き尽くしてシェアを取ってライバルを潰せ。今考えるのはライバルを死なせることで、どうやって儲けるかは生き残った後に考えろ

両手で数えるほどしか社員がいないスタートアップが、2カ月で数億円の赤字を抱えた。半年後にはいくらに膨らんでいるのか。どう収益を上げるのか見当もつかない。

「日本だったら、会社をどう長生きさせるか考えますよね。根本が違う。市場じゃなくてVCとの戦いになっていました」

それでも何さんは、撤退で押し切った。楽天、グリーの苦い経験を、再び繰り返したくない。別の希望が見え始めたことも、彼の決断の支えとなった。

お金を焼き尽くして運営していた上海の物件情報アプリと並行し、ひっそり運営していた日本の物件情報サイトが着実に成長していた。

「私なら勝てること。私にしか勝てない分野を考え抜きました。それが上海の不動産市場じゃないのは確かです。中国のVCが応援していて、日本最大のECプラットフォームで経験を積み、不動産テクノロジーの専門性を持つ私にしかできないのは、中国人向け不動産インバウンドなんじゃないか

ターゲットを「日本の不動産を買いたい中国人」に絞り込み、そこでトップを取る。何さんの主張に中国の投資家も最終的に納得。「神居秒算」の方向性が定まった。

「自分がやらなきゃ」入社研修以来の飛び込み営業

アプリ

中国人向け日本不動産情報プラットフォーム「神居秒算」。何さんは楽天とのビジネスの違いを、「高額物件の取引なので、オペレーターの役割が非常に重要な点」と話した。

中国語で「日本 住宅購入」といったキーワードを検索すると、神居秒算のサイトが一番上に表示される。NeoXは初期から検索エンジンを利用した広告費を惜しまず、見込み客を呼び込んでいる。現在、サイトを見た中国人ユーザーからの同社への問い合わせは月間500件。物件を掲載する企業は北海道から沖縄まで40社に上る。

当初大きくするつもりがなかった神居秒算の日本版は、東京・池袋を拠点とする不動産会社1社の物件情報だけを掲載していた。しかしユーザーが増えると、福岡や北海道といった地方都市の物件を希望する客が出て来た。

「北海道がいいと言われたら、オペレーターが『今は北海道は高い。池袋に掘り出し物がありますよ』、福岡と言われても『福岡は遠い。今月は池袋に特選物件が出ています』と全部池袋に誘導していたのです(笑)。でもそのうち、『どうしても大阪』などエリア限定の依頼が来るようになり、ごまかしがきかなくなりました」

何さんは大阪と福岡に日帰り出張し、物件情報を提供してくれる不動産を求めて飛び込み営業をかけた。

「飛び込み営業は楽天の新入社員研修で1日やっただけ。しかもその時は、営業に配属される同期にかなり助けてもらいました。今度は自分でやらないといけない。当時の研修を思いながら、知り合いに紹介してもらった不動産を回って、必死に説明して、大阪と福岡で1社ずつ、無償ではあるけど物件掲載の協力をしてくれる企業を確保しました」

2017年秋、口コミで神居秒算を伝え聞いた東京の不動産会社が「うちもサービスを利用したい」と何さんに連絡してきた。有料でサービスを利用してくれる最初の顧客がようやく見つかった。

月額売り上げ1000万円、自分のパソコンを購入

何さん

楽天、グリー、プロパティエージェントを経て起業した何書勉さん。業務用パソコンは売り上げが月額1000万円を安定して超えるようになった今年(2019年)2月に購入した。

撮影:浦上早苗

2017年12月、月額システム利用料20万円を支払ってサービスを利用する不動産企業は4社に増えた。NeoXは不動産インバウンドのコンサルも行っており、コンサル事業での売り上げも入れると、月商は200~300万円になった。だが、社員10人の人件費には全く足りない。

私物のパソコンを業務に使っていた何さんは、この時、「月の売り上げが600万円に達して、自分たちの給料分でも稼げるようになったら、会社のお金で僕のパソコンを買う」と目標を立てた。

600万円の壁は2018年7月に超えたが、広告費などを考えるとまだまだ赤字。結局今年2月、1000万円を安定して上回るようになった時点で何さんは経費で業務用パソコンを購入、来客の増加に対応して、会議室を取りやすいシェアオフィスに事務所も移転した。

ITで「業者有利」を変えたい

なりたかったわけでもないのに、楽天執行役員に登用されて10年。早すぎる自分への“ブランド”を重荷に感じながら、ブランド負けしない成果を求め、40歳目前で起業した。サービスを利用している不動産会社には各社への問い合わせ状況、成約率、人気のエリアなど細かな週次レポートを送るが、それは楽天から学んだノウハウだ。

「そもそも、企業と消費者をつなぐプラットフォームというビジネスモデルも、楽天にいないとできなかったでしょう。在職中はしんどかったですが、自分で一から起業してみて、楽天が良い会社だったんだと改めて分かりました」

不動産ビジネスは業者に有利な古い慣習が多く残っている、そう考える何さんは、神居秒算を「ユーザーの時間を無駄にしない」ことを最優先したプラットフォームにしようとしている。中国のお客さんが日本に来ずとも購入の意思決定ができるように、物件の写真はもちろん、利回りや過去数年の相場推移など、ユーザーが知りたいことを全て表示している。その甲斐あって、問い合わせに対する成約率は10%に上る。

次の目標は、日本の消費者向けの不動産売買プラットフォームの展開だ。

「今の不動産情報サイトは『絞り込み検索』で物件を絞り込むでしょう。当社のプラットフォームは購入者の閲覧履歴をAIが分析し、希望に近い物件を表示します。路線、間取り、面積、予算、駅からの距離と条件で検索する機能は一見便利だけど、機会損失が発生します。ある。例えば3000万円、60平方メートル以上で検索すると、3050万円だけどお客さんにとってその他の条件は最適なものが、見落とされてしまう」

競合大手は多いが、不動産とAIとプラットフォームのノウハウは、自分の手にある。

「不動産プラットフォームはAIを使ってユーザーのニーズに最適化できる空間が大きい。それは自分にしかやれないことだと思います」

(文・写真、浦上早苗)

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