「悪いのは加害者であり、被害者に非はない」ネット危害予告を受けた川上未映子さんが語る

川上未映子

作家の川上未映子さん。ストーカー被害やネット上での危害予告など、自身の経験を元にした考えをインスタグラムに投稿した。

撮影:今村拓馬

8月から始まり、展示内容を巡り中止に追い込まれた「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展」。「表現の自由」とはどこまで許容されるのか、表現の自由を奪われるときその外部の力にどう向き合うのか、ということについて、作家の川上未映子さんは自らの経験を元にした考えをインスタグラムに投稿した。

昨年10月から数カ月にわたり、ネット上で殺害予告とも取れるような脅迫を受けたこと、それによって予定していたイベントや講演に登壇できなくなったこと、さらには10年にわたり複数のストーカー被害に遭っていたことも明らかにした。

そしてこう続けていた。

「脅迫に屈しない」「テロに屈しない」とはどういうことなのか。

ネットでの匿名の脅迫やハラスメントに対して、声をあげ行動する女性たちをさらにネット上でバッシングし、追い詰めるような動きが蔓延している。川上さんの投稿はまさに“寝た子を起こし”、さらなる危害を嫌がらせを受ける可能性もある。

自分の活動を制限されるのはおかしい

川上さんはなぜこのタイミングで、自身の体験を明らかにしたのか。そして自身の“闘い方”まで明かしたのはなぜか。

「表現を仕事にしていると、ネット上の誹謗中傷などはつきものです。作品であれ私個人にたいするものであれ、結局は嫉妬や妄想がほとんどなので、私には関係ありません。でも危害予告は別です。大勢の人や生活にかかわることです。

私は10年以上、複数のストーカーの問題を抱えていて、弁護士などを通して当該人物たちの動向をチェックしています。ストーカー問題の根が深いのは、時間がたっても「これで終わり」という線引きができないことなんですよね。

よく言われるのは相手を刺激しない方がいいということなんですが、そうすると結果、自分の活動を制限することになる。でもそれはおかしい。悪いのは加害者で、被害者には非はないのですから」

川上未映子

撮影:今村拓馬

これまでもエッセイの中で“フワリ”とストーカーについて書いたことはあるが、ここまでハッキリと書いたのは、初めてのことだ。

被害者が強くあることへの拒否反応

投稿はいろいろな人によってシェアされ、大きな反響を呼んだ。9割は「大変でしたね」という共感、でも、0.5割くらいは「あなたにも責任がある」という意見だった。原稿に自分の写真を添えたことにも反応があった。

「あの記事に、顔写真を添えていることを揶揄する人もいましたね。男性はもちろん、なかには同業の女性もいました。でも、当然のことですが、私の体験を私が語るのに、自分の写真よりふさわしい写真はありません。しおらしい花とか、空といったイメージ画像だったら納得してくれたのでしょうか(笑)。

(女性が被害にあったときに)被害者が自主性をもって強くあることに、拒否反応があるんでしょう。被害女性がサバイブの体験を語るとき、その人らしくふるまうことに嫌悪感を抱く人は、自分のなかのどういう劣情がそうさせているかを、考えたほうがいいですね」

声をあげ、許されないという前例を作っていく

川上さんは、今回投稿した内容には被害の実態だけでなく、自身がその後、どう加害者に対峙して来たかも書いている。警察に被害届を出し、匿名の書き込みに対しては情報の開示請求をして特定し、今後はその相手に対してはイベントに登壇できなかった損害の賠償を求める訴訟を起こすことまで明らかにしている。

それは「決して泣き寝入りをしない」という決意表明のようにも感じられる。

「ストーカーへの対処はいくつか段階があります。まず警察の生活安全課に行くんです。相手がわかっていれば話が早いですが、ネット上のことは情報開示を請求するために裁判を起こす必要もあり、お金も時間もかかります。

わたしの場合は著名人ということと、過去にもストーカーの被害があることで警察もすぐに動いてくれましたが、そうでない場合や居住地域によっては案件がたてこんでいることもあり、すぐに対応してもらえないことも。また、警察で被害届や書面などを作成するだけでも何日か警察に行くことになり、心が折れる作業でもあります。

でも、悪質なものはすぐに警察に届けるべきですし、いまはネット被害の相談にのってくれる場所も増えているので、どうか勇気を出して、なんらかの対応をとってほしいと思います。しかるべき声をあげて、こんなことは許されないことなのだ、きちんと裁かれるのだという前例を作っていくことが大事だと思います」

川上未映子

撮影:今村拓馬

ジェンダーロールを見直す時期に来ている

川上さんは7月、新刊小説『夏物語』を上梓した。主人公の夏子は38歳。

彼氏も恋人もおらず結婚の予定もないが、自分の子どもに「会いたい」という願望を抱き、精子提供で子どもを産むことを試みる。

そこで描かれるのは、「産む、産まない」の選択をめぐる葛藤だけでなく、女性だけが背負った“宿命”のようなものだ。

「今思うのは、私たちが刷り込まれてきたジェンダーロールのようなものを見直す時期に来ているということ。実際の生活や行動は回らなくなっているのに、構造は変わっていません。その構造をコントロールしている上層部の意識が変わらずに、衝突が起きてますね。

男性が稼いで、女性が家のなかのことをやるというモデルで一生を終えるのは無理です。性別で役割をとらえるのではなく、男性も女性の両方が、経済と家事・育児の当事者であるという意識をもつことが重要だと思います」

川上さん自身、共働きで小学生の子どもを育てている。近くに頼れる親族もいない子育ては、小説家という比較的時間の融通が利く仕事でも、相当きつかったという。

男性が供給する男性の生きづらさを認めて

そのきつさとは、仕事と子育てという“両輪を回す”「きつさ」だけでなく、「女性としての自分を内面化して母親としての抑圧を感じてきた」ことだとも話す。

「母性神話がまだまだびっちりですよね。例えば子どもが熱を出したら母親じゃないとケアできないとか。生まれたときからちゃんとコミットしていれば、父親でも何の問題もありません。それができるように、もっと今の仕組みに異議申し立てしてもらいたいのだけど、男性は異議申し立てする男性が嫌いなんですよ。

男性を変えられるのは、結局、男性なんじゃないですか。男性が供給している男性の生きづらさを、男性たちが認識することで、変わるものは大きいと思います」

川上未映子

撮影:今村拓馬

川上さんは「生きづらさは人を追い詰める」と話す。だから自分が腹を立てたり、生きづらさを抱えたりした時に、自分が苛立っているものは何か、自分を苦しめているものは何かに向き合うのは大事だと。

『夏物語』の登場人物は途轍もない悩みを抱え、暮らしもギリギリだが、それでも人との交わりを諦めない。そこには泣いて笑っての日常がある。

「小説の良さは、登場人物が交わした言葉とかシーンとか、物語をまるごと受け取ってもらえること。即効性はないけど、タイムリリースビタミンのように、後でじわじわ力になるような要素が物語にはあると思っています。 世界がどんな風で、どう生きるのかを書くために私はこれからも物語を書いていきたいと思っています」

(聞き手、構成・浜田敬子、編集協力・露原直人)


1976年、大阪府生まれ。 2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞受賞。主な受賞歴は詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(第14回中原中也賞)、『ヘヴン』(平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞)。短編集『愛の夢とか』(第49回谷崎潤一郎賞)など。短編集『ウィステリアと三人の女たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛び立つ』など著書多数。『早稲田文学増刊 女性号』では責任編集を務めた。最新刊は7月に出された『夏物語』。

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