携帯キャリア事業の記者会見の中で、質疑応答にこたえる楽天・会長兼社長の三木谷浩史氏。
撮影:伊藤有
10月1日から「第4のキャリア」として参入するはずだった楽天モバイルが、いきなりつまずいた。
10月中旬から「無料サポータープログラム」として、5000名限定で音声・データ通信が無制限のプログラムを提供するとしたのだ。
「無料サポータープログラム」と聞こえはいいが、辛口な言い方をすれば、結局は商用サービスを始められず、本格スタートを延期しただけに過ぎない。
世界初となる完全仮想化技術を導入しているものの、基地局の整備が遅れている。要は5000名で大規模なフィールドテストをやるというわけだ。
楽天は自ら「ちゃぶ台返し」をしてしまった
約5000名限定、対象地域も限定で無料提供。しかし、三木谷社長も認めるようにこれは先行テストの色合いが濃い。正式サービスが「いくらになるのか」も、記者発表では一言も言及はなかった。
撮影:伊藤有
「ネットワーク基盤の整備を着実に進め、料金の一層の低廉化やサービス多様化への国民の期待もしっかり受け止め、本格サービスを早期に開始してほしい」(菅官房長官)
9月6日、菅義偉官房長官は、楽天の本格参入延期について、こう答えた。
楽天のキャリア参入は、通信行政に詳しい菅官房長官の肝いりとされている。
菅官房長官が2018年8月に「携帯電話料金は4割値下げできる余地がある」と発言。さらに「2019年10月には楽天の参入によって、通信料金は値下げされるだろう」とも語っていたが、楽天の本格参入が延期になったことで、値下げ競争も遅れる。つまり、楽天は菅官房長官の面子を潰したことになる。
楽天の無料プログラムの概要。対象者は都市圏地域限定であり、KDDI通信網とのローミング接続がスムーズに行われるかなどを、本格サービスに向けテストする意味合いが濃い。
撮影:伊藤有
面子を潰されたのは総務省も同様だ。
ここ最近、総務省は10月1日に施行される改正電気通信事業法の準備に追われてきた。
完全分離プランを導入させ、2年縛りや多額の端末割引をやめさせ、解除料も安価にしようと法改正を進めてきた。
NTTドコモとKDDIが6月にスタートさせた新料金プランが思ったほど安くなっていないと見ると、有識者会議の議論はすっとばし、ネットアンケートを使い「消費者は1000円以下の解除料を求めている」という強引な結論で、解除料1000円を一方的に決めた。
総務省が「手荒」なやり方で、既存のキャリアをやめやすくなる政策をお膳立てをして、楽天参入を支援したはずが、楽天はそのちゃぶ台を自らひっくり返してしまったのだ。
楽天の動向を睨む、先行3キャリア
「縛りなし」の新料金プランを発表したソフトバンク。楽天モバイルを牽せいする狙いがあると思われる。
出典:ソフトバンク
9月6日午前10時、ソフトバンクが縛りも解除料もない料金プランを発表した。
この日の午後は、楽天がキャリア参入の会見を開くことになっていた。ソフトバンクとしては、楽天の本格参入が延期され、料金プランを発表できないとみて、先制攻撃的にプレスリリースを配信したのだろう。
ソフトバンクの新料金プランは、確かに2年縛りも解除料も存在しない。解約しやすくなったのは事実だが、現行の料金プランと比較すると、スマホにおいては1円も安くなっていない。「総額の料金は据え置き」というわけだ。
撮影:今村拓馬
一方、端末の割引に関しては、9月30日までは48回払いを選択し、24回支払えば残債は免除されるプログラムがあったが、10月1日からの法改正でそれが適用できなくなる。10月からは上限2万円の割引が精一杯だ。
つまり、毎月の通信料金は変わらず、端末購入の高額な割引がなくなる。結局、我々「一般消費者の負担感が大きく増すだけ」のことになるのだ。
本来ならば、3キャリアが2年縛りをやめ、解除料を1000円以下に設定。楽天が料金競争を仕掛けることで、既存3キャリアも値下げに踏み切るというのが、総務省が描いた青写真だった。しかし、楽天のスタートがコケたことで、総務省の目論見はもろくも崩れ去ってしまった。
結局、総務省の失策ではないか
撮影:今村拓馬
総務省は楽天に対して基地局整備が遅れていると、3度に渡って行政指導をしている。しかし、今回の会見で、三木谷社長は、「基地局、設置ペースは順調に回復。課題についても解決。9月中には予定どおり23区、名古屋、大阪で無事にサービスローンチできる」と断言。楽天の武田和徳副社長も「サービス開始時の基地局数も十分にエリアをカバーできる」とした。
ただ、他キャリア関係者の見方は厳しい。
「ウチも2020年春に商用化する5Gサービスに向けて基地局の用地確保に動いているが、全然、見つからない状態で苦労している。ノウハウがあるウチですらこの状態なのに、楽天が基地局の場所を計画通りに確保できるとは思わない」(他キャリア関係者)
2020年3月までに計画通りに基地局整備ができなければ、さらに商用サービスを提供できず、免許を取り上げられる可能性も出てくるだろう。
そうなってしまえば、料金競争は全く起こらず、「スマホが高くなっただけ」で収束してしまうことも予想される。
そんな展開になった場合、総務省は今回の失策を認め、方向転換するつもりはあるのだろうか。
(文・石川温)