若手人材が企業に対して売り手市場の現代で、新卒から就職せずにフリーで働き始める20代が、しばしば話題になる。彼らの理由とは。
Twitterで「新卒フリーランス」を目にし、「こういう選択肢もあるんだ」と、新たな扉が開く思いがした(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
「収入を安定させたい気持ちはもちろんありますが、毎日出社するストレスもないし、精神的にラクなんです」
フリーランスのウェブライターとして働くアヤカさん(23、仮名)と、東京都板橋区のとある駅前で待ち合わせたのは、まだ夏の陽射しの強い、8月の午後だった。
外にいられないぐらいの熱気を逃れるように、下町風情の街並みにあるチェーンの喫茶店に入った。昼間とあって、店内は近所の高齢者で賑わっている。
アイスティーを前に、アヤカさんはゆっくり話し始めた。
「就活では内定をもらったんですが、やっぱり違うかなあと思ったのは、4月入社直前のインターンの時です」
アヤカさんは大学卒業以来、一度も企業に就職はしていない。いわゆる“新卒フリーランス”だ。
大学4年生の時にウェブマーケティングのベンチャーから内定をもらったが、入社式を前に、内定を辞退している。もともとデザイナーやライターのようなものづくりの仕事を志向していたが、営業として採用され、インターンで体験したところ「向いていない」と実感した。
結果的に、就職せずにフリーランスで働き始めて、1年余り。きっかけはTwitterで目にした「新卒フリーランス」として働いている人の発信だった。
「こういう選択肢もあるんだ」
新たな扉の開く思いがした。
自分の時間もないような働き方をしたくない
副業ができなかったり残業が続いたり。正社員になって時間がなくなることが嫌だ。
撮影:滝川麻衣子
ウェブデザインの学校に通いながら、在宅でウェブライティングを始めた。
企業からの発注をネットを介して受けられる、クラウドソーシングのプラットフォームに登録。検索エンジンでのアクセスを増やし、PVを上げるために指定されたキーワードを入れて、テーマに応じた文章を書く仕事に応募した。1文字0.7円からスタートし、1円、1.5円と評価に応じて文字単価は上がった。
「在宅で何本も記事を書くので、けっこう家にいることになりますが、それ自体は苦ではないです」(アヤカさん)
やがては「働く女性のインタビュー記事や、会社員じゃない働き方について書く仕事をしたい」と思っている。
ただ、在宅でのライティングだけでは生活は厳しい。その後、やはりクラウドソーシングで探した、IT系のベンチャー企業と「業務委託契約」で、ウェブメディアの編集やライティングの仕事をするようになる。
3カ月間は週5勤務20万円だったが「毎日の出社は、在宅でのライター業と両立がきついので」、この夏からは週3勤務15万円に変えてもらった。
業務委託契約は本来、企業と雇用関係にはないので、企業側の「勤務時間」や「勤務場所」の規律に従う必要はない。出社の義務はないのでは?と聞くと、そこをアヤカさんはあまり気にしていないようだ。それよりも、目下の収入と時間の使い方の方が大切という。
「出社の回数は減って、自分の時間が増えたので。精神的にラクになりました。正社員になると副業ができないので、ライターの仕事がやりにくくなりますし」
業務委託と掛け持ちで月25万〜30万円
今は生活に不自由は感じていないが、この先のキャリアは模索中だという(写真はイメージです)。
Shutterstock
こうしてアヤカさんは、週3回の業務委託契約のベンチャー企業の仕事で15万円程度、残り2日と土日の数時間を在宅ライター仕事に当てて、月額25万〜30万円の収入を得ているという。フリーランスなので、ここから国民健康保険料や国民年金保険料、住民税を納めている。母親と二人暮らしということもあり、生活に不自由は感じていない。
もし病気になったり働けなくなったりしたらと思うと、確かに不安定かもしれない。でも、アヤカさんは言う。
「1つの組織や会社に固定されたくないんです。ライターとしても自由な立場でいたい。大学の同級生を見ていると、毎日通勤して一日中仕事で、自分の時間がない。私は仕事以外の自分の時間も大切にしたい」
今の生活の満足度は「85%」というアヤカさんにとって、残りの15%、満足していない部分はこの先のキャリアだ。
「ずっとこのままでいいのかな、とは思います」
もっと仕事の選択肢や幅を広げたいと、ライティング講座を受けてみたりもした。
「書く仕事なのはいいけれど、 クラウドソーシングでのライティング業には限界があります。25(歳)でもこれやっているのかと思うと……」
今はそこを模索している。
選ばなければ新卒はほぼ就職できる時代
「いつでもその気になれば就職できる」という市場環境が、かえって楽観的な風潮をもたらしているのかもしれない(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
新卒や入社歴の浅い20代で、会社や組織に所属せずに「フリーランス宣言」する人たちがここ数年、SNS上で注目を集めている。クラウドソーシングのプラットフォームを運営するランサーズ調査によると、フリーランス人口自体は2017年以降で1000万人超と横ばいで、大きな増加は認められないものの、“新卒フリーランス”に驚きはなくなってきた。
少子高齢化による人手不足と好景気により、有効求人倍率は高度成長期並みの高さを維持している。厚生労働省などの調査では、学生の就職率は97.6%で、調査開始以降2番目に高い。仕事の選り好みさえしなければ、どこかには就職できる。
「今就職できなければ一生、非正規雇用」という深刻さがつきまとった就職氷河期とは違い、近年、新卒で就職せずに、あるいは1年も満たないうちに退職してフリーランスを選ぶ人に、悲壮感はない。「いつでもその気になれば就職できる」という市場環境が、かえって楽観的な風潮をもたらした面もあるかもしれない。
もちろん、経験の浅いうちから独立する「新卒フリーランス」にはリスクも伴う。雇用保険料を支払わずに済む「安い労働力」として、企業に使われてしまっては、自由な働き方も本末転倒だ。
インターネット上のインフルエンサーたちが「自由な働き方」を提唱し、会社勤めが「つまらない生き方」のように煽る風潮への批判もある。
「『つまらないサラリーマンから抜け出したい』という潜在的な需要に対して『あなたでもできる!』それらを養分として狙うビジネスって定期的に出てくるんだけど、結局『フリーランス』とか『個人の時代』とかって実際はサラリーマンよりも不安定で過酷なんだよね。銀行が一番よく分かってるよ」(Twitterより)
こうした批判はありつつも、アヤカさんのように「自分の時間のない働き方はしたくない」「毎日出社したり人と接したりがストレスになる」という人にとって、「就職しなくても食べていける」という選択肢はなお、一つの救いになっている面はあるようだ。
ゲーム感覚の独学でプログラミング習得
開発やSNSコンサルの仕事で、月によって変動はあるが150万〜300万円の売り上げがある。
撮影:滝川麻衣子
ここまで来ると、今さら就活などする気にもなれないというケースもある。
「あと1年、大学は残っていますが、このまま退学すると思います。今は、すでに就職している同級生より稼いでいますし、100万円超の学費を払ってまで戻る理由がないです」
都内の有名私立大学の政治系の学部を休学中のダイキさん(25)は、独学で始めたサーバー開発の仕事、SNSのコンサルなどをフリーの立場で請け負っている。月によって変動はあるが150万〜300万円の売り上げがある。収入が高額になった頃から、法人化した。
法人化はしたが、社員を雇用するつもりはなく、お互いにフリーの立場の20〜40代の経営者やエンジニアとゆるやかなチームを作って、仕事を回しあったり相談に乗ったりしているという。
東大入試に落ちて入った私大での「希望していなかった」大学生活には、初めからあまり興味が持てなかった。
「勉強する気になれず、サークルや飲み会に明け暮れてしまって。単位も落として留年が決まった頃、先輩に誘われて、就活イベントの運営やフリーペーパーの発行に関わることになりました」
ウェブメディアに就活向けの記事を書くうちに「ゲーム感覚の独学で」プログラミングやデザインも学び、ホームページの制作も請け負うようになった。そのうちシステム開発の仕事も手がけるようになり、これにハマった。
大学4年生の時点で休学することを決め、地方在住の親には電話で伝えた。
「よっぽどサラリーマンより大変」
「正直、人には勧められ」ないし、「親に受けさせてもらった教育を、将来、子どもにもうけさせてあげられるぐらいの経済力があればいい」(写真はイメージです)。
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今のダイキさんの生活は、朝は8時過ぎに起きて、仕事を始め、昼はウーバーイーツを頼む。Netflixで海外ドラマを見ながらそのまま朝の3時〜4時ごろまで仕事をする。極めてストレスのない環境だ。こうした「仕事の日」は週に2〜3日程度。それで毎月100万円以上の収入を得ており「通勤電車に乗って会社勤めは考えられない」という。
ただし、初めからこんな生活をしていた訳ではもちろんない。
大学に籍を置きながら仕事を始めた頃は、就活支援系サービスの営業、知り合いから声をかけられたネイルサロンの店舗経営、採用、労務、集客、その上で動画編集などメディア、エンジニアとしてのシステム開発まで手がけた。
「深夜1時過ぎまで仕事をして、そこからジムに行って、また店舗に泊まり込んで仕事をしていました。その頃は本当にきつかった」
プライベートも皆無で友達とも疎遠になり、彼女とも別れたという。
「よっぽどサラリーマンより大変で、正直、人には勧められません。それでも、人に雇われたくないし、途中で投げ出したくないというプライドがあったんです」
軌道に乗せるまでには、相当な場数を積んだ自覚はある。
ダイキさんのような就職しないフリーエンジニアは確かに、レアケースだ。
フリーランスのエンジニアに案件を仲介するエージェントのレバテック代表、林英司さんは「専門性が求められるフリーランスは実務経験が重要視される側面が強く、その経験が積みづらい新卒者は、幅広く案件を探すことには苦労する」と指摘する。ただ「『将来的にはフリーランス』という学生は多くなってきており、特別な働き方でなくなってきていることは間違いありません」とみる。
ダイキさんは大学にはもう戻らないつもりだし、もちろん就職するつもりもない。
「だからと言って、会社を大きくしようとか、夢を語って世の中を変えようとか思っていません。強いて言えば、親に受けさせてもらった教育を、将来、子どもにも受けさせてあげられるぐらいの経済力があればいい」
安泰なキャリアなどどこにもない
NEC、富士通、エーザイ、レナウン、日本ハム……。誰もが名前を知るような大企業でもこの1年で、早期退職者の募集が相次いだ。大企業に就職すれば、生涯、安泰という時代はとっくに終焉を迎えている。
終身雇用の崩壊する社会で、リスクも含めて個人で仕事をしようという動きは、多かれ少なかれ増えていくだろう。新卒で人手を充足できない企業の多くは、中途採用の門戸も広げつつある。いざという時は、就職する道も残されている。
新卒から就職しない働き方を「無謀だ」「リスクが高い」というのは簡単だが、では、50代を目前にリストラされて「初めてフリーランス」になる可能性のある人生は「安心」なのか。
本当に安全で安泰なキャリアなど、現代においてどこにあるのだろう?新卒から就職を選ばない働き方は、そう、問いかけてくる。
(文・滝川麻衣子)