「電撃的」と報じられていた板門店での米朝首脳会談。この背後に中国の「お膳立て」があったと分析する説が浮上している。
reuters:KCNA KCNA
2019年6月30日、板門店の非武装地帯(DMZ)で行われた第3回米朝首脳会談。
多くのメディアは「電撃的」に実現したと伝えたが、実はその10日前に北朝鮮・平壌を訪れた習近平・中国国家主席が金正恩・労働党委員長と事前に協議していた可能性が高いことを、中国人研究者が明らかにした。
米中対立が長期化する中、中国が北朝鮮の「後ろ盾」として米朝関係にも全面関与しようとする姿勢の表れでもある。
急遽平壌入りした可能性も
G20での習近平氏と会談したトランプ氏。ここで北朝鮮問題について何が話し合われたのだろうか。
reuters:Kevin Lamarque
この分析を明らかにしたのは、中国遼寧社会科学院の呂超研究員。中国の朝鮮半島問題研究の第一人者で、中国・大連での筆者とのインタビュー(8月27日)で語った。
呂氏は、
「習氏は平壌訪問の直後に大阪のG20に参加した。大阪での米中首脳会談の直後、トランプ氏はTwitterを通じ板門店で会いたいと書き、世界をびっくりさせた。だが、米朝間で(事前に)何らかのサインがなければ、板門店会談は難しかったと思う。
金氏が直ちに反応したのも興味深い。最初から(会談を)受け入れていたからではないか。(米朝会談実現に)習氏がしかるべき役割を果たしたと考えられる」
と述べた。
さらに同氏は、こう指摘した。
「これを裏付ける公式報道はないが、(指導者動静の)時間経過と発言内容を論理的に分析すれば、その可能性は高い」
中朝間では、金氏が2018年3月を皮切りに2019年1月までに計4回訪中。このうち2018年5月(大連)と2019年1月の訪中(北京)は、シンガポールとハノイの米朝首脳会談直前のタイミングで行われ、習氏と金氏は米朝会談を前にさまざまなシナリオと対応策を入念にすり合わせたとみられる。
板門店の第3回会談でも、中国が「後ろ盾」の役割を果たすため、事前協議したとするのは決して無理な話ではない。むしろ米朝会談が行われる可能性が高まったために、習氏が急きょ平壌訪問スケジュールをセットしたのではないか。
「中国外し」の観測報道も
急遽設定された習近平氏の平壌入り。この急な訪問にはどんな意味があったのか。
reuters:KCNA KCNA
板門店会談をめぐっては、さまざまな観測が飛び交った。板門店でトランプ、金正恩両氏と文在寅・韓国大統領の3人が揃ってカメラに収まったことから、「中国を外した米朝韓3者による枠組み」が定まったとみて、「中国としては最も避けたいシナリオ」という分析記事もあった。
会談の政治的意義について、中国を排除した「米朝韓」の3者枠組みの成立、と読み解くのはナイーブ過ぎる。文氏は米朝首脳会談に同席していたわけではない。「トランプ氏と文在寅氏が連れだって金正恩氏に会った」のは、文氏が会談後のメディア撮影で「調停者」の姿をメディアに印象付けようとしたためだろう。
「北京の最も避けたいシナリオ」だったとすれば、金氏は習氏のカオに泥を塗ったことになる。わずか10日前に会った習氏に、そんな仕打ちをするだろうか。
カギは「ラブレター」の交換
トランプ氏は金正恩氏からもらったというラブレターを披露した。
reuters:Carlos Barria
呂超氏の見立てに沿って、板門店会談につながる米中朝3者の動向を、時系列で検証してみる。
- 6月11日 トランプ氏と金氏の「ラブレター」の交換。トランプ氏は米朝初会談(2018年6月12日)から1年を前に、金氏から「美しい手紙を受け取った」(6月10日)と述べ、金氏に返信したと明らかにした。トランプ氏の返信がいつ金氏に届いたかは明らかではない。ただ11日以降数日内に届いたとみるのが常識的であろう。
- 6月23日 北朝鮮の朝鮮中央通信が初めてトランプ氏が金氏に親書を送ってきたと報道。中朝首脳会談の2日後。親書はトランプ氏の「返信」を指すと考えていい。
同通信によると、親書の中身について金氏は「立派な内容が込められている」として満足の意を表明。トランプ氏の「政治的判断能力と並外れた勇気に謝意を示す」とし、「興味深い内容を慎重に考えてみる」と述べた。
後付けになるが、「並外れた勇気」「興味深い内容」とは、トランプ氏が韓国訪問の際の米朝首脳会談を提案、朝鮮中央通信の報道は習氏との事前協議を経て、これを受け入れる用意がある肯定的サインだったのではないか。
早期再開に積極的役割
第2のポイントは、習氏の動向と役割だ。中国が初訪朝を発表したのは6月17日だった。上記のように、トランプ親書に首脳会談提案があったため20、21日の訪朝が急きょセットされた可能性がある。
そして習氏は6月29日午前、大阪でトランプとの米中首脳会談に臨み、初訪朝の結果をトランプに伝えた。
新華社電は会談内容について、「習主席は米朝対話の早期再開を呼び掛けた」とし、「(習氏は)米朝首脳が対話と接触を保つことを支持すると表明。朝鮮半島問題で、引き続き建設的な役割を果たしたい」と述べた、と伝えている。
中国の場合、外交交渉の内容については通常、外交部が作成したテキストに基づき新華社が報道する。中国側が発信したい内容が重点的に盛り込まれるが、この報道では「対話の早期再開に中国側が建設的役割を果たしたい」という部分がポイントであろう。
そして29日午前、トランプ氏が「もし金委員長がこれを見ていたら、ただ握手してあいさつするためにDMZで彼と会うだろう!」とツイートした。習氏との会談後の記者会見では、「金氏と会えればうれしい」とさらに踏み込んだ。
こうして時系列を遡ると、平壌での中朝首脳会談では、第3回米朝会談に応じるかどうかを含め事前に協議され、中国が実現の「仲介役」として金氏の意思をトランプ氏に伝達したという推測は十分成立する。
「水面下でお膳立て」の報道も
ここまでは呂氏の分析と“状況証拠”に基づく「謎解き」である。だが、分析を裏付ける報道もあった。「今回の首脳会談は電撃的に開催されたが、実は伏線はあった」と書くのは、7月1日付の「朝日新聞(電子版)」。
記事はトランプ氏と金氏の親書のやり取りを紹介した後、「トランプ氏の返信は~中略~米政府高官がわざわざ平壌を訪れて届けた。親書の交換を通じて、高いレベルの接触が水面下で行われた可能性がある」と書いている。
6月30日午後4時から始まった板門店での第3回首脳会談の冒頭、トランプ氏は「ソーシャルメディアでメッセージを送って、あなたが出て来てくれなければ、またメディアに叩かれるところだったが、あなたは来てくれた」と切り出した。
これに対し金氏は「事前に面会が合意されたのではないかという人がいるが、昨日の朝、大統領がそうした意向を(Twitterで)表明して私もびっくりした」と、笑顔をみせながら応えた。
呂氏の見立てが当たっているとすれば、2人とも大変な役者ではないか。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。