2018年1月、肝いりのプライベートブランド事業についてのインタビューに答える前澤友作氏。
撮影:今村拓馬
ソフトバンク傘下のヤフーは9月12日、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」を運営するZOZOに対しTOB(株式公開買い付け)を行い、連結子会社化すると発表した。取得総額は4000億円超となる見込み。ZOZOの前澤友作社長は同日付で社長を退任し、後任には同社の澤田宏太郎取締役が就任した。
ZOZOは創業者であり、公私ともに話題を振りまいてきた最大のスポークスマンでもあった前澤氏の手を完全に離れ、ヤフー傘下に入る。大きな方針転換の発端は、2018年1月に発表した、前澤氏肝いりだったプライベートブランド(PB)事業と、その目玉戦略であったZOZOスーツの挫折にあったことは間違いない。
PB事業は2019年3月期決算で、125億円の赤字を計上。一時期は5000円近くあったZOZOの株価は、2019年以降は2000円台で低迷を続けてきた。
前澤氏は同日午前に、Twitterで「新社長に今後のZOZOを託し、僕自身は新たな道へ進みます」と表明。日本のアパレルEC黎明期から20年以上に渡り、市場を率いてきたZOZOは創業者が去り、ヤフー傘下へ。一つの時代の終焉を迎えることとなった。
次の打ち手をなくした前澤ストーリー
社員16人と前澤社長が、プライベートブランドZOZOのスーツで並んだお披露目会見。この後、ZOZOは大きな曲がり角を迎える。
撮影:木許はるみ
「ZOZOスーツに月旅行と、前澤ストーリーを打ち上げてきたものの、次に打つ手がなかったというのが本当のところじゃないでしょうか」
ZOZOのヤフーへの売却ニュースに、アパレル業界にも激震が走った。あるアパレル業界関係者は、前澤氏退任の知らせを受けて、そう話す。
「試着もできないのに洋服がネットで売れるわけがない」と言われた、1990年代後半。そんなECアパレルの草創期から市場を牽引してきたZOZOは、前澤氏が率いるクラブチームのようなベンチャー精神が、そのアイデンティティーだったと言える。
そのZOZOが、IT業界大手の中の大手と言えるヤフー傘下に入るのは「ZOZOにとっても、ECアパレルにとっても一つの時代が終わったという感じです」と、この関係者は心情を明かす。
まるでアイドルやロックスターの退任劇
とはいえSNS上だけを見れば、反応は好意的だ。
「新しい道!楽しみです」「鳥肌立ちました!」「頑張ってください!」
ヤフー傘下入りと、社長辞任を伝える前澤氏のTwitterには、1500件近い応援コメントが並んでいる。Tweet自体が2万6千件リツイートされ、8.6万いいねがつく様子(9月12日14時30分時点)は、一部上場企業の社長の退任というより、まるでアイドルかロックスターの引退表明。
社長交代を説明するZOZOのホームページには、こんな文言が入ったことも話題を呼んだ。
新代表取締役社長は澤田宏太郎となります。旧代表の前澤ほどの豪快さとカリスマ性はありませんが、頼れる経営者です。何卒よろしくお願いします。(太字は編集部)
ただ皮肉なことに、ZOZOの成功もつまづきも、その根幹は前澤氏のこの突出した「豪快さとカリスマ性」にあったと言える。
カリスマが生んだ成功と失速
退任の発表に、ネット上は騒然となった。
撮影:今村拓馬
「社員一丸となって大きなチャレンジと試行錯誤の1年だったが、繰り出す施策が次々に大きな成果を産むことができず、こういった結果になった」
創業以来、初の減益となった2019年3月期の連結決算の会見場。ZOZOスーツにPB事業にと奇抜な発想を相次ぎ打ち出した2018年を振り返り、前澤氏はこう話している。「イノベーションと言いながら、新しいことを盛り込み過ぎた」と、珍しく反省の弁を述べたのもこの時だ。
2019年3月期の商品取扱高は3231億円と、ECアパレル最大手の牙城を20年かけて築いてきたZOZOだが、大きく失速を印象付けたのが、前澤氏が全身全霊をかけていたPB事業のつまずきだ。
「体にぴったりの洋服を作る」と、計測用にZOZOスーツを無料配布したことは、社会現象とも言えるほどの大きな話題を呼んだものの、結局、想定通りに採寸に使われることはなく「受け取って終わり」のユーザーが続出。PB事業は結果的に125億円の赤字を計上することとなった。
「(自分に合った)サイズがないという声が止まらない。だったら、初めからそれぞれの人に合う洋服を作ればいい。まずは自分がほしいと思ったのがきっかけです」
ZOZOスーツでの計測と、オーダーメイドのPB事業への情熱を、そう語っていた前澤氏。当時、ZOZOへの取材では「前澤はPB事業にかかりきりで」という言葉がたびたび聞かれた。本業であるはずのZOZOTOWNは部下にまかせっきりで、心が離れているかのような様子が印象的だった。
ヤフー傘下入りを決定づけた「株価低迷」
ハロウィーンの日、東京・渋谷の街には仮装した人たちの中にもZOZOスーツ姿が。一種のブームを呼んだ。
撮影:西山里緒
あるアパレル関係者は言う。
「アパレルECサイトを運営しながら、そこに商品を出しているブランドと食い合うような自社PB製品を出すということは、結局、ZOZOがアパレル業界に寄り添っていないことの象徴だった。あれがアパレルブランドのZOZO離れを決定づけたし、前澤さんもZOZOも曲がり角を迎えたと思う」
アパレル業界での取材歴が長く、ZOZOや前澤氏についても取材を続けてきたファッション・ジャーナリストの松下久美さんも、PB事業が分岐点だったとみる。
「肝いりのPBは、売り上げ拡大や世界本格進出の重要な要素でしたが、それが失敗したために、成長戦略や投資計画が大きく狂いました。(ZOZOTOWNへの)出店ブランドがある中で、単独でのPB展開はそもそもの計画が誤っていたといえます」
PB事業でのつまずきから、大きな方針転換となるヤフー傘下入りを決定づけたものについて、松下さんは「やはり株価の低迷です」と指摘する。
「これからデジタル化や、宇宙事業などを行う資金源として、前澤さんは株価の成長を見込んでいた。その株価も低迷していて、いつ、どこに買収されてもおかしくない状態が続いていました。スポンサーを探すのは当然の動きで、尊敬する孫(正義)氏率いるソフトバンク傘下のヤフーというのも納得です」(松下さん)
前澤カルチャーを失うZOZO
月周回旅行について会見する、ZOZO前社長の前澤友作氏
撮影:今村拓馬
大きな顧客基盤をもつヤフー傘下入りは、次の打つ手をこまねいていたZOZOにとって、手堅い選択だったと言える。「ECビジネスに愚直に打ち込む本業と、宇宙やスポーツなどに多角化したい前澤社長の野望の分野とは、一度切り離したほうがいいと判断したのだと思います」と、松下さんはその意図を分析する。
しかし、大企業であるヤフー傘下で、前澤氏が作り上げてきたZOZOのカルチャーやカラーが、色褪せていく懸念は否めない。
前澤氏の天衣無縫さや奇抜なアイデアが生み出すカリスマ性こそが、ZOZOをここまで引っ張ってきたのは間違いない。しかし同時に、そのカリスマ性ゆえに、あれほど大きく打ち出したZOZOスーツの廃止に、PB商品の生産遅れなど、不穏な展開を見せるPB事業を、誰も止めることができなかったとも言える。
「前澤さんという“歌舞伎役者”は、次の手が打てなくなった時点でさっと身を引くことで、観客の期待に応える歌舞伎役者であり続けたのでは」と、とあるアパレル経営者は言う。
民間人として世界初の月周回旅行を、イーロン・マスクCEO率いるスペースXと契約している前澤氏。前澤氏が紡ぐ物語はここから、心血を注いできたZOZOとは、別々の道を歩んでいくこととなる。
(文・滝川麻衣子)