「花粉症の薬が保険適用から外されるかもしれない」と、話題になっている。
健康保険組合連合会が診療報酬改定に向けて、花粉症薬の保険適用見直しを提言したからだ。健保連によれば、これにより、約600億円の医療費削減が見込めるという。
「医者で処方される薬よりも、市販薬を購入すると高くなるから、家計が苦しくなるのではないか」という懸念を抱く人も多いが、一方で「これから後期高齢者が増え、医療費が増えていく。財源は限られているのだから、有効に使うべきだ」という論調もあり、意見は二分している。
実際のところはどうなのか、医師である筆者が検証してみた。
現役世代の負担が急上昇する「2022年危機」
2022年から後期高齢者が急増すると言われ、現役世代の負担は増すばかりだ。
撮影:今村拓馬
健保連の提言書では、今回の提言の根拠として「2022年危機」が強調されている。2022年とは、「団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)に達しはじめる時期」であり、現役世代の高齢者医療に対する負担が急激に増大する時期と考えられている。
健保連は全国の健康保険組合が加入してできた組織で、ここ数年で健保組合の解散が相次ぎ(2018年度は2番目に大きな健康保険組合の解散もあった)、危機感を募らせているようだ。
2019年度の健康、介護、年金をあわせた平均保険料率は29.1%(健康保険のみであれば9.2%)だが、2022年には平均30%(健康保険のみであれば9.8%)を超えると予測されている。
また2022年は後期高齢者が増え続ける一方で、現役世代だけでなく、前期高齢者(65-74歳)も減少に転じる年でもある。後期高齢者以外の人口減少の影響は、非常に深刻だ。保険料の面では、前期高齢者にかかる医療費は減るだろうが、労働可能な比較的若い高齢者も減少していき、医療が必要になる後期高齢者が増加の一途をたどるからだ。
将来の日本人口(年齢区分別人口)の推計。平成29年度日本の将来推計人口をもとに健保連が作成。
高齢者の増加につれて医療費はそれ以後も上昇を続け、2040年には、約70兆円に達する(現在は約42兆円)見込みだ(厚生労働省)。 また、若年層から高齢者への医療保険制度を通した「仕送り」は、年々増加傾向だ。
現役世代から高齢者への所得移転。遠藤久夫(国立社会保障・人口問題研究所)と厚生労働省のデータをもとに、健保連が作成
グラフから読み取れるのは、2009年に比べて2016年は、例えば30-34歳の1人の年当たり保険料負担は4.6万円増えているが、75歳以上では負担増は多くても1万円程度だということ。高齢者の年間医療費の上昇は約5万円を超えているので、高齢者1人当たりの自己負担はむしろ減っている。
こういった流れを受けて健保連は、「全世代型の社会保障へ移行が直ちに必要である」との観点から、後期高齢者の原則2割負担(現在は1割負担)や、花粉症治療薬の保険適用をやめることを提言した。
「無駄な診療」が医療財政を逼迫
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健保連はこれまでにも、湿布・ビタミン剤を保険適用外とする提言(2015年)や、保湿剤を保険適用外とすべきだという提言(2017年)を行ってきた。2018年には、疾患の重症度や医薬品の有効性の観点から、保険適用の割合に差をつけるべき、という提案も出している。
例えば、がん治療薬などの重要な薬は医療保険で多く負担するが、風邪薬などのあまり重要ではない薬は、保険で負担をする割合を少なくするというものだ。実際、日本では、風邪や花粉症などの軽症での医療機関の受診が頻発し、無駄な検査や処方(風邪での抗生剤処方など)も多すぎることが問題となっている。
花粉症薬の中にも医療用と同じ成分のものが市販されている。
撮影:松村むつみ
ひとつひとつは大きな価格ではなくとも、積み重なれば、全体では医療財政を逼迫する要因のひとつとなっている。
湿布に関しても大量に処方してもらい、自宅に使わないままため込んだり、家族など他の人に流用してしまう人もいる。医療費の急激な上昇が見込まれる中で、このような「無駄な診療」をひとつひとつ整理していくことは、必要なのではないか。
「病院での処方のほうが安心」と思っている人もいるかもしれないが、現在の市販薬では、「スイッチOTC」(医療用から一般用に切り替えた、つまり「スイッチ」した薬)といって、病院での成分と同じ薬が売られていることも多い(花粉症の薬でいえば、「アレグラFX」は、病院で処方される「アレグラ」と成分が同一)。
「薬の値段だけでの比較」は不正確
テレビなどのメディアでは保険診療から外され、市販薬を買わねばならなくなると、家計への負担が増すのではないか、という論調も多く見られる。薬の値段のみで比較しているメディアもある(病院の処方では、後発医薬品だと2週間分1000円以下なのに、薬局で同じ量を買うと1500〜2000円程度かかってしまう、という報道もある)が、フェアではない。
通常、病院の診療には初診料や再診料がかかり、薬の処方・調剤に関しては処方箋料、調剤料などがそれぞれかかってくる。1回受診して、2週間分を処方してもらう場合、薬局で購入した場合と負担は同程度のことも多い。インターネット通販だと、安くなることもあるし(アレグラFX14日分が1200円程度のことも)、後で述べるが、税額控除を受けられることもある。
「自分で手当て」で受けられる税控除も
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花粉症は時期や症状に特徴があるため、医師にとってだけではなく、患者側から見ても、比較的「自己診断」が容易な病気のひとつだろう。予防法としては、眼鏡やマスクの着用がポピュラーだ。
今まで薬による治療だけではなく、耳鼻科でネブライザー(超音波によって炎症を抑える薬を霧状にして吸入する装置)で吸入をしていた人がいるかもしれないが、自宅で鼻洗浄キットを使えば、鼻の中をある程度清潔に、すっきりした状態に保つことも可能だ。
「自分自信の健康に責任を持ち、軽度の身体の不調は自分で手当てすること」をセルフメディケーションという(WHOによる)。風邪や花粉症などの軽度の病気に対して、自分で判断をして医薬品を買う、というのもセルフメディケーションの一環だ。
セルフメディケーションで大事なことは、どんな症状が出たら受診しなければならないかを自分である程度判断することだ。例えば、花粉症であれば通常高熱は出ない。熱が出て、どろっとした鼻水が出、さらに、頬や額のあたりに痛みなどがある場合、副鼻腔炎を起こしている可能性があるので、受診をしたほうがいい。
「セルフメディケーション税制」という制度もある。スイッチOTC医薬品を自分または生計を同一にする配偶者が1万2000円以上購入した場合、上限を8万8000円として所得控除が受けられる。
限られた財源の有効活用は必要だが
本当に必要としている人に、しかるべき治療を。
撮影:今村拓馬
今後も、高齢化や人口減少にともない、医療費や介護費を中心とした社会保障費は上昇を続け、現役世代の保険料負担は増え続ける。
一方、以前高額ながん治療薬として話題になった免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボや、白血病治療薬キムリアなどのような高額新薬も続々と登場している。無駄な診療を削り、本当に必要とする人たちがしかるべき治療を受けることができるような体制を築いていくことが必要だ。
今回、花粉症治療薬が本当に保険適用から外れるかどうかはわからないが、将来、スイッチOTCがある薬のいくつかが保険適用を外れていく可能性はある。
一方、困っている人、例えば生活保護受給者の場合、病院にかかれば無料だった薬剤費が、市販だと全部自分で負担しなければならなくなってしまう。市販薬に対する減免措置を行うかどうかも、あらためて検討する必要があるだろう。
また、患者さんの不安や質問に関しては、薬剤師が窓口になって対応できるよう、各薬局の体制を整えることも求められるだろう。
松村むつみ: 1977年、愛知県生まれ。2003年名古屋大学医学部医学科卒。2009年より横浜市立大学で乳房画像診断、PETを中心に画像診断を習得。大学病院で助教を勤め、放射線診断専門医、医学博士を取得。2017年にフリーランスの画像診断医に。現在は神奈川県内の大学病院など複数の病院で、乳腺や分子イメージングを中心に画像診断を行う。自宅でも国内の遠隔地や海外の画像の遠隔診断を行う。