9月14日、何者かの攻撃を受けて炎上するサウジアラビア東部アブカイクの石油施設。
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サウジアラビアの石油施設2カ所が攻撃を受けた事件で、ポンペオ米国務長官はツイッターにこう投稿した。
「(イランの)ロウハニ大統領とザリフ外相が外交に取り組むふりをする一方で、テヘランはサウジへの100回近い攻撃の背後にいる。イランはいま、世界の石油供給に前代未聞の攻撃を始めた。攻撃はイエメンからだという証拠はない」
今回の攻撃では、イランの支援を受けるイエメンの武装勢力「フーシ派」が犯行声明を出しているが、その“自己申告”以外に、フーシ派の犯行を裏づける確たる情報はない。
フーシ派はこれまでもサウジの石油施設をミサイルや無人機で攻撃したことがあるが、今回の攻撃は過去実績と比べてかなり大規模だ。
フーシ派は「無人機で攻撃」としているが、現場では、イランの技術で製造されたフーシ派の新型巡航ミサイル「Quds-1」の一部らしき残骸も見つかっている。
また、ポンペオ国務長官は「攻撃はイエメンからだという証拠はない」と言っているが、攻撃が北西方角からだった形跡があることから、 イランもしくはイランの特殊部隊が展開しているイラク方面から飛来した可能性もある。今回の攻撃が実はフーシ派でなく、イランが直接手を下したのではないかとの疑惑だ。
まだ情報が少なく断定的なことは言えないが、仮にフーシ派がイエメンから発射したものであっても、その技術はイランが供与したものであり、イランが裏で糸を引いている可能性は高い。
ロウハニ大統領らは真実を知らない可能性がある
9月2日、ロシア・モスクワで会談したイランのザリフ外相とロシアのラブロフ外相。イランの外交努力は続くが、ハメネイ最高指導者以下軍部の意図が反映されたものかどうかは不明だ。
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イランは疑惑を否定している。しかし、同国の説明にはもとより信憑性がない。こうした謀略的な破壊工作の常習者だからだ。
核合意問題でトランプ米大統領やボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)がかなり強引な制裁に動いたため、イラン側に同情的な報道もあるが、イランはスーダンやシリアと並んで、アメリカの歴代政権が長いこと「テロ支援国家」に指定してきた国だ。
日本政府は原油確保のためにイランとの友好関係を維持してきたが、国際社会はその対外テロ拡散をいかに封じるかで手を焼いてきた。2015年7月の核合意も、そんな危険なイランが進める核開発を食い止めるために、主要国が知恵を絞って応急措置的に進めたものだ。
そうした経緯を考えれば、イランが自分たちの仕業であることを隠し、サウジの石油施設攻撃を画策する可能性は十分考えられる。
核開発制限撤廃「第3弾」の動きを報じるイランの新聞。
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ただし、攻撃の背後にテヘランがいるとしたポンペオ国務長官の発言には、ひとつだけ誤りがある。「ロウハニ大統領とザリフ外相が外交に取り組むふりをする一方で」とツイートしているが、ロウハニ大統領らはおそらく「ふり」ではなく、本気で外交に取り組んでいるのだろう。
イランの軍事的な対外政策は、政府ではなく軍部が主導している。今回のような破壊工作であれば、イスラム革命防衛隊(IRGC)の特殊部隊である「コッズ部隊」が関与した可能性が高い。そして、ロウハニ大統領らがそのことを知らされていない可能性も十分にありうるのだ。
大統領はハメネイ最高指導者の「使用人」でしかない
ハメネイ最高指導者(左)と故ホメイニ最高指導者の肖像を背に演説するアフマディネジャド前大統領。最高指導者の求心力は絶大だ。
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イランの政治形態はかなり特殊だ。政府は権力を持っていない。北朝鮮やシリアのように、ひとりの独裁者に権力が集中するタイプの国ではない。それを踏まえないと、イランの対外的な活動を理解することはできない。
イランの大統領は選挙で選ばれる。しかし、立候補者は事前に「監督者評議会」の承認を受けなければならない。同評議会のメンバー構成にはハメネイ最高指導者が強い影響力を持っている。つまり、実質的には最高指導者の承認がなければ立候補できないのだ。
到底民主的とは言えないが、それでも選挙をへて就任した大統領は、国内政治の大部分を最高指導者の反対がない範囲内で実行する。言ってみれば、大統領はハメネイ最高指導者の使用人ほどの存在にすぎない。
ただし、大統領の権限は人によるところもある。例えば、故ホメイニ最高指導者の弟子でイラン・イラク戦争を停戦に導いたラフサンジャニ大統領の時代は、大統領自身が議長を務める「最高国家安全保障評議会(SNSC)」が対外的な破壊工作を決定し、大統領府情報部が作戦の指令塔だった。
現在のロウハニ大統領も16年間に渡ってSNSC書記を務めた人物だが、ラフサンジャニ大統領ほどの権限はなく、あくまでオモテの外交を担当しているだけだ。
イラン国軍も革命防衛隊も大統領の指揮下にはない
8月22日、英船籍「ステナ・インペロ」号をホルムズ海峡で拿捕したイラン。写真手前はイスラム革命防衛隊(IRGC)の小型船。
Nazanin Tabatabaee/WANA (West Asia News Agency) via REUTERS
では、誰が現在のイランの対外戦略を決めているのか?
最終的な決定権者はもちろんハメネイ最高指導者だ。しかし、最高指導者が細かいところまですべていちいち指示しているわけではない。実際に決定権の多くを行使しているのは、いわばイスラム保守派=軍部連合とでも呼ぶべき陣営だ。
ハメネイ指導者がトップに君臨し、それを補佐する側近集団「最高指導者室」があって、そのなかに安全保障政策を担当する「最高指導者軍事室」(室長はムハマド・シラジ准将)がある。
最高指導者軍事室の下には「イラン軍事参謀総長」(現在はモハマド・バケリ少将)という役職が置かれ、このポストが事実上の軍部トップ。その指揮下に、イラン国軍とイスラム革命防衛隊、警察治安部隊がある。
革命防衛隊は、イスラム保守派の牙城だ。故ホメイニ最高指導者の親衛隊として発足し、イスラム革命の担い手と位置づけられた。1979年の革命直後の混乱期には反ホメイニ陣営を粛清する働きをしたが、その後イラン・イラク戦争(1980〜88年)を通じて優先的に予算を投じられ、巨大な軍隊に成長した。
イラン国軍との関係で言えば、革命防衛隊が1軍、国軍は2軍のようなものだ。ただし、上で解説した組織構成からわかるように、国軍も革命防衛隊もハメネイ最高指導者の指揮下にある軍隊で、ロウハニ大統領の指揮下にはないことを忘れてはならない。
謀略破壊工作担当「コッズ部隊」の動きを注視
オーストリア・ウィーンにある国際原子力機関(IAEA)本部前。イランの国旗がひるがえる。
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ハメネイ最高指導者の意思をロウハニ大統領らに伝え、対外戦略を調整するのが、前出の最高国家安全保障評議会(SNSC)。その12名のメンバーには、 大統領や外相など政府首脳だけでなく、 最高指導者に助言をする立場にある実力者たちも名を連ねる。
前出のバケリ軍事参謀総長や、革命防衛隊司令官のホセイン・サラミ少将、国軍司令官のセイード・ムサヴィ少将、SNSC書記を務めるアリ・シャムカーニ少将らがそれだ。シャムカーニ少将は正規の最高指導者代理人で、ハメネイ最高指導者の安全保障戦略面での最側近の顧問と言っていいだろう。
もうひとりの最高指導者代理人、サイード・ジャリリ前SNSC書記もメンバーに加わっている。
SNSCのメンバー以外で重要な人物もいる。例えば、ハメネイ最高指導者の外交顧問を務めるアリ・アクバル・ベラヤティ元外相。さらに、革命防衛隊「コッズ部隊」司令官のカセム・ソレイマニ少将がいる。
イエメンのフーシ派に対する工作、サウジに対する破壊工作は、前述したようにコッズ部隊の担当であり、その司令官であるソレイマニ少将が自ら関与している可能性が高い。
ソレイマニ司令官はハメネイ最高指導者と直結しており、最高指導者から直接、対外的な謀略破壊工作をほぼ一任されているとみられる。実行にあたって連絡・調整するのは、最高指導者軍事室や軍事参謀総長、さらに最高指導者の軍事顧問であるSNSC書記あたりではないか。
これら軍部の古株の幹部たちは、アメリカを「大悪魔」と呼び、軍事的に対抗していくことを大義として生きている。彼らはハメネイ最高指導者の黙認のもと、ロウハニ大統領ら政府がまったく手を出せない立場で、これまでも、そしてこれからも謀略的なさまざまな破壊工作を続けていくだろう。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。