依存症更生施設「ヒューマンアルバ」代表取締役の金井駿さん(26)。
撮影:西山里緒
日本にも数百万人規模で存在すると言われる「依存症」。近年は芸能人の薬物依存症やアルコール依存症がニュースになることも多いが、その実態は意外と知られていない。
依存症からの更生は病院での治療や経験者を中心としたNPOなどの団体が頼りだ。だが、“依存症更生”をスタートアップとして取り組む26歳がいる。なぜ彼は事業として依存症の更生に取り組むのか。
父親が逮捕されて
古い日本料理屋を改築した更生施設。ここでカウンセリングなどが行われる。
川崎市多摩区にある、駅から少し離れた閑静な住宅地。古い料亭を改装した施設を訪れると、「ヒューマンアルバ」代表取締役の金井駿さんは、やわらかな笑顔で迎えてくれた。
施設には、現在21人の依存症の入所者がいる。毎日10時から16時までのプログラムを通して、依存症からの回復を目指す。現在、入所する8割がアルコール依存症の患者で、年齢は20代前半から70代までと幅広い。
事業を始めた金井さんは1993年生まれ。2番目の父親がギャンブル依存症になり、逮捕された過去がある。
施設には、自分と向き合うためのワークブックやホワイトボードなどが置かれていた。
実の父親と母親は、金井さんが幼い頃に離婚。その後再婚した父親は、トラック運転手の仕事のつながりから競馬・パチンコ・競艇などのギャンブルにのめりこむようになった。目のクマがひどくなり、頰がこけた。
約束ごとを守れなくなり、当時幼かった妹の保育園のお迎えもウソをついてすっぽかし、パチンコ屋に通うように。母親が大切にしていたバッグやアクセサリーもいつの間にかパチンコのお金に消えていた。
借金は数百万円規模にまで膨れ上がり、ついに父親は会社の資産に手をつけ、逮捕されてしまう。
仕事しても息が詰まる
「もう、死んでよ!」
ケンカの絶えない日々の中で、金井さんは母親が泣け叫びながら放った一言が今でも忘れられないという。
そんな高校時代に輝いてみえたのは、サイバーエージェントの藤田晋社長やソフトバンクの孫正義会長といったIT起業家たちだった。
「『こうなりてぇな』って、田舎の学ランきた高校生が(笑)。当時は、親という反面教師がいたので、ものすごい稼ぐ男になりたかったんですよね」
依存症のことは考えたくもなかったと語る金井さんがいまの事業を始めたきっかけは、横浜国立大学に進学してからだった。
経営コンサルティング会社やITベンチャーでインターンをするようになると、違和感が頭をもたげるようになった。
「仕事をしていても、なんでこんなにしんどいんだろう、息が詰まるんだろうなあって考えていて」
ふと思い出したのは、父のことだった。
95%が否認する病気
アルコール依存症患者の家族が家から見つけたアルコールの数々。
画像:取材者提供
厚生労働省が発表しているデータによると、日本におけるアルコール依存症者数は100万人を超える(生涯経験者数)。ギャンブルなどほかの依存症も含めれば、その数は数百万人にものぼるという推計もある。
依存症は「否認の病気」とも呼ばれ、本人が依存症を認めようとしないことが多いと言われている。アルコール依存症者のうち、治療を受けている人は約4万9000人。実に95%が「潜在的な患者」という計算になる。
さらに、治療を受けている5%も家族などが懸命に説得することで治療へとつなげるケースが多いという。
「妹や姉や母親を見ていてそう感じたんですが、依存症って本人もつらいけど、家族などの周囲の人もすごくしんどいんです。(そこから犯罪に至ってしまえば)もちろん被害者もつらいし、なおさら周囲の人はしんどいのですが」(金井さん)
筆者が別に取材したアルコール依存症患者の家族からも「(警察や児童相談所など)周りの人が問題の深刻さに気づいてくれなかったことがつらかった」との声を聞いた。
犯罪のない世の中を目指したい ── 大学卒業直前に、そう思い立つ。業務委託としてIT企業で人事の仕事を請け負いながら準備を進め、ヒューマンアルバを2017年に設立した。
ビジネスとして“依存症更生”を
入所者が描いたイラスト。依存症からの回復には年単位の期間を必要とすることも。
ヒューマンアルバは株式会社の形をとり、資金調達も積極的に行なっている。
依存症更生施設をビジネスとして運営するケースは非常にまれで、金井さんはその難しさを率直に打ち明ける。投資家に事業を説明すると、「スケールできないよ」と投資を断られるケースがほとんど。物件を借りる際も、拒否されてしまうことも多い。
それでも金井さんがビジネスにこだわるのは、プロフェッショナルとして仕事をするからこそ優秀な人材も集まり、問題解決の近道になると考えているからだ。
ここ数年間、政府は依存症対策に力を入れている。 2013年に制定された「アルコール健康障害対策基本法」をはじめとして、薬物やギャンブル依存症への対策を積極的に進める。
依存症は本人がだらしないのではなく、精神の病気なのだという理解が広まれば、もっと気軽に施設を訪れる人も増える。患者数が増えれば、よりビジネスマインドを持った効率的な施設の需要も高まるはずだ ── 金井さんはそう考えている。
現在、多くの入所者から費用は受け取っておらず、売り上げのほとんどを厚生労働省を通じた助成金が占める(宿泊費は自己負担)。今後はプログラムの改善を通じて回復率を高めることや、依存症を克服した人たちが生活を立て直せるような支援、富裕層向けの高価格帯の回復施設をつくることを通して収益モデルをつくっていきたい、と金井さんは語る。
「よく今まで生きてこれたな」
金井さん自身も、入所者たちと直接ふれあい、話に耳を傾ける。
「ムカつくこともいっぱいありますよ」
依存症とは、自分で自分の欲求をコントロールできなくなってしまう病だ。スリップ(一時的に再びお酒や薬を使用したりギャンブルをしたりすること)してしまう人、飛んで(いなくなって)しまう人。1時間にわたって延々と話し続けたり、スリップしたのはお前のせいだ、と他人を罵倒したりする人……。
「だけど(生い立ちを聞いてみれば)よく今まで生きてこれたな、って人ばかりなんですよね」
入所者は、親から暴力をふるわれて育ってきた人など、複雑な家庭環境を持つ人が多い。金井さんはそんな人たちの奥に、自分の父親をみる。
「俗物なんで、六本木ヒルズにも住みたいですよ(笑)。でも、幼い頃のあの光景が世界中にあるんだって考えたら(お金を稼ぐことの)優先順位は4、5番目かな」
犯罪のない世の中を作るために、まずは加害者から救う。金井さんの挑戦は続く。
(文・写真、西山里緒)