都会のビル群(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
セクハラ、パワハラ、マタハラ。
“xxハラ”という文字を見ない月はないほど、企業内で発生する「ハラスメント(嫌がらせ)」被害は、いまや誰もが直面する社会問題になっている。9月にはテレビ朝日「報道ステーション」のチーフプロデューサーのセクハラ問題報道があったことも記憶に新しいところだ。
一定以上の規模の会社では、いまやハラスメントは企業統治上のリスクとして認識することが常識だ。
しかし実際のところ、SNSで告発されたり、訴訟沙汰になるほど状況が悪化する前に、「ハラスメントの兆候を発見する」ことに困難を感じている企業は多い。
この難問に、データ分析をするフォレンジック監査の知見と自然言語AIの技術を使って挑む企業がある。リーガルテック企業FRONTEOだ。
「証拠探し」のメール監査技術でハラスメントの兆候を発見する
FRONTEO執行役員でカスタマーサクセス事業本部 AI解析担当の野﨑周作さん。フォレンジック分析向けAI「KIBIT」と、KIBITを使ったメール監査システム「Email Auditor 19」について解説してくれた。
撮影:伊藤有
FRONTEOは、社内外に保有する大量のデータの中から、訴訟などのインシデントに関連する証拠をみつける「電子証拠開示」「フォレンジック調査」などを主力事業としている。アメリカの証拠開示制度「Discovery制度」向けの支援を行う中で、「莫大なデータの中から、証拠を見つけ出す作業をいかに効率化するか」という課題解決のため、KIBITというフォレンジック解析向けの人工知能を作った。発表したのは2015年11月のことだ。
FRONTEOの野﨑周作さん(カスタマーサクセス事業本部 AI解析担当)によると、KIBITのコアである学習技術は、Landscaping(ランドスケーピング)と呼ばれる独自のアルゴリズムで、文章を形態素解析の手法で単語に分解し、「言葉の連なり」の傾向から探したい証拠との類似性を見つけ出す。
AIに「ある情報」を発見させるには、「これがみつけたいデータ」だとAIに学ばせる「学習データ(教師データ)」が必要になる。KIBITの大きな特徴は、「少量の教師データでも成果を出せる設計にしたこと」だ。
「証拠というものは基本的に大量には存在しません。つまり、それを探すということは、“少量のデータでも学習できる”ようなAIを作らなければ、使えないということなんです」(野﨑さん)
KIBITをコア技術として、さまざまなサービス展開したものの1つに「Email Auditor 19」(以下、Email Auditor)という製品がある。KIBITを使って社内メールを解析し、「不正が起こる前に、その兆候をとらえる」というコンセプトでつくられたものだ。カテゴリーとしては「メール不正監査システム」にあたる。
どうやってセクハラ・パワハラをみつけるのか
メール文書を解析し、スコアリングした数字ごとに「監査対象」かどうかを振り分けられる。
撮影:伊藤有
野﨑さんにEmail Auditorでハラスメント兆候をみつける流れをデモしてもらった。
Email Auditorでは、読み込んだメールをKIBITで分析し、不正(この場合はハラスメント)を働くときの独特の言葉遣いなどを発見する。
そして、「不正の可能性の高さ」(この場合はハラスメントの可能性の高さ)を点数化し、メールをそれぞれ「採点」(スコアリング)する。点数が一定の域値をこえると、管理者向けにアラートが出る、という仕組みだ。
「Email Auditor 19」のハラスメント検知の仕組み。
出典:FRONTEO
パワハラ検知画面の一例。右上のペインの「RS-S.パワハラ2019」となっているフィールドが、KIBITが算出した「パワハラとの関連性の高さ」を示すスコア。どの程度スコアが高いと「危険」とみなすかは、テスト運用を経て決めていく
出典:FRONTEO
管理者は、日々大量に流れるメールをチェックするのではなく、一定期間ごとにその「ハラスメントの可能性が高い」と判定されたメールをチェックし振り分けるという作業フローになる。
AIを扱うシステムでは当然のことだが、「これは明らかにハラスメントではない」というものも検出される。それは別途除外指定することで再学習が働き、「さらにスコアリング精度が上がっていく」(野﨑さん)という。
「ハラスメント検知」の教師データは“公開情報からつくった”
厚生労働省のWebサイト「あかるい職場応援団」より。パワハラの類型6パターンや、実際の判例の分析など、実践的なコンテンツをわかりやすく整理してある。
出典:厚生労働省
今回の取材にあたって、個人的にずっと考えていた最大の疑問が、「どうやって“これはセクハラ・パワハラである”という教師データを用意したのか」だった。
野﨑さんによれば、ハラスメントの教師データの出典は、おどろくことにWeb上の公開データだという。
パワハラに関しては、厚労省が公開している「あかるい職場応援団」を中心とした、公開情報を使った。
「あかるい職場応援団」では、パワハラの定義などとともに、実際の判例なども取り上げられている。同様に、「どういう文章でハラスメントを受けたのか」についても断片的な公開情報がある。
「(『あかるい職場応援団』では)パワハラに6つの類型があるといったことや、類型に対する判例と解釈が載っています。一定の網羅性があり、裁判で認定されているものがわかるわけです。
私たちが解析するのはメールなので、(ハラスメント裁判で)問題となった“書きぶり”といものを起点に、教師データを作れないか、と」(野﨑さん)
判例をもとにしているだけに、実際の組織名なども包み隠さず言及されている。判例の中には、具体的な民間企業の名前が上がっているものも複数存在する。
出典:厚生労働省
同サイトでは、6つの類型別に検索ができ、それぞれの判例がでてきて、どういうやりとりがあったのかが断片的にまとめてある。それら断片的な文章を、フォレンジックによるハラスメント調査経験もある社内の知見をもとに補完してメールの形に再現し、教師データ化した。
同様に、セクハラの判例については、厚労省の「職場におけるハラスメント対策マニュアル」や法務省の「企業における人権研修シリーズ セクシュアル・ハラスメント」などを参照したという。
発表後に大手の内部監査、法務部から問い合わせ
FRONTEOでは、8月20日にプレスリリース配信、同27日からはダイレクトメールの案内をはじめた。
9月2日時点での問い合わせは5社。いずれも比較的大きな企業だという。企業の業種としては金融・ヘルスケア・製造業・ITで、ほとんどが、人事系部署ではなく、内部監査・法務部署からの問い合わせだった。
FRONTEO広報によると、現場を担当する営業部の感触として「どの企業もコンプライアンスの一環としてのハラスメント対策には高い関心があると感じる」と語る。とりわけパワハラについてはSNSを含め世の中で話題にのぼることが多い。「どの企業でも起こりうる問題のため、一定以上の規模の企業の関心ごとになっているのではないか」(同)とも。
パワハラという社会問題の難しい側面は、必ずしも加害者側が「その行動や発言はパワハラだ」と認識していないケースがあることだ。
監視されているようで気分がよくない、という意見もあるだろう。しかしその一方で、大きな問題になる前に、上層部が社員の発言を注意できるようなきっかけになるのなら、現場社員にとっても、また部下を持つ管理職にとっても意味のあるシステムともいえる。
(文、写真・伊藤有)