論文、選挙、子連れ再婚…夫婦別姓なくて困る女性と「妻の不倫」心配する男性

国立社会保障・人口問題研究所が発表した「全国家庭動向調査」で「夫、妻は別姓であってもよい」が初めて5割を超えるなど、(調査は2018年7月に実施)選択的夫婦別姓を求める動きが高まっている。

男性議員の中には「妻の不倫」を心配する人がいる一方、医師、政治家、“子連れ再婚”など、さまざまな事情から選択的夫婦別姓に賛成する女性たちがいる。

アイデンティティは姓より仕事

オフィス街

選択的夫婦別姓がないと、私たち「詰む」んです!

撮影:今村拓馬

昭和大学病院呼吸器アレルギー内科、睡眠医療センターで医師として働く伊田瞳さん(31)は、結婚時に夫の姓になった。診療放射線技師の夫から「できれば名前はそちらが変えて欲しい」と言われたからだ。仕事でも旧姓を通称使用せず、夫の姓を名乗っている。

地方出身の夫の両親に比べて近くに住む伊田さんの両親は頻繁に夫婦の家に来ており、伊田さんいわく、「夫は実質“お婿さん”状態」だそう。 伊田さん夫婦には1歳になる息子がいるが、子どもが生まれて以降はなおさらだ。

「私は元々、苗字と言うアイデンティティをそんなに大切だと思っていませんでした。夫が苗字を変えて欲しいという理由も深く聞かなかったし気にしていなかった。でもそれは私が、仕事内容にアイデンティティを感じていたり、実家に近い所で生活できている地の利があったからだと思います」(伊田さん)

「論文の著者名」という落とし穴

本

論文など研究実績の姓が異なることは、死活問題だ(写真はイメージです)。

shutterstock/theskaman306

そんな伊田さんが夫婦別姓の不自由さを感じるのは、論文についてだ。これまでに数本の論文を執筆しているが、旧姓のものもある。

「学位論文は執筆に4年を費やしました。妊娠中も作業をして血を吐くような思いで仕上げたのに、著者名が旧姓のため、私の業績として論文のサイトなどで検索に上がってくることはありません。 姓を変えることにアイデンティティの苦痛は感じませんでしたが、仕事の実績がバラバラになってしまうことが、ただただ無念です。日本の戸籍制度は、女性が論文を書くことを想定していないと思います」(伊田さん)

伊田さんは医局の会議でこの不便さを打ち明けたことがあるが、誰もピンときていなかったという。同業者以外に話すと、「そんな問題があったんだ」と驚く人が多く、問題が可視化されていないと感じている。

男社会で問題にすらならない

オフィス街

撮影:今村拓馬

それもそのはず。研究者の数は男性が78万200人(研究者全体に占める割合83.8%)、女性が15万500人(同16.2%)と、圧倒的な“男社会”(総務省統計局「科学技術研究調査」2018年) 。医師も全国の届け出31万9480人中、男性25万1987人(総数の78.9%)に対し、 女性はわずか6万7493 人(同21.1%)だ(厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」2016年)。

伊田さんの周囲にいる既婚の女性医師たちは、旧姓で仕事をしている人が多いという。医師免許は2019年1月1日以降、旧姓の併記が可能になり、厚労省によると同年2月末時点で217件の旧姓併記がなされている。しかし、伊田さんは旧姓を通称使用することに戸惑いがある。

学会などで海外に行くことも多く、パスポートに記載されている姓と異なると、説明する煩雑さに加え、危険があるかもしれないからだ。 また研究者としてではなく、医師として診察で患者に説明する際に使う名前が、戸籍とは違うことにも違和感を感じるという。

夫が改姓することへの偏見

女性

男性の改姓への偏見も、同時に払拭したい(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

パスポートは原則、戸籍上の氏名のみを記載することになっており、外国で旧姓の活動実績がある場合などにかぎり旧姓の併記が認められている。年度内には届け出をすれば誰でもできるよう要件が緩和される見通しだが、伊田さんはそうせず、すべて今の姓で統一するつもりだ。

仕事をする名前と戸籍の名前が異なることが苦痛です。すべて同じ名前でやりたいんです」(伊田さん)

一方で、選択的夫婦別姓は必要な制度だと考えている。

「数は少ないかもしれませんが、論文など同じ悩みを抱えている女性は確実にいると思います。私は医師として臨床でキャリアを築いていく予定なのでまだいいですが、研究者にとっては死活問題ですよ。 『夫が私(伊田さん)の姓にすればいい』という人もいますが、夫には夫の研究実績やキャリアがあります」(伊田さん)

転職も選挙もすべて旧姓

森沢恭子

東京都議会議員の森沢恭子さん(40歳、無所属 東京みらい)。

撮影:竹下郁子

東京都議会議員の森沢恭子さん(40歳、無所属 東京みらい)は、これまで日本テレビ、PRコンサルタント、森ビルなど5社の民間企業で働いてきた。結婚し戸籍上は夫の姓になったが、政治家になった現在も含めて、名前はすべて旧姓を通称使用している。転職活動の履歴書には旧姓をメインにして、戸籍上の姓を括弧で併記する徹底ぶりだ。

私にとって名前=アイデンティティなんです。姓が変わることで今まで築いてきた仕事のキャリア、人脈も途切れてしまう気がして、政治家に立候補するときも迷わず旧姓を選びました。夫も『その方がいいよ』と背中を押してくれて」(森沢さん)

女性政治家の意外なハードル

東京都議会

shutterstock/Osugi

森沢さんは2017年7月の都議選で立候補し、当選した。

しかし、立候補準備を進める中、思わぬ事態が起きた。「旧姓で立候補できない可能性がある」と指摘されたのだ。

戸惑いながら選挙区である品川区の選挙管理委員会に問い合わせると、旧姓を使用するのであれば、戸籍謄本の他に「通称が広く社会で通用していることを示す資料」を提出し、面談を受ける必要があると言われたという。森沢さんにとっての通称=旧姓だ。旧姓で届いた郵便物、旧姓で取得した資格の認定証、旧姓で取材を受けた記事などをバタバタと揃え、これまで通称でキャリアを積んできたこと、通称で選挙活動をしたいと面談で訴えた。

無事に通称での立候補が認められたが、当選したことを証明する当選証書は「戸籍上の姓(かっこがきで通称として旧姓)」の表記になっていた。

「旧姓でも戸籍謄本を提出するだけで立候補できた女性もいるようですし、対応は選管によって異なるようです。結婚して姓を変えるのは圧倒的に女性であることを考えると、立候補する時に旧姓を使うことがこんなに大変で、女性が政治家になるにはこんなところにもひとつハードルがあるんだと驚きました」(森沢さん)

「子どもがかわいそう」こそ偏見

子ども

子どもがいじめられることなどを理由に選択的夫婦別姓に反対する人もいるが、仮にそうした事態になったらいじめる側を指導すべきだろう(写真はイメージです)。

shutterstock/milatas

森沢さんの会派「無所属 東京みらい」は選択的夫婦別姓に賛成している。

6月、東京都議会は「選択的夫婦別姓の法制化を促す意見書を国に提出するよう求めた請願」を賛成多数で採択し、大きな注目を集めた。「無所属 東京みらい」を代表して奥沢高広都議は都議会定例会の最終日、住民票や運転免許証など旧姓併記の議論が進んでいるが、そこに留まることなく選択的夫婦別姓制度の法制化を進めるべく本質的な議論をすべきだと指摘した。

しかし、9月13日に開かれた都議会文教委員会の理事会で意見書について審議をしないことが決まり、国への意見書の提出は見送られることに。意見書は全会一致で決定するのが慣例だが、請願の採択時に唯一反対していた自民党が今回も反対したからだ。

「選択的夫婦別姓に反対する理由として『日本の伝統的家族観にそぐわない』とか『子どもがかわいそう』と言う人がいます。私には小学生の娘と幼稚園の息子がいますが、子どもたちが母親としての私と、仕事をするときの私の名前が違うことに壁を感じている様子は、全くありません。子どものお友達も理解してくれています。 (選択的夫婦別姓制度の法制化の議論が進まないのは)手続きの煩雑さや心理的な負担があるのは女性なので、多くの男性議員はピンときていないというのが実際のところではないでしょうか」(森沢さん)

自民党は一度も会ってくれなかった

選択的夫婦別姓

9月11日、東京都議会自民党との初の面会の様子。選択的夫婦別姓を求めて訴訟中のサイボウズ青野慶久社長もwebで参加した。

提供:「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂さん(写真中央)。

東京都議会に「選択的夫婦別姓制度の法制化を求める意見書の提出に関する請願」 を提出したのは、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局長の井田奈穂さん(43)だ。

都議会自民党には3月から陳情のための面会のアポイントを取っていたが、採択されるまで一度も会ってもらえなかったという。採択された6月以降も電話、ファックス、メール、都議会の控室 にも足を運んだが、 議員からの返信は一度もなかった。

「都民のメンバーそれぞれが地元選出都議に『会って自分の困りごとを聞いてほしい』と訴え、 都議会自民党政調会事務局に直談判に行き、メディアの記者にも訴えました。結局会ってもらえたのは、意見書について審議する前日です。

今回見送りになったのは残念ですが、諦めるつもりは全くありません。

どこの議会でもそうですが、選択的夫婦別姓について当事者の声を聞いたことがない、民法や歴史を知らないなどの知識不足。お会いした自民党都議も『知らなかったことが多かった』と言っていました。 今はとにかく勉強会を開いてくださいと話しています」(井田さん)

選択的夫婦別姓

東京都杉並区議会自民党の勉強会で講師を務める井田さん(2019年6月29日)。

提供:井田奈穂さん

井田さんは2018年11月、地元の東京・中野区議会への陳情が採択されたのをきっかけに会を立ち上げた。主な活動は議員への陳情と、地方議会に選択的夫婦別姓の法制化を求める意見書を提出することだ。メンバーは全国で約130人にまで増え、意見書は東京都・中野区、墨田区、文京区、広島県広島市、茨城県つくば市、三重県など22の地方議会で採択された。

「愛人が増える?」夫婦別姓を通して見えた女性蔑視

バー

shutterstock/Roman Voloshyn

議員と話す中で感じるのは、選択的夫婦別姓への偏見だ。

「夫の姓にしないと社会的に結婚しているか分からない。愛人と見分けがつかなくなる」

「選択的夫婦別姓が実現したら、女性も男性と同じ権利を持っていることに国民が気づいてしまう」

「法改正などしてうちの妻が元の姓に戻りたいと言ったら離婚だ。責任を取ってくれるのか」

どれも男性議員から言われたことだそう。

陳情も男性と一緒に行くと、議員の反応が全く違うという。会のメンバーには、改姓避けるため結婚できずにいる20〜30代の若い女性も多い。

女性だけで行っても、話半分でしか聞いてくれない男性議員もいるからです。選択的夫婦別姓の世論が高まったのも、青野さんが男性の経営者として経済的なデメリットを示したことが大きいと思います。自分の氏名で生きられないことは、性別を問わず基本的人権の問題として認識してもらえると良いのですが 」(井田さん)

旧姓併記のシステム費用を情報公開

旧姓併記

旧姓併記について説明する総務省のHP。女性への配慮が謳われている。

出典:総務省ホームページ

井田さんは学生時代に結婚し、約20年後に離婚。2年前に再婚した。

これまでに2度、望まない改姓をしている。前夫との間に生まれた息子と娘は離婚も再婚も応援してくれたが、「名前を変えたくない」と言った。井田さんは初婚の姓を名乗り続ける「婚氏続称」の手続きをしていたので、井田さんの姓で再婚した場合、元夫の姓を現夫に名乗らせることになってしまう。

悩んだ末、井田さんが子どもたちとの戸籍を抜け、再婚相手の姓に。1世帯に姓が2つあっても生活上は何も問題ないことを実感した一方で、名義変更の多さ、煩雑さには辟易したそうだ。息子の学資ローンの保証人として、娘の銀行口座の法定代理人としてなど、これまでに約100件の名義変更をし、再婚から2年たったの今もその手続きに追われているという。

いま取り組んでいるのは、旧姓併記のシステム改修費用問題だ。政府はマイナンバーカードや住民票などに旧姓も併記できるよう進めている。選択的夫婦別姓の法制化という本質的な議論が遅れることを危惧する声もすでにあるが、そのための費用も見過ごせない。

会のメンバーは全国の自治体に情報開示請求を進めており、14の自治体から回答があった。

杉並区では3年間で約1億3600万円を投入し、うち区の支出は約6742万円。同じく中野区は2年間で約4000万円を投入。このうち住民情報システムの旧姓併記対応の設計はプロに頼み、開発は職員でやっていたが、たびたびの改正で職員では人手が足らず、パッケージを買いなおすことにしたという。

結果、改修途中のシステムは廃棄することになったが、それにかけた費用は約970万円だ。井田さんはこうした「無駄」は全国に広がっていると見ている。情報公開を進め、結果は秋頃にホームページに公開する予定だ。

悔しさのバトン、子どもたちには引き継がせない

選択的夫婦別姓

明治18年に創刊された女性向け雑誌にも、夫の姓になることへの違和感が書かれている。

撮影:竹下郁子

9月14日、夫婦別姓を認めない民法の規定を憲法違反として、国に訴訟を起こした原告の1人、塚本協子さんが亡くなった。84歳だった。

会のメンバーの男性もつい先日、亡くなったそうだ。今年6月に結婚したが、がんでわずか3カ月の結婚生活だった。

夫婦は最近増加傾向にある50代での結婚。姓を変えるとキャリアに支障が出ることもあり事実婚も考えたが、相続などで女性が不自由すると思い、法律婚を選択した。男性が妻の姓にする予定だったが、 妻から「著書もあるあなたが姓を変更すると困るのでは」と、妻が改姓を提案。長年妻が名乗ってきた姓を奪ってしまったことを不本意に感じた男性は、結婚直後に陳情アクションのメンバーになったという。

「男性は地元の議会で選択的夫婦別姓について話す予定もあったのに、参加できませんでした。自分の名前で死ねない人、相手に負担をかけたという無念のままやりきれない思いで亡くなる人、彼らのような人が過去に一体どれだけいたのだろうと。

私は多くの悔しい思いをしてきた人からバトンを受け取って走っているけれど、これを下の世代に引き継がせるようなことは絶対にしたくない。都議会自民党も面会してくれました。必ず扉は開く。ここがスタートラインだと思って、これからも法改正を求めていきます」(井田さん)

(文・竹下郁子)

編集部より:初出時、東京都中野区の改修途中になったシステム改修費を約9700万円としておりましたが、正しくは約970万円です。お詫びして訂正致します。 2019年9月20日 19:10

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