夫婦間の家事育児の分担問題は、日本人の働き方、企業の働かせ方の問題と、切っても切り離せない。
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日本の女性は家事育児をし過ぎ?「妻の家事に追われる時間が夫の7倍以上……」とする国立社会保障・人口問題研究所の調査に関する報道をきっかけに、家事育児の負担問題がまた盛り上がっている。
負担が妻に偏りがちになる理由の一つに、いまだに会社がとりわけ男性に求めがちな「仕事最優先の働き方」がある。「家庭より仕事」を強いられる、象徴的な日本企業の制度が「転勤」だ。その実態をみてみよう。
家を買って子どもが生まれて、転勤命令
子どもが生まれた、家を買ったのタイミングでの転勤も日本では珍しくない。
撮影:今村拓馬
「やらなくてはならないこと、何もしてないね」
大手メーカーで働く関西在住のマリさん(仮名、30代)は、単身赴任先から週末だけ帰ってきた夫が、2歳の息子が散らかしたままの部屋をみて、口にした言葉を忘れられない。
夫が不在の平日、家事も育児も仕事もマリさんが一人で回さなくてはならない。俗にイヤイヤ期と言われる2歳児は、言うことなど聞きはしない。食べ散らかすのも走り回るのも、追いかけるようにして、日々の家事や仕事をなんとかこなしていくが、平日に部屋を綺麗に整理整頓する余裕など、あるわけもなかった。
「私の大変さは、全く伝わっていないんだな」
無念さを噛み締めた。
マリさん夫婦は社内結婚。夫が新幹線で2時間の土地に転勤を命ぜられたのが、ローンを組んで家を購入し、第一子が生まれて数カ月のマリさんの育休中だった。まさにこれから共働きで子育て……というタイミングでの転勤内示に「会社は分かっていない」との思いに包まれた。
会社の制度で3年まで育休は取れるため、夫についていく選択肢はあった。
ただ「夫婦ローンも組んでいましたし、自分のキャリアに3年ものブランクを空けることも、知り合いもいない土地での子育ても、不安でした」
社内の同情は夫に、ワンオペ妻の苦労は?
「毎週末、自宅と赴任先の往復なんて大変」と、同情は夫に。
撮影:今村拓馬
結局、夫は単身赴任生活に。マリさんは産後6カ月で復帰したものの、そこから2年の「平日シングルマザー生活」は、想像以上に過酷なものだった。
乳児の頃はおんぶをして掃除や洗濯、離乳食作りができるので「なんとかなった」(マリさん)。ただ、1歳を過ぎて動き回るようになると、1回の食事でも全身着替え、掃除が生じる。出社したくても、なかなか家を出られない。電車で1時間の距離に夫の実家はあるが、「家が散らかり過ぎて、義母を家にあげられない状態」だったと、マリさんは言う。
夫の単身赴任が2年を迎える頃には「もう限界」という心理状態に陥り、眠れない日が続いた。そこでようやく夫の任期が終了した。マリさんは言う。
「社内の大変だね、という声は主に、毎週末帰宅する夫に対しての同情でした。家庭の事情に理解ある人が人事権を持たないと、転勤事情は変わっていかない」
勤務先は、一部上場の大企業だが「共働きの若手社員には、転勤が避けられないと知って転職する人もいます」(マリさん)。
滅私奉公に見合うメリットがない時代
家族やプライベートより企業優先社会は、人々の生き方やニーズに合わなくなりつつある。
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「ローンを払っている家に住んだのは数カ月。もちろん寂しいですよ。でも、だからと言って仕事を辞めるわけにもいかないし」
メーカー勤務の男性(41)には中学3年生の息子とパート勤務の妻がいる。息子が小学校1年生の時から、単身赴任生活は8年目を迎えている。
マリさんやこの男性のような、転勤、つまり会社の命令に翻弄される家族は、日本において珍しくない。
Business Insier Japanが実施したアンケート調査(2019年7月)では、家庭の事情を一切、省みない転勤の事例がいくつも寄せられた。
しかし高度成長期以来、「企業優先型社会」を築き上げてきた日本は今、過渡期にある。ブラックな働き方や「日本女性の家事負担が重い」といったテーマが昨今、メディアやSNSを中心に盛り上がることは、まさにその象徴だ。「仕事第一」の働き方と引き換えの「終身雇用」と「退職金」に支えられてきた家族の「安定」は、低成長時代の現代においてすでに過去のものだ。今や「会社に滅私奉公したところでそれに見合うメリットがない」と、多くの働き手が気づいている。家庭の事情を省みない働き方を求めるような会社は、たとえ大企業であっても若年層を中心に、人材流出は避けられなくなりつつある。
それでも「必要な配置転換や転勤」は生じるだろう。では、企業は働き手と、どんな関係を築いて行けばいいのか。
長野でも東京でもリモートは同じ
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共働きで2歳の子どもを育てる篠原智美さん(37)は、今夏から家族で長野に引っ越した。きっかけは、保険会社に勤務する夫の転勤だ。
篠原さんは地方銀行、人材業界を経て現在、個人と企業の仕事の受発注をつなぐプラットフォームを運営するランサーズで働いている。本社は渋谷で、地方支社はない。担当する地方創生プロジェクトの仕事には、やりがいを感じている。もちろん、仕事を辞めるつもりはなかった。
それでも夫の転勤についていくことを決断できたのは、「会社の承認さえあれば、リモートでの仕事がOKだからです。それなら、住んでいる場所が長野でも可能だね、となりました」。東京から新幹線の2時間の距離で、移住前と同じ仕事を続けている。
勤務先との相談の結果、フルリモートワークを使うことで、夫の転勤先に帯同を決めた篠原智美さん。
篠原さん提供
単身赴任という選択肢については「子どもが小さい時期に数年、父親がいないと、全く違う人間になってしまう」と、考えられなかった。夫の転職や転勤内示の辞退も当然、検討したが、「夫も今の仕事が好きなので。それでは不幸せになってしまう」。
「転勤がきっかけで夫婦の関係性がこじれる話も、もよく聞きました。夫の単身赴任でいてもいなくても同じ、となってからでは取り返しがつかない」
家族で長野行きの決意を固めた。夫が先に赴任し、篠原さんはフルリモートワークで仕事が回るよう社内外の準備を整えた。
会社が個人の事情に合わせる時代へ
現在、3カ月目を迎えたリモートワーク生活は「思ったよりやりやすい」(篠原さん)という。月に2〜3回は渋谷の本社にミーティングで出社。それ以外は基本、slackなどオンラインでコミュニケーションをとり、大きな不自由は感じていない。
ただ、自分に課していることはある。「会社は慈善団体ではなく株式会社。プライベートの都合を認めてもらった以上、成果を出すんだ、という気持ちがあります」
望まない転勤を廃止し、新卒の応募者が急増した損害保険大手AIGのような会社もある。個人が会社の都合に合わせる構図から、会社が個人の事情に合わせて対応へする構図へ。そのシフトは、人材を重視するのなら、避けられない時代が来ている。
(文・滝川麻衣子)