激務コンサル業界で午後5時退社で子育て。役員になった男性が実行した5つのこと

戦略コンサルティングとベンチャー投資を行う「ドリームインキュベータ」執行役員(戦略コンサルティング部門)の野邊義博さん(38)の定時は、午前10時から午後5時15分までだ。裁量労働制が適用されているので、本来時間には縛られていないが、3年前からこの時短勤務を続け、2019年4月に執行役員に抜擢された。

野邊さんの仕事は大企業の新規事業や事業創造のコンサルティングを行うこと。クライアントやチームメンバーとのミーティング、そのための情報分析や資料づくりなど、仕事は基本的に全て勤務時間内で行っている。

午後5時定時退社のコンサル役員

ドリームインキュベータ

ドリームインキュベータ執行役員の野邊義博さん。東京工業大学大学院修了後、同社に入社。

撮影:竹下郁子

午後5時になると、たとえクライアントとの打ち合わせ中でも退席し、保育施設に通う4歳の息子を、帰りのバスまで迎えに行くというサイクルを徹底。妻と分担して夕食をつくり、お風呂に入れ、寝かしつける。この「家庭のコアタイム」(野邊さん)に仕事の連絡が来ても、ほとんどレスをしないという。再びパソコンを開くのは、深夜か早朝だ。

「平日の昼間に息子の保育施設のメールに返信したり、買っておいた方が良いものをアマゾンで注文したりもします。1日は仕事と家庭がそれぞれ同じボリュームで存在していて、でもゆるく溶け合っているようなイメージです」(野邊さん)

現在、同社に野邊さんのような働き方をしている男性社員は「他にはいない」(野邊さん)。

コンサルティングの仕事で「普通に帰れる」は午後8時から10時頃までの退社を指し、プロジェクトの繁忙期は明け方まで残業することもあったという。実は野邊さんもかつてはそんな風に働く1人だった。「深夜2時3時に帰宅するのも珍しくない生活だった」と、振り返る。

「僕が変わらないと」

子ども

野邊さんは普段午後5時には退社。「家族のコア」タイムには仕事はしないと決めている(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

時短勤務に切り替えたきっかけは、家族が体調を崩したことだった。

「僕が抜本的に働き方を変えようと考え、時短勤務に決めたんです。子育てって面白いだろうなと昔から思ってたんですよね。人生1回きりですし、まぁ何とかなるだろうと」(野邊さん)

そんな野邊さんが、午後5時退社、時短勤務でも役員にまで上り詰められたのは、なぜなのか。5つのポイントをみてみよう。

1.ロールモデルとなる上司がいた

街

同じ職場に目指す働き方を実践する上司がいることは心強い(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

当時の野邊さんの役職は「シニアマネジャー」。常時2〜3のプロジェクトを抱え、それを中心となって率いる、最も忙しいポジションだ。

にもかかわらず野邊さんが働き方を変える選択ができたのは、当時の上司の存在が大きい。上司も毎朝保育園に自転車で子ども数人を送ってから出社し、午後6時には退勤しながら、仕事で成果を出し続けていたからだ。野邊さんが時短勤務の相談をした際も、「全然、大丈夫。できるできる」と背中を押してくれた。

国立社会保障・人口問題研究所が9月に発表した「全国家庭動向調査」(2018年)によると、平日の1日の平均家事時間は妻は263分、夫は37分。同じく育児時間は妻は平日532 分、夫 は86分と、それぞれ大きな差があった。

男性の育休取得や時短勤務を歓迎しない空気の会社も少なくない中、ロールモデルかつ賛同してくれる上司の存在は貴重だろう。

2.ミーティングのやり方を大きく変えた

オフィス街

撮影:今村拓馬

時短勤務=時間の制約だ。以前のように「潤沢に」時間が使えないため、野邊さんはクライアントにも事情を話し、ミーティングのやり方を大きく変えた。まず、(1)1回の価値を上げ、そして(2)材料を用意しすぎないことを心がけた。

「あんまりガツガツすると気持ち悪いやつになっちゃうんですけど(笑)、なあなあでやると回らないので、とにかく1回の重要度を上げないといけませんでした。

具体的なところまで突っ込んで議論して、次のアクションも、ミーティングの予定も決めて調整の手間を省くようにしてました。

プレゼンも以前だったらあれもこれもと提案していたのを、もう最初から『こっちは無いですよね?』と絞ります。決めることは責任を伴うので、簡単ではありませんが」(野邊さん)

一緒にプロジェクトを進める部下にも、同じ対応をするように頼んだ。大まかな指針を示したら、あとはメンバーを信じて、「大丈夫、できるできる」と、できるだけ任せている。メンバーも午後5時に職場を抜けて家庭のコアタイムに入る野邊さんに合わせて、「前のめりで」仕事を進め、報告などをするようになったそうだ。

その結果、生産性が上がり、時短勤務をしながら実績も上がっていったという。

3.仕事時間は減っても価値観が増えた

ドリームインキュベータ

撮影:竹下郁子

仕事の生産性を上げることができたのは、新しい価値観が加わったからだ。

仕事の時間を短縮したそのスペースに入ってきたのは、パパ友・ママ友と過ごす時間、保育園の行事、息子と並んで観るテレビ番組など。これまで仕事一筋だった野邊さんにとって新鮮なものばかりだった。

「スーパーに行って、ああ野菜が高くなったなとか、どこのデリバリーの質がいいなとか、生活者だから分かることってコンサルタントとしてすごく大事なんですよ。それなのに仕事にハマるとそこから乖離しがちで……。

これまで行かなかった場所で知り合った人たちが、いろんなことを教えてくれて、それが回り回って、仕事に活きるという好循環ができたんです」(野邊さん)

1つ1つの仕事の価値や生産性を上げたり、新たな情報をインプットしたりするなど、野邊さんが働き方を変えていく中でしたことは、時間の制限なく働く人でもキャリアアップには必要なことだ。

「僕みたいに強制的に時間を制限してしまうことで、変化を起こす人も一定数いると思うんです。生存本能が働いて次のステージにいくというか。仮に時間の制限なく、何時まででも働ける環境だったら、うまく行かなかったかもしれない仕事がいくつもありいます。

意識を変えるためには環境を変えないといけないと、今は思います。そしてそれは管理職の仕事だと」(野邊さん)

4.家庭の事情も話す・聞くようにする

「仕事と家庭を完全に分けることはできない」と話す野邊さん。自身の部下にも、家庭のことなど何か困りごとがあったら「なんでも話して」と常に声を掛けている。

プロジェクトごとのフィードバックの際にも、妊娠中の妻がいる男性社員には「大丈夫? いつくらいに産まれる予定?」「丸1日、いや2日は休んで」など、「かなり慎重に」(野邊さん)だが、話すようにしているそうだ。

子どもの都合で急に会議を欠席すると連絡が入っても、「何の問題も無い」(野邊さん)。

「僕もクライアントとのミーティングを子どもの都合で途中で抜けるのには、率直に言って初めは抵抗がありました。でも、偉そうなことは言えませんが、男性には家事も育児もとりあえずやってみたら? と。

メンバーには休みはしっかりとってもらいたい、家庭も大事にしてもらいたいと思います」(野邊さん)

5.社内変革もまずは自分のチームから

ドリームインキュベータ

フリーアドレス化した同社の様子。

提供:ドリームインキュベータ

早く仕事を終えるなど働き方を変えて、生産性にこだわるようになると、社内にも多くの「無駄」があることに気づいたという野邊さん。

2018年春から社内の有志でプロジェクトチームを立ち上げ、ペーパーレス化、コミュニケーションツールの導入、購入したままになっていた資料の再活用法など、さまざまな業務効率化に取り組んできた。

この9月には、これまで情報のセキュリティを考慮して1人ずつ高いパーテーションで仕切られていたデスクをフリーアドレスにしたばかりだ。社員間で会話が増えたと好評だという。

どの改革も社内に反対の声はあったが、野邊さんはまず自身のチームやプロジェクト単位で導入し、メンバーの「便利だよ」の口コミが広がることで、役員が納得することも多かったという。

「家事育児だけでなく病気や介護など、部下にいつ何が起きるかは分からない。どんな会社でもチームでも、制約や困難がある中で成果を出していくことがマネジメントとしての経験になるはずです。人が足りなければ人事に交渉したり、生産性をあげるようなツールを取り入れたり、管理職ができることはたくさんあります」(野邊さん)

(文・写真、竹下郁子)