WeWorkの「魔法は解けた」。CEO辞任でも復活しない収益構造と落ちたソフトバンクの評判

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ニューマン氏のCEO辞任にまで発展したWeWorkの騒動。今後、新経営陣で立て直しができるだろうか。

Getty Images/ Drew Angerer

WeWork(ウィーワーク)バッシングが止まらない。

ついにWeWorkの親会社We Companyの創業者アダム・ニューマン氏はCEOを辞任。ニューマン氏は日々のマネジメント機能なしの「非業務執行」会長というが、これで騒動は収まるのだろうか。

果たしてWeWorkの問題はニューマン氏個人の問題なのか、コワーキングスペースというWeWorkのビジネスモデルの限界なのか。

そもそもの発端は、8月に株式上場のための情報開示(「S-1」と呼ばれる様式の書類)で公開された事業内容があまりにひどいと投資家やメディアから酷評されたことだった。これに続いて創業者・CEOのニューマン氏の個人的な「奇行」まで騒がれるようになった。

このため、上場株価を何度も引き下げたのちに上場は延期となり、超高速で新経営陣も決まったが、上場はおそらく当分ないだろうと言われている。

経緯の詳細はこちらの記事を参照してほしい。

私は自営業者なので、WeWorkとその最大の競合として比較されるリージャス(親会社IWG)や、それぞれの類似サービスを、自分や仲間が実際に契約して使ったことがある。実体験も含めて考察してみたい。

WeWorkはテック企業ではない?

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WeWorkは共有スペース広く取ることで、実際の席数より多くの会員数を獲得できるという「高密度」ビジネスで高収益を保ってきた。

撮影:今村拓馬

「WeWorkは単なる不動産ビジネスであり、テック企業ではない」「従って、テック企業並みの高い企業評価額をつけるのは正しくない」

WeWorkに対する批判の根幹をなすのはこの点である。

実際に使ってみた感想からすると、これは半分だけ当たっていると思う。

コワーキングスペースとは、通常のオフィス賃貸に比べて、より小さな単位で場所を借りることができ、すでに机と椅子が設置してあり、共通の受付があり、契約期間はオフィス賃貸よりも短く、キッチン周りなどの共有スペースが大きい、という形態の共同オフィスである。

壁で区切られた固定の複数人数向けスペースや机一つ単位の固定賃貸と、決まった机がなく共有スペースだけを使える会員制契約の両方がある。一人で仕事するフリーランサーでも、契約すればその日から入居できる。

似た形態のサービスに、「サービスオフィス」「エグゼクティブオフィス」などと呼ばれるものがある。この分野で世界最大のプレイヤーがヨーロッパが本拠のリージャスだ。

収益率の高い「ネカフェ」説

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固定電話や郵便受付がない、新しい時代のオフィスとして人気を集めてきた。

Shutterstock/ NYCStock 

リージャス型とWeWork型は似ているが、一つ決定的な違いがある。それは「紙」だ。

リージャスのオフィスには机と椅子の他、ファイルキャビネットや本棚が標準装備されているため、最小単位でも子ども部屋ぐらいの広さはある。

一方WeWork型では、一人用のオフィスは机と椅子だけしかない。ノートパソコン一つで済む人が必要なときだけ使う、共用スペースだけの会員制契約なら、全員が一斉に使うことはないので、椅子の数よりもはるかに多くの契約をオーバーブックすることができる。

WeWorkは、ようやく本格的にペーパーレス社会が到来した時代に合わせた形態のオフィスを創始したのだ。

リージャス型では標準だった机の上の固定電話も、WeWorkにはない。リージャス型では電話受付や郵便の受け取りをサービスオフィスの人が代行してくれて、いかにも会社然とした体裁を作れるという点が大きなセールスポイントだったが、今やベンチャーや自営業者にとってこの2つとも必要なくなった。

WeWorkは紙も固定電話も郵便も必要なくなった時代に、不要となったものをそぎ落として、より安く貸し出し、従来型のオフィスよりも多くのユーザーを同じ広さのスペースに詰め込むことを可能にした。

それは理論的には、より高い収益率が可能なはずである。

私はこれを「ネカフェ・モデル」と呼び、この点がサービスオフィスとコワーキングの違いと私は定義している。

リージャスは最低単位のオフィスでも月額2000〜3000ドル(シリコンバレー地区の場合)で、私には高くて手が出なかった。より安価な会員制を提供している類似業者を使っていたこともあったが、共有スペースが少なく、いっぱいで使えないことが多く、辞めてしまった。

WeWorkなら共有スペースが広いので使えないことはほぼなく、月額400ドル程度で魅力的なのだが、当初サンフランシスコ市内にしかオフィスがなく、郊外に住む私には不便で使えなかった。今は少々異なる事業形態だがWeWork型に近い、ただし無料ビールもピンポンテーブルもない、地味な近所のコワーキングを使っている。

確かに、ベースとなる不動産を長期契約で借りて、改装して短期契約で貸し出すという商売は、他と同様の単なる「サブリース」形態の不動産ビジネスである。ただし、「ペーパーレス社会に対応した高密度オフィス」という新しいコンセプトを作り出した点は評価に値すると思っている。

「高密度」の魔法は解けつつある

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日本でも大都市を中心に次々と新しい拠点をオープンさせている。

撮影:今村拓馬

しかし、このモデルが高マージンを生むためには、詰め込むお客を十分な数確保することが必要だ。

WeWorkはニューヨークから始まり、テクノロジー産業の多い大都市にまず展開した。

2年前私はWeWorkとリージャスを比較したが、その時点ではWeWorkの拠点数はリージャスの10分の1以下。しかし、WeWorkの売り上げはすでにリージャスの半分程度で、つまり拠点あたりの売り上げはWeWorkのほうがリージャスの5倍程度あった。

利益は公開されていなかったので不明だが、「高密度戦略」は一応成功しているように見えた。

しかし、その後2018年では、拠点あたりの売り上げは3倍以下まで落ちている。リージャスの拠点数はそれほど増えていないが、WeWorkは倍近くに増え、郊外の我が家近くにも2019年開設された。

(なお、リージャスの拠点数および2017年のWeWorkの売り上げは概数でしか公表されていないので、上記は「桁」の違いを理解する参考程度としてほしい)

潜在顧客の密度が高い大都市からより小さい都市へと拡大するにつれ、彼らの「高密度戦略」の魔法が薄れつつあるように見える。

競合の状況を見ると、2017年時点では、WeWork以外のコワーキングスペースは、それ自体を主要事業とするものはあまりなく、多くは「ベンチャーへの場所貸しと投資を組み合わせたインキュベーション・オフィス」。その他も「教育サービスとの組み合わせ」など、なんらかの別の目的があるものばかりだった。

私が現在使っているのも、ベンチャーキャピタルが運営するスペースである。

この原稿の執筆時点では、リージャスは欧州発のコワーキングスペース「Spaces」を買収して拠点を増やしており、また各地でローカルな独自のコワーキングも多数出現している。

WeWorkでなければ実現できない、独自の技術やノウハウというほどのものはなく、高密度戦略は真似できるので、どんな企業もコワーキング自体を事業とすることができるようになったのだ。

WeWorkはテクノロジー企業ではない

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ニューマン氏の辞任でWeWorkの体質は変わるのだろうか。

Getty Images/ Scott Olson

まとめると、ポイントは2点ある。

  1. WeWorkが提示した「高密度」方式で、コワーキングビジネスはそれなりに事業として成り立つようになってきたが、それはここ数年の好景気の間のことであり、長期にわたってサステイナブルかどうかはわからない。
  2. グーグルのような「テクノロジー企業」では、「規模が大きくなるほどプロダクトの価値が上がり、参入障壁が高くなり、マージンが増大する」という集中の利点があるため、企業評価額が高くなる。しかし、WeWorkでは規模が大きくなるにつれて売り上げの効率は落ち、参入障壁はかえって低くなってしまった。今後も、テクノロジー企業型の「集中の利点」が出てくるようには思えない。この点で「WeWorkはテクノロジー企業ではなく、不動産事業である」という評価は当たっている。

コワーキングスペースは、WeWorkのおかげでちゃんとした「新セグメント」となり、ニーズも明らかに存在するが、初期のころの「高密度」の魔法は解けて、「普通の不動産事業の一形態」に落ち着きつつある。事業としてはありえるが、あまりに高い会社評価額は「バブル」だ。普通の不動産事業として評価するのが現実的、というのが私の分析である。

アダム・ニューマンの評価

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アダム・ニューマン氏。上場を目前に、彼個人の奇行など経営者としての資質が問題視され、辞任に至った。

Getty Images/ Theo Wargo

そういうわけで、事業自体がテック企業並みの評価額には値しないので、ニューマンCEOを解任しても、もはやその評価額に戻ることはないと思う。

ニューマン氏の最大の問題は「公私混同」であり、会社を利用して自分個人が得する仕組みをあまりにもたくさん入れ込みすぎている。多くの一般株主を迎える公開企業としてはふさわしくない。

さらに、彼の「スタイル」に関する批判が追い打ちをかける。Wall Street Journalによると、プライベート・ジェット上でのマリファナ・パーティや、従業員をクビにした直後にテキーラで乾杯しとか、妻がスピリチュアルにはまって「こいつのエナジーが気に入らない」という理由で従業員をクビにしたとか、会社パーティが過度なド派手だったとか、いろいろな話が登場する。

最近、Facebookがプライバシー問題で追求されたり、独占の疑いで多くの州がグーグルの調査を始めるなど、シリコンバレーの企業には事業面でのプレッシャーが高まり、ウーバーの創業者がセクハラで辞任するなど「ライフスタイル」面でも、「ビッグ・テック」や「ユニコーン(会社評価額が10億ドル以上の急成長ベンチャー)」への風当たりが強くなっている。

「エア風呂敷」はもう通用しない

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イーロン・マスク氏は稀代の起業家か、それとも「ホラ吹き」なのか。シリコンバレーでもその評価は分かれている。

Getty Images/ Bill Pugliano

そんな中で、性懲りもなくニューマン氏がやらかしてくれた。この「スタイル」という点については、2つの側面があると思っている。

1つは、ありもしない夢の技術や事業を語って大風呂敷を広げ、カネを集め、その後追いつこうとする「fake it till you make it(できるまではごまかせ)」というスタイルを賞賛する風潮が、テック業界にはまだ根強くある。その昔のスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの成功体験のせいなのだが、彼らが成功したのはその時代にその技術が伸び盛りだったからで、「もうこのやり方は通用しない」という考え方も強くなっている。

現代の悪い例として、血液検査技術を作ろうとしたセラノスの詐欺事件があり、イーロン・マスクもしばしば悪い例として挙げられている。

ニューマン氏もオフィスだけでなく生活全体や教育など、あらゆる面でのコミュニティ実現という理想を語り大風呂敷を広げ、その「クレイジー」さで孫正義氏に気に入られ、多額の投資を受けたと言われる。それは「エア風呂敷」じゃないかと批判したくなるが、一方ではそのぐらいの度胸がなければ、会社をここまで広げることはできなかったと考える人もいる。

強まるベンチャー文化への批判

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ウーバーの創業者・カラニックもセクハラなどの言動で、職を追われた。

Getty Images/ Justin Sullivan

2つめは、ハードに働きハードにパーティする、ベンチャー業界の「ブロトピア」文化への批判も強まっている。この種の行き過ぎたバカ騒ぎ文化には、トップが全能感に支配されて独善的になってしまう危険がついてまわり、その結果が「セクハラ」となったウーバーだった。

ニューマン氏の場合は、さすがに最近はバカ騒ぎは自重しているとのことだが、パワハラ的企業体質は簡単に変わらない。

総じて、「彼のパワフル・スタイルは、ベンチャーを興してここまで大きくするには役立ったが、多くの一般市民が株主となる公開企業においては適切ではない」というのが、おおかたの評価のようだ。

しかし、辛口コメントで知られるニューヨーク大学のスコット・ギャロウェイ教授は、「ウーバーは破壊者(よい意味)で酔っぱらいだが、WeWorkは単なる酔っぱらいだ」と切り捨てる(出典:Pivotポッドキャスト)。同じ大赤字垂れ流しでトップが困ったスタイルであっても、ウーバーは価値あるサービスをこの世にもたらしたが、WeWorkは大した価値を生み出してはいない。

「会社を大きくしてきた」とはいえ、その会社がそれほど価値がないのでやっぱりダメダメ、ということだ。

WeWork騒動の落とし所は、投資家グループが含み損をぐっと我慢し、新経営陣がものすごく頑張り、会社を「ちょっとだけイケてる普通の不動産会社」程度の収益構造と企業スタイルに収束させるというシナリオだと思うが、果たしてうまくいくかどうか。

批判はソフトバンクGにも

ソフトバンクビジョンファンド

ソフトバンクビジョンファンドが投資する起業家たち。中心に今回辞任したニューマン氏の顔も。

撮影:小林優多郎

騒動はウーバーとWeWorkの両方に多額を投資しているソフトバンクグループへも飛び火している。

彼らは、すでにある程度成功したベンチャーに巨額投資をするのだが、そのときに高い評価額を提示し、「この投資を受けないなら、あなたのライバル会社に投資するぞ、それでもいいのか」と迫ると言われている(出展:Pivotポッドキャスト)。評価額を吊り上げるので、周囲のシリコンバレーのベンチャーキャピタルからは反感を持たれている。

ルール違反ではないので文句も言えなかったのだが、最近は堰を切ったようにソフトバンク批判があちこちで噴出し、シリコンバレーは「シャーデンフロイデ」(他人の不幸は蜜の味)状態だ(出典:Axiom)。

ニューヨーク大学のギャロウェイ教授からは、「その昔、日本マネーがやたら高価格でロックフェラーセンターやゴルフ場を買い漁ったら、すぐに不動産が暴落した。また日本マネーがやってきて同じことをしている」という発言まで飛び出した。

今回のWeWorkの件は幸い情報公開のおかげで、一般市民が損を被る前に食い止められたため、昔のようなジャパン・バッシングにつながることはないだろう。ソフトバンクもあれだけ派手にやれば摩擦があることは明白で、覚悟の上で長期戦をめざしてやっているはずだ。

しかし、複数の目立つ悪い例が立て続けに出たために、「ソフトバンクの投資先はダメなやつ」と見られかねず、そうするとベンチャーがソフトバンクの投資を受けてくれなくなってしまう可能性もある。

ソフトバンクはシリコンバレーに大きな影響を与えてきたが、どうやらまた状況は変わりそうである。

(なおソフトバンクグループには、サウジアラビア政府など外部投資家も入れたビジョン・ファンドと、ソフトバンクだけの投資部門があるが、外部からの評価はどちらも同等に見るので、ここでは区別していない。)


海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。

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