子育て支援、ベビテック分野で活動する冨樫真凜さん(左)と、離乳食ブランドを手がけるKazamidori代表の久保直生さん。
撮影:今村拓馬
お母さんたちに「こうあるべき」を強いる、日本の子育て呪縛を解きたい、生まれた時の格差をなくしたい—— 。子育てにまつわる悩みをテクノロジーを使って解決しようとする、ベビテック分野に挑む10代、20代がいる。
子どもも結婚もこれからの世代がなぜ、子育て分野での起業や活動に向かうのか。そこには格差や貧困、孤独が深刻化する社会に、向き合おうとする挑戦がある。
怒りやコンプレックスという原動力
2016年の米大統領選で、ホワイトハウスの前に集結するトランプ氏の支持者たち。
Reuters/Joshua Roberts
2016年11月9日、米大統領戦の投開票日。当時、アメリカ・ボストンのタフツ大学に留学していた、現Kazamidori代表の久保直生さん(23)は、ヒラリー・クリントン陣営の会場で、クリントン氏の勝利演説を待ちわびていた一人だ。
だがその日、期待の演説が聞かれることはなく、トランプ政権が誕生する。
大学の研究テーマに政治を選び、投開票日までにヒラリー、トランプ両陣営の集会やパーティーに何度も足を運んでいた久保さんが、その時感じたのはこうだ。
「正直、ある種の納得感です。ずっとトランプの会場の方が、熱量が圧倒的に高かったので」
史上初の女性大統領の誕生に胸を踊らせ、華やかで希望にあふれていたヒラリー支持者の会場。それに対し、トランプ支持者の集会に渦巻いていたのは、生まれや階層に対する、怒りや憎悪やコンプレックスだった。
「やっぱり、ああいう力の方が社会を変え得るんだなと思いました。同時に、これでいいんだっけ、と。民主主義としてはある意味、正しい理屈で回った選挙ではあったけど、それでも憎悪が勝ってしまう」
生まれた環境格差を乗り越えられる社会
「自分は、本当の意味で多様な価値観に寄り添っているのか」という葛藤が、久保さんにはある。
同じことは経済の低迷が長期化し、格差が広がりつつある日本でも十分、起こり得る。
久保さんは小学校から大学までエスカレーター式の学校に通い、高校では生徒会長。政治に興味をもち、18歳選挙権運動にも参画、実現化にこぎつけるという歴史が動く体験もした。
しかし、「そんな人間は本当にごくわずか。本当の意味で、自分は多様な価値観に寄り添っていない」という矛盾が自分の中にあった。
トランプ政権誕生を機に、こうした現実社会や矛盾とどう向き合うべきかを残りの留学生活で考え、たどり着いたのが「乳幼児期」の環境づくりに取り組むことだという。
「生まれた環境の格差や、幼少期での一番大事な人格形成が、その後の人生でずっと、コンプレックスや怒りを生む。どんな環境に生まれても、自分の努力で自分がやりたいことを実現できる社会を、システムとして担保したい」
お母さんの可処分時間を作りたい、その目的とは
出典:離乳食ブランド「土と根」Instagramより。
それから3年。久保さんは現在、国産有機野菜で作る冷凍キューブの離乳食「土と根」ブランドを立ち上げている。月額3800円(予定価格)のサブスクリプションで、生後半年から1歳5カ月くらいまでの離乳食を提供するサービスを提供する。
すでに先行販売し、10月から本格的に市場で流通させる。2018年6月に、乳幼児家庭向けの事業を行うKazamidoriを創業した。
最初の商品に離乳食を選んだのは「お母さんの可処分時間、可処分精神量を作りたい」から。
200人以上の母親たちに会ってヒアリングをし、何が精神的に辛いかを聞いた結果、時間も精神力も奪っているものとして「離乳食」が多く上がった。
「お母さんが笑顔や余裕を持って子育てをすることで、子どもたちがストレスフリーに育つことのできる環境を作る。その結果、子どもたちが、自己肯定感や共感力、知的好奇心を育めることが目的です」
と、久保さんは言う。
正解のない時代にこそ求める「心理的安全」
お茶事業のTeaRoom代表の岩本さんは、産後ケアのお茶の開発で、久保さんと協業。
撮影:岡田清孝
離乳食を起点に、乳幼児期の子育て支援事業を拡大していく。第二弾として産後の母親に向け、ホルモンバランスを整えたり疲れやすさを改善したりするお茶を開発中だ。
その協業相手で、お茶事業の起業家、岩本涼さん(22)=TeaRoom代表=もまた、同年代。人が育つ環境づくりが、社会の土台を作るという視点で、久保さんと一致している。
「僕たちの同世代では結婚が早かったり、子どもや家族を早く持ちたい人が多かったりという実感があります。僕も早く家族を持ちたい一人です。変化の激しく、正解のない時代で、心理的な安全性を担保できる場、存在を認めてくれる相手を求める気持ちが、強いためだと思います」
だからこそ早くから子育てや家族といった分野に、起業や活動の目がいくと、岩本さんはみる。
汗水たらして必死で育児が愛なの?
冨樫真凜さん(19)はこれまで50人以上の子どものシッターを経験してきた。
撮影:今村拓馬
「日本のお母さんにはベビーシッターをギリギリの切羽詰まったところで、マイナスをゼロにするために使うのではなくて、できればプラスのために使って欲しいなと思っています」
冨樫真凜さん(19)はこれまで50人以上の子どものシッターを経験し、今もベンチャーキャピタル(VC)で働く傍ら、月3回のシッターをこなす。ニュージーランドで過ごした高校時代のシッターや、アメリカで1カ月間の住み込みシッターの経験を通して、日本の母親の子育てが「追い詰められてつらそうなこと」が、ずっと気になっている。
「自分自身が、地域の8家族ぐらいの大勢の中で育ってきた経験もあってか、すごく実感するのが、お母さん以外の人が子育てをするのって、本当に大事だなということです」
人に頼れる子育てをすることで、母親がゆとりをもち、健康で笑顔であれば、子どももイキイキしているし、夫婦関係も当然、いい。いわゆる「ワンオペ」とされる、一人での子育ては精神的にも肉体的にもつらい。
しかし日本では「子育ては母親の責任」という価値観が、未だ残っている。子連れの母親がスマホを見ていても、批判が起きる社会だ。
「汗水垂らして必死で育児することが素晴らしい、愛だ、みたいな見方は違う違う!と思います。私は、育児の関係人口を増やしたい。育児で親が頼れる人を増やす目的もありますし、子どもにとって多様な価値観やいろんなロールモデルに触れられる、ものすごく重要な機会にもなる」
育児の関係人口を増やしたい
「育児の関係人口を増やすことで、子育てが開いたものになる」と、冨樫さんは実体験から考える。
冨樫さんはこれまでに渋谷区の子育て団体「渋谷papamamaマルシェ」の運営、行政による産後支援事業「ネウボラ」企画への参画など、一貫して、子育て支援で活動している。
ニュージーランド留学を経て、一期生として角川ドワンゴ学園N高等学校を卒業した冨樫さんは、20歳での起業に向け、準備中。VCでの仕事もその準備の一貫で、大学は「大学で学びたくなった時に行けばいい」という考えだ。
起業のジャンルは、やはりベビテックだ。多くの親が苦労する、寝かしつけの精度をテクノロジーにより上げて、最適化することを調査している。
「テックを使うことで育児の敷居を安全に下げられる、子育てが開いたものになると思っています。そうして育児の関係人口が増えることで、社会で子育てする意識が作られていくのではと」(冨樫さん)
加速する少子高齢化、長引く経済低迷に拡大する所得・教育格差と、現代社会で悲観的な要素はいくらでもあげられる。しかし、変化の兆しは確実に、次世代から、生まれている。
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)