アマゾンの謎の通信規格「Sidewalk」が秘めた新戦略 ── これは「異例中の異例」だ

Echo Frames

アマゾンが新しく発表したスマートグラス「Echo Frames」。招待順でのテスト販売中。30gと軽く、販売価格も179.99ドル(約1万9000円)と、今の同種製品よりずっと安い。

撮影:西田宗千佳

「いままでとはまったく違う通信技術だ。この技術の登場により、既存技術では埋められないギャップが存在したことが明らかになるだろう。業界にオープンに公開し、IoTの世界を変えたい」(ベゾスCEO)

9月25日(現地時間)米アマゾンは、ワシントン州シアトルにある同社本社で、2019年末以降に発売する新デバイスの発表会を開いた。発表会後のパーティーに現れた、同社のジェフ・ベゾスCEOは、発表された製品以上に、ある技術について熱っぽく語った。

ジェフ・ベゾス

アマゾンのジェフ・ベゾスCEO。

今回は、多数の興味深い製品が発表されている。スマートスピーカー・Echoシリーズの新製品のほか、音声アシスタント・Alexa(アレクサ)で操作するスマートグラス「Echo Frames」、指輪型で身につけて使うスマートスピーカーといえる「Echo Loop」など多岐に渡る。

Echo Loop

リング型Echoデバイス「Echo Loop」。「Alexa」と言わすにボタンを押して操作。いつでもすぐに操作できるし、操作方法も特別。

しかし、現場で異彩を放っていたのは製品ではなく「技術」の発表だった。ベゾス氏の言う「まったく新しい通信方式」こそ、今回発表されたIoT向けの新通信技術「Amazon Sidewalk」だ。

アマゾンはなぜ新通信技術を発表したのだろうか? そして、それが埋める「既存技術のギャップ」とはなんなのだろうか?

Wi-Fiでは「飛距離不足」、5Gでは「コスト高」

デイブ・リンプ氏

Sidewalkを発表する、Amazon Devices シニア・バイスプレジデントのデイブ・リンプ氏。

Sidewalkが埋めようとしているギャップとは、「距離と消費電力」のギャップだ。

「現在のIoT機器では、BluetoothもしくはWi-Fiが使われている。だが、これらでは近距離しかカバーできない。そこで5Gを、という話が出てくるが、5Gは消費電力もコストも高すぎる。その間のエリアを埋めるものがないのだ」(リンプ氏)

アマゾンのデバイス製品関連事業の実質的責任者で、Amazon Devices シニア・バイスプレジデントのデイブ・リンプ氏は、発表会で壇上からそう語りかけた。

Wi-FiやBluetoothとのギャップ

リンプ氏は「BluetoothもしくはWi-Fi、5GではIoTが必要としているギャップは解消しない、と解説。

確かにこれは事実だ。スマートスピーカーにしろ監視カメラにしろ、現在はWi-FiやBluetoothで接続している。日本の比較的狭い家の中なら、これらでもなんとかカバーできているが、アメリカの広い家となると難しい。

複数のWi-Fiアクセスポイントを連携させる「メッシュネットワーク」技術が注目されており、アマゾンも家庭内での距離問題を解決するものとして商品化している。

しかし、センサーは家の中に置くものばかりではない。屋外に置く監視機器はどうだろうか? 外を歩き回るペットのためのセンサーは? そうした機器は電源を確保しづらく、Wi-FiやBluetoothの届かない距離にあることも多い。

現在も、「忘れ物タグ」などでBluetoothを使ったメッシュネットワークが使われているが、大量に機器が普及していて、相互の距離が近い場所、例えば都市の中心部でしかうまく働かない場合がある。

そういった場所向けには5Gが有効、と期待されているが、5Gはそれなりに電力を消費する。数時間・数日の動作ならいいが、「数カ月」「数年」とメンテナンスフリーで動かすには、太陽電池パネルの設置など、色々な条件が必要になる。

簡単に言えば、Sidewalkはそれらの問題を解決する技術と言える。

たった700個でロサンゼルス全体をエリア化

ダニエル・ラウシュ氏

スマートホーム関連製品担当バイスプレジデントのダニエル・ラウシュ氏。

アマゾン・スマートホーム関連製品担当バイスプレジデントのダニエル・ラウシュ氏は、Sidewalkの秘密を次のように説明する。

「Sidewalkは、900MHz帯の電波を使う、まったく新しい通信方式だ。特徴は、非常に低消費電力で遠くまで届くこと。500mは確実に到達し、見通しが良ければ1マイル(約1.6km)も届く。

消費電力がとにかく低いので、デバイスによっては『月』の単位でなく『年』単位でバッテリーが持つ。通信もシンプルでデバイスもローコストになる。その代わり、通信速度はあまり速くない」(ラウシュ氏)

アマゾンは少し前から、ロサンゼルス地域でSidewalkのテストをしていた。従業員やその家族にSidewalkが組み込まれた機器を渡し、メッシュネットワークを構築した。

ロサンゼルス盆地はアメリカ全土で2番目に大きな都市だが、その全域を、たった3週間の間でカバーできてしまった。使った端末数は約700個。ロサンゼルス都市部は京阪神地区を合わせたくらいの面積があるが、それをたった700で塗りつぶししたと考えると、かなり効率はいい。

700個のタグ

700個のタグを3週間使い続けることで、ロサンゼルス氏全体がマップに入ったという。

消費電力はどうだろう?

アマゾンはSidewalkの最初の対応機器として、2020年に「Ring Fetch」と呼ばれる、ペット犬のトラッカーを発売する。ペットが設定されたエリアの外へ出てしまったり、遠くまで行って帰ってこない時などに、現在置を確認して迎えに行けるといった使い方を想定している。

Fetch

アマゾンがアメリカで2020年に発売を予定している「Fetch」。

この製品は、バッテリーが「年単位で持つ」(ラウシュ氏)と公言している。一度充電すれば、当面バッテリーの心配をする必要がない。

アマゾンは今後、この技術を広く公開し、多くの事業者が自由に使えるものにしていくという。

ただ現状、Sidewalkの詳細は発表されていない。会見場での個別取材でも、すべては明らかにならなかった。

900MHz帯を使う技術としては、IEEEで規格された標準規格「IEEE 802.11ah」がある。ラウシュ氏によれば、「Sidewalkは完全に新しい技術で、既存の技術とは違う」というが、周波数帯が近く、1km近くまで届き、低消費電力という特性は似ている。

おそらくは、メッシュネットワークを軸にしているなどの違いがある、と思われる。通信速度も、802.11ahよりは遅いのではないか、と予想している。

通信速度が遅いという不便な点はあるが、あえて特定の帯域で追加コストなく、安心して使ってもらうこと、省電力をさらに抑えることなどを考えると、利点も多そうだ。

監視カメラとAlexaの普及を狙うアマゾン、日本での展開は不透明

Ring ホームページ

アマゾンは、2018年4月に監視カメラメーカーの「Ring」の買収を完了している。

出典:Ring

なぜアマゾンはSidewalkを作ったのだろうか?

アマゾンは通信会社ではないので、通信方式を外部に提供する立場になったことはない。今回の発表は異例中の異例だ。

理由はやはり、それだけ「IoT機器の市場」が大きい、ということだろう。

日本ではまだ普及途上だが、アメリカではスマートスピーカーはある程度行き渡り、連携家電が売れるフェーズに入った。そこで彼らが注目しているのが「監視カメラ」だ。

監視カメラを「Ring」ブランドで積極的に販売しているが、それを自宅からさらに屋外へ、公共スペースへ、ペットなどに持たせる「移動体」へと拡大していくには、いままでの通信方式では確かにギャップがある。

詳細が不明なので想像に頼る部分はあるが、メッシュで広く素早くネットワークを作るには、Sidewalkが必要なのだろう。

前出のように、ラウシュ氏は「Sidewalkはオープンなものとして他社に提供していく」と話す。そして他の方式に対する利点としても、「用途を選ばず、自由に好きなものが作れるのが利点。センサー検知用、などと用途を限定しているわけではないので、好きに使って欲しい」(ラウシュ氏)。

アマゾンはAlexaとRingを併存するプラットフォームを仕立てようとしている。

Sidewalkは、それらに必要なインフラになっていくのだろう。Sidewalkの普及はAlexaとRingの普及にもつながり、理にかなう。

総務省ホームページ

日本ではIEEE 802.11ahの実証実験が始動したばかり。

出典:総務省

日本については、802.11ahを含めた900MHz帯を利用する通信規格自体が、Wi-Fiのように「自由に無線局免許などなしに、誰でも使える帯域する」ための試験が行われている段階だ。いますぐ導入できるわけではない。

802.11ahでは、日本の電波仕様に合わせた場合の通信速度と、アメリカでの通信速度に大きな差があるのも事実だ。

アマゾンが今後、日本を含めたアメリカ国外でのSidewalkの利用をどう進めていくのか?

未確定な要素が多いものの、調整などに年単位での時間が必要とされそうな点が気になる。少なくとも、来年いきなり「日本でも自由に使える」状態にはならないだろう。

(文、撮影・西田宗千佳)


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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