ノルウェー、スヴァールバル近くの海。流氷に囲まれた船と、北極圏の日の出。
Christian Aslund/Greenpeace
- 大西洋の海流システムは大西洋南北熱塩循環と呼ばれ、西ヨーロッパの温暖な気候の要因となっている。
- だが国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書によると、海水温の上昇と世界の海水の塩分濃度の変化により、熱塩循環が弱まっているという。
- 他の研究によると、氷床などが溶けて大量の真水が海水に混ざると、熱塩循環の流れは著しく遅くなるだろうとしている。
- 熱塩循環が弱まると、北半球ではより極端な気候となる可能性がある。
- そのような気候変動のシナリオが、映画「デイ・アフター・トゥモロー」で描かれているが、科学的に正確というわけではない。
北極と南極の氷床が、これまでにない速さで溶けており、加えて海水温も上昇していることから、今世紀末には海面が90cm以上上昇するだろうと、新たな報告書が明らかにした。
この報告書は、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change:)による取り組みの一環として、36カ国、100人以上の研究者によってまとめられた。それによると、氷床の融解により大量の真水が海水に加わり、大西洋の海流システムが次第に弱まっていく可能性が示されている。
この海流システムのことを大西洋南北熱塩循環(Atlantic Meridional Overturning Circulation:AMOC)といい、大西洋の海水を南北で循環させ、表層水と深層水を混ぜる働きをする。西ヨーロッパの温暖で湿潤な気候の要因のひとつともなっている。
IPCCの報告書では、あらゆる気候変動シナリオにおいて「21世紀に深層循環は弱まると考えられる」と結論づけている。つまり、温室ガス排出量を著しく制限したとしても、北大西洋には変化が訪れるということだ(そして地球温暖化につながる)。
「熱塩循環が次第に弱まる世界に確実に突入する」と、熱塩循環に関する別の研究の著者であるフランチェスコ・ムスキティエロ(Francesco Muschitiello)氏は、以前Business Insiderに語っていた。
そうなると、ヨーロッパはより寒く、乾燥した気候になり、熱帯地方はより強いハリケーンに見舞われる可能性がある。
なぜ氷河の融解と海水温上昇が熱塩循環を弱めるのか
科学者は熱塩循環を海洋のベルトコンベアに例えている。
暖かな海流がイギリス付近に到達すると、冷やされてラブラドル海と北欧海(グリーンランド海、アイスランド海、ノルウェー海の総称)の底に沈む。この冷えた海流はUターンをして、海底を蛇行しながら南極海へと向かう。
熱塩循環が素早く流れると、西ヨーロッパでは暖かく湿潤な気候となる。だがそのスピードが鈍く、弱くなると、熱帯地方の海水が北上せず、北大西洋は冷やされる。
南北循環により、熱帯地方からの暖かな海流が北大西洋に流れ(赤)、そこで冷やされて沈み、南へと流れていく(青)。
NASA/JPL
熱塩循環のスピードは、海水の塩分と真水の微妙なバランスにより変化する。塩分濃度が濃いと、容易に沈む。だがグリーンランドと南極の氷床や世界各地の氷河が溶けると、より多くの真水が海水に加わることになる。
氷床が解けるスピードは確実に速まっていることが、IPCCの報告書で立証された。また、4月に発表された論文によると、現在のグリーンランドの氷床は、40年前の6倍の速さで溶けている。氷床から崩れ落ちる氷の量は、20年前は年間平均わずか500億トンだったが、現在は2860億トンと推定されている。
一方、南極でも40年前の6倍近くの速さで氷床全体が溶けている。1年で減少する氷の量は、1980年代には400億トンだったが、ここ10年間は年間平均2520億トンに急増している。
これらの真水が海水に混ざり、表層水が軽くなることで、沈みにくくなり、海流の動きを停滞させ、熱塩循環が弱まっていく。
循環が弱まって、より極端な気象につながる
世界の海洋と雪氷圏(地球上で水が固体になっているエリア)に焦点を当てたIPCCの報告書を執筆した研究者らは、 1850~1900年と比べると、深層循環はすでに弱まっていると確信している。
2018年発表の報告によると、少なくとも過去1600年間で、現在は深層循環が最も弱まっているという。それが世界的な気候変動の要因となり、ヨーロッパ北部でより多くの嵐を発生させ、北大西洋の食物網における有機物の発生と循環を減少させている可能性がある。
さらに、南アジアと中央アフリカのサヘル地帯における夏の降水量の減少にもつながり、中央アフリカ、西アフリカの一部ではさらなる干ばつに見舞われる可能性がある。
2011年9月8日、カティア、リー、マリア、ネイトの4つの熱帯低気圧が、大西洋海盆で同時に発生した。
NASA
「より極端な気象パターンが見られるようになることは確実だ」とムスキティエロ氏は言う。
「長期的に見れば、ヨーロッパはより寒く、乾いていく。亜熱帯では、ハリケーンの形成に欠かせない暑さがさらに加わるだろう」
暖かな大気はより多くの水蒸気を抱え込み、その水分がハリケーン形成の原動力となることから、亜熱帯の海水温が上がると、強力なハリケーンがより頻繁に発生することにつながる。
また熱塩循環が弱まると、北米大陸の北東部沿岸で、海面が上昇する可能性がある。
熱塩循環は完全に止まってしまうのか
2004年公開の映画「デイ・アフター・トゥモロー」では、熱塩循環がほぼ一晩で止まり、ヨーロッパと北米が氷河期と化した。人々は街中で凍え死に、ヘリコプターは墜落、巨大な津波がニューヨークを飲み込んだ。
もちろん、映画の中で起こった現象は科学的に正確ではなく、大げさに描かれているが、大西洋の循環が止まるという考えは、まったくありえないわけでもない。だが当分の間は、まず起こらないだろう。
2004年公開の映画「デイ・アフター・トゥモロー」では、深層循環が完全に止まった。
20th Century Fox
ムスキティエロ氏によると「かつての気象環境を再構成したところ、熱塩循環が完全に止まっていたことが示唆された。それによって、記録で残る最も気温の低い現象の発生につながった」という。
だが、そのような現象が起こるには、大量の溶けた氷が必要となる。ムスキティエロ氏の言うかつての最も気温の低い現象とは、大量の氷山が北大西洋の海へと流れていった後に発生した。この氷山が溶け、海に大量の真水が加わり、循環がうまくいかなくなったのだ。とはいえ、そのときの真水の流入量は、現代よりも桁違いに多かった。
2010年2月、南極、デニソン岬のランズエンド。崖の表面に溶けた氷が見える。
Pauline Askin/Reuters
2017年に発表された論文では、もし大気中の二酸化炭素量が、1990年レベルの2倍へと一気に上昇した場合、その300年後に深層循環が破綻するだろうとしている。ただ、実際は二酸化炭素排出量がそこまで劇的に増加することはほぼありえない。
IPCCの報告書でも、「熱塩循環の破綻はほぼありえない」と結論づけており、もし将来的に温室ガス放出量を減少させた場合は、さらにありえないとしている。
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)