突然浮上したウクライナ疑惑。弾劾を支持する人もここに来て急増している。
Reuters/Tom Brenner
トランプ大統領に突然、「最大の危機」がふって湧いている。
アメリカ史上初めて、弾劾され、罷免される大統領になる可能性が出てきた。事件は早くも「ウクライナゲート」と呼ばれている。
これまで、交際していたポルノ女優への口止め料支払いや、ロシア政府と共謀して大統領選挙を優位に展開したとされるロシアゲートなどを、トランプ氏が直接関わっていないなどとして、きわどいところで乗り越えてきた。
しかし、今回は違う。
ウクライナ大統領にバイデン氏調査を依頼
アメリカ前副大統領のジョー・バイデン氏。副大統領時代にウクライナに圧力をかけたと報じられている。
Reuters/Leah Millis
発端は、内部告発者の文書だ。米ニューヨーク・タイムズは、告発者はホワイトハウス勤務の経験がある米中央情報局(CIA)の職員だと報じた。
職員が監察総監にあてた書簡は、トランプ氏とウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話会談の内容に対する懸念を示していた。
内容は、2019年7月25日、トランプ氏がゼレンスキー大統領に対し電話で、2020年大統領選の民主党有力候補で前副大統領のジョー・バイデン氏と息子のハンター氏について調査を依頼したという。トランプ氏は、電話会談に先立ち、自らの権限でウクライナへの軍事支援の予算を打ち切っていた。
つまりトランプ氏が2020年に再選するために、ライバル候補を窮地におとしめようとした疑いがある。
内部告発書も、トランプ氏の行動が「深刻もしくは重大な問題」で、「法律に抵触もしくは違反した」と指摘している。外国の首脳に対し、特権を乱用して支援を凍結し、自分に有利な依頼をした可能性があるからだ。
米下院で弾劾続きが加速
米議会の上院では共和党、下院では民主党が多数を握る。弾劾訴追されても、上院で3分の2の議員がトランプ氏を有罪とするハードルは高い。
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ニューヨーク・タイムズによると、バイデン氏の息子ハンター氏は、一時ウクライナのエネルギー会社の取締役として報酬を受け取っていたとされる。また、バイデン氏は副大統領時代、国内の不正に目をつむっているとしてウクライナの検察官を解雇するように政府に圧力をかけていたという。
トランプ氏はこれらを材料に、バイデン親子を攻撃しようとした模様だ。
書簡が監察総監に提出された事実がわかると、民主党が多数派の下院で弾劾手続きへの動きが加速した。
- 9月24日 ナンシー・ペロシ下院議長が正式に弾劾のための調査を発表。司法、情報特別など6つの委員会にそれぞれ調査を指示。
- 9月25日 ホワイトハウスが、電話会談の文字情報を公開。
- 9月26日 内部告発書を公開。7月25日の電話会談内容をホワイトハウスが隠蔽しようとした事実も浮上。
- 9月27日 下院で過半数を超える225人の議員が弾劾調査を支持する見通しがたった。
- 9月29日 アダム・シフト下院情報特別委員長が、内部告発者が近く「証言する」と発表。身元は伏せたままの証言となる。
トランプ氏は9月25日、記者団に対し「私の電話会談は完璧だった。ウクライナ大統領は、自身に対するいかなる圧力もなかったと述べた」と語った。Twitterでも「魔女狩り」などとして、下院の民主党議員らを激しく非難している。
トランプ氏有罪までの高いハードル
モニカ・ルインスキー氏との不適切な関係により弾劾裁判にかけられるクリントン大統領(当時)。
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弾劾はアメリカ合衆国憲法で定められた手続きで、大統領が「反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪」を犯したとされる場合に実施される。下院が、一般の犯罪では起訴に当たる弾劾訴追を決議し、上院が大統領に対する弾劾裁判の後、3分の2以上の多数で有罪を確定すれば、大統領を罷免できる。
大統領が罷免されれば、副大統領が大統領に昇格する。
過去には、ジョンソン(1868年)とクリントン(1998年)の両大統領が下院で弾劾訴追されたが、上院での採決が3分の2に満たず、無罪となり任期を全うした。1974年には、ウォーターゲート事件への関与を隠蔽しようとしたニクソン大統領が、下院での弾劾訴追と、上院で有罪となる見通しが明らかになった際、辞任した。
今後は、下院が弾劾調査を進めて、1つかあるいは複数の訴因を特定し、弾劾決議案を本会議にかける。各委員会が訴因を突き止め、決議案となるまでどのくらいの時間がかかるのかは不透明だ。
また下院で弾劾が決議された後、上院では連邦最高裁判事が裁判長となり、100人の上院議員が陪審員となって、証人喚問や証拠提出を行う。
上院は共和党が53人、民主党が45人、無党派が2人と共和党が多数派を握る。有罪可決に必要な3分の2、つまり67票の獲得のためには、民主党は20人もの共和党議員を寝返らせなければならない。トランプ氏有罪に至るハードルは高い。
ただ、USAトゥデーは、 トランプ氏が2020年の大統領選で落選した場合、民主党の新大統領や司法当局は、過去の職権乱用やウクライナゲートについて捜査し、一般人として訴追できる可能性があるとしている。
弾劾でさらなる「分断」が加速
熱狂するトランプサポーターたちに、今回のウクライナ疑惑はどう届いているのだろうか。
Reuters/Leah Mills
一方で、米オンライン政治メディアのポリティコとモーニング・コンサルトが9月26日までに行った調査では、弾劾を支持する有権者は全体の43%で、前回調査(9月22日まで)に比べて7ポイントも跳ね上がった。共和党議員のトランプ氏支持を鈍らせるほどの訴因が集まったり、有権者の弾劾支持の声が保守派でも高まるかどうかが注目される。
さらに下院が弾劾手続きに入ったというだけでも、アメリカ社会や2020年の大統領選挙に対する影響は大きい。
ニューヨーク・タイムズによると、トランプ支持のテレビ・ラジオホストらは、内部告発の内容が事実と異なると主張しているという。
「多くの偽情報や間違った情報がある」(マーク・レビン。ラジオのパーソナリティで作家、弁護士。複数のラジオ・テレビショーを持つ)
「あなた方が見ているものは、すべてごまかしだ」(ラッシュ・リンボー。全米でもっとも聴かれているラジオ番組「ラッシュ・リンボー・ショー」のホスト)
これらの放送に接しているトランプ支持者は、ホストらの言葉を信じ、さらにトランプ氏への支援に熱を入れる。逆に弾劾を支持する人々は、さらに民主党支援に力を入れる。弾劾手続きは、アメリカ社会をさらに「分断」に追い込んでいくのは間違いない。
そしてトランプ氏はバイデン親子を犯罪者扱いして、選挙戦で批判を繰り返すだろう。
2016年大統領選挙で、民主党候補だったヒラリー・クリントン元国務長官が、長官時代も私用メールアカウントを使い続けたことで、国家機密が漏えいした可能性があったとして「投獄するべきだ」と繰り返していたのと同様に。
FBIは漏えいした事実はないと結論づけたが、クリントン氏は選挙戦敗北の理由にメール問題があったと後に分析している。
(文・津山恵子)