回転ずし大手は商機をうかがっている。
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言わずと知れた和食の代表、すしはニューヨークでも大人気だ。日本人以外が経営する店も増え、味は玉石混交の激戦区となっている。
しかし、なぜか主戦場となるマンハッタンには回転ずしの店はゼロ。ロンドンやロサンゼルスなど世界中の大都市で「kaiten sushi」として親しまれている中、異例の空白地帯となっている。
マンハッタンのすし店の皿が回らないのはなぜか。高い家賃と人件費という2つのハードルが、「低単価で大量集客」の回転ずしのビジネスモデルとは相容れず、過去にも出店しては数年で閉じるという歴史を繰り返してきた。
ただITを取り入れたレールなどの省力化が進めば、回転ずし店が一気に普及する可能性も秘める。回転ずしにとってマンハッタンは鬼門か、それともブルーオーシャンか。
回転ずし大手は商機をうかがっている。
すし産業の伸びは回転ずしがけん引
ニューヨーク・マンハッタン区中部にある最大の繁華街、タイムズスクエアの様子。
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ニューヨーク市保健精神衛生局のウェブサイトによると、市内にある2万6000超の飲食店のうち、約1万6000がマンハッタン区に集中している。
このうち「Sushi」で検索するとヒットするのは339店(9月18日現在)。市全体で1000以上ある「Pizza」や約600の「Sandwiches」にはかなわないが、約80の「Steak」を凌ぎ、346の「Burger」に肉薄する。すし文化は確実に根付いているようで、全体の半分近い160店はマンハッタンにある。
しかし他の大都市と違って、ニューヨークでは回転ずしの店を見かけない。ことマンハッタンに関しては1軒もないと言われている。
外食産業で回転ずしは有力な市場だ。調査会社の富士経済(東京)によると、2017年に前年比1.3%増の約1兆6912億円だったすし産業、そのけん引役となった回転ずしは4.5%増の6325億円を占めた。
最大手のスシローや2位のくら寿司などはさらに出店攻勢を強めており、国内の外食業界が飽和状態にある中、回転ずし店の市場規模は拡大傾向が続くとみられる。富士経済は「回転ずしが上位チェーンを中心とした積極的な出店により好調なため、(すし全体の)市場は緩やかに拡大している」と説明する。
ただ各社がより力を入れているのは、成長が見込める海外市場だ。旺盛な需要のアジアに加え、北米も有望視されている。8月にくら寿司の米子会社がナスダックに上場したのも、その期待の表れだ。
わずか1年で閉店した回転ずしも
これまでマンハッタンに回転ずしの出店やその機運がなかったわけではない。2016年3月にグランド・セントラル駅で開かれた日本の観光PRイベントで、目玉として登場した回転ずしは耳目を集めた。回るおすしを初めて見るニューヨーカーも多かったようで、主催した日本政府観光局(JNTO)も手応えを得ていた。
グランド・セントラル駅のイベントに登場した回転ずしは、好評を博したのだが……。
提供:JNTO
だが商業ベースでうまくいくかどうかは別の話だ。これまでマンハッタンに進出した回転ずし店は数えるほどで、いずれも短命に終わっているようだ。直近では、イギリスの回転ずしチェーン「Yo!」が2017年にオープンしたものの、わずか1年ほどで閉店した。
客単価が最も安い回転ずし
YO!の閉店理由をひもといていくと、マンハッタンの回転ずし不在の理由が浮かび上がってくる。
YO!は閉店直前の2017年11月、カナダのすしチェーン大手のBento Sushiを1億カナダドル(約7800万ドル)で買収した。Bento Sushiはキオスクやスーパー内など600の場所でパッケージされたすしを販売、「持ち帰り」需要を掘り起こし、アメリカでも支持されていた。
Bentoを傘下に加えたYO!は「日系を除き、世界最大規模のすしチェーンになった」と強調している。
担当者は、この買収により店舗戦略を変えたと説明する。「マンハッタンにすでに4店あるBentoの確立された地位を最大限生かすことにした」という。
Yo!の戦略変更は、客単価の観点からは合理的に映る。厚生労働省のデータによると、すし店を「一般店」「回転ずし店」「持ち帰り・宅配専門店」の3つに分類した場合、客単価はそれぞれ3941.4円、1495.9円、2880.0円となり、回転ずしが最安なのだ。
2018年「飲食店営業(すし店)の実態と経営改善の方策(抄)」より
この数値は日本国内のものだが、傾向としては海外も同様のようだ。
特にマンハッタンでは、いくつものすし店がミシュランの星を獲得しており、「omakase」として定着したコースは1人100ドル前後がざら。300ドルするコースも珍しくない。「一般店」が最も高いのはうなずける。
それなら回転ずしはどんな地域が適しているのか。
現在マンハッタンの近くで営業中の回転ずし店は知り得る限り、川を隔てたクイーンズ区の大型商業施設内にある「Kido Sushi」や、隣のニュージャージー州にある「East Restaurant」だ。いずれもマンハッタンの中心街から10キロ以上離れ、回転ずしの出店先として選ばれやすい「郊外」に立地。中心価格帯は1皿5ドル前後と一般的な日本の回転ずし店よりも高い。
NY市のクイーンズ区エルムハーストの商業施設にある「Kido Sushi」。
撮影:南龍太
マンハッタンは世界屈指の高い地価と上昇を続ける賃金という、ビジネスをする上では悪条件が重なる。1皿の価格を一段と高く設定しないと利益が出ない。大量集客による薄利多売がビジネスモデルの回転ずしは、最も根付きにくい土地柄と言えそうだ。
くら寿司のアメリカ出店戦略
ナスダック上場を記念し、記念撮影をするくら寿司の田中邦彦社長(右)と米子会社の姥一CEO。
撮影:南龍太
8月に米ナスダック市場に上場を果たしたくら寿司は全米展開を狙っている。市場としては全米に300店近く展開できるポテンシャルがあるとのデータを示し、展開を加速させていく構えだ。
創業者の田中邦彦社長は、「条件が整えばマンハッタンにも出したい」と意気込みを示し、子会社の姥一(うば・はじめ)CEOもマンハッタンを何度も視察し、物件の検討を重ねてきたと明かした。
ただ、両氏とも「家賃が桁違いに高い」と口を揃え、「知名度を上げるという意味ではいいが、採算性は疑問。マンハッタンからスタートして店舗を広げ、採算がとれなくて閉店という例は数え出したらきりがない」(姥氏)と出店の難しさをにじませた。
「アメリカの大部分の都市はマンハッタンとは違う、いわゆる地方都市。そこで、成功することが全米展開をしていくうえで一番必要」(姥氏)
くら寿司はマンハッタン進出への布石として、年内にニュージャージー州フォートリーへの出店を計画している。姥氏は「ハドソン川を渡るとすぐマンハッタン。東海岸の本格的な1号店としてどういった反応が見られるのか非常に楽しみ」と話す。
スシローは新ブランドでも失敗
一方、業界最大手のスシローも海外展開を加速させ、2020年度以降に北米への出店を模索する。
実はスシローは2015年以降、マンハッタンに2店出したが、2016年にいずれも閉店した経緯がある。その際は回転ずしではなく、「SUSHIRO SEASONAL KITCHEN」との新ブランドで、持ち帰り用のすしやラーメンも提供していた。
業態を変えてまで臨んだにもかかわらず撤退した結果を、再進出にどう生かすのか。
回転ずしは、元禄寿司(東大阪市)が「すしをより大衆的な食文化にしたい」と1958年に導入したのが最初とされる。現在はICチップを皿に組み込んだ自動化、省力化が当たり前となり、そこから得られたビッグデータに基づいて客が取りそうなネタを選別してレーンに流すといった取り組みも進んでいる。
こうしたテクノロジーがマンハッタンの悪条件を克服することを後押しするのだろうか。各社の挑戦は続いている。
南龍太:東京外国語大学ペルシア語専攻卒。政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者。経済部で主にエネルギー分野を担当。現在ニューヨークで移民・外国人、エネルギー、テクノロジーなどを中心に取材。著書に『エネルギー業界大研究』。秋に「電子部品業界大研究」を出版予定。