大臣就任後の言動に対して批判が集中している小泉環境相だが……。
REUTERS/Issei Kato
閣僚として初の外遊、しかも環境問題で各国首脳が集まる気候行動サミットでの言動が、国内外で波紋を広げた小泉進次郎環境相。
ただ不思議なのは、こうした閣僚の記者会見の場合、想定される質問に対する「模範回答」は必ず周到に用意されるのが常で、大臣も頭に入れて臨むはずなのに、なぜあんな“失態”につながってしまったか、ということだ。
本来あったはずの官僚作の想定問答はどういったものだったのか。類例などを踏まえて検証した。
最適を考えて沈黙
帰国して最初の10月1日の閣議後記者会見では、石炭火力を「減らす」と答えた後に具体策を問われてしばし沈黙した、訪米中の海外メディアとのやり取りに関し、質問が飛んだ。
小泉氏は沈黙の真意を問われると、「(気候変動問題に関する)国際社会の受け止めと国内の相当なギャップを痛感した。その中で、石炭についても国内と国際は相当違う。そういうことを鑑みた時に、どういう答えをすることが最適なのか、考えた結果」と答えた。
分かるような分からないような説明だが、そもそも世界の潮流と日本のスタンスにギャップがあるのは今に始まったことではない。欧州諸国を中心に石炭火力の段階的な全廃を表明する中、日本はその計画を示すどころか、設備の高効率化を掲げ、その技術をアジアなど海外に売り込もうとさえしているからだ。
東京電力福島第1原発事故の起きた2011年3月以降、全国的に火力発電の需要が高まり、中でも安定して安価に調達できる石炭は、重要な燃料と位置付けられてきた。
海外メディアから、世界と逆行する日本のエネルギー政策に高い関心が寄せられるのは想像に難くなく、「今後半年、1年でどうやって石炭火力を削減していくか」との質問は、最も予想しやすいものだった。
それに対し、「減らす」とだけ答え、後が続かなかったことは明らかに担当大臣としての資質を疑われても仕方がなかった。
100ページに膨れ上がる事前資料
全世界で400万人が参加したと言われるグローバル気候マーチ。写真は9月20日、ニューヨーク。
撮影:南龍太
筆者は2010〜2011年に経済産業省に勤務していた。そこでの体験から言えば、官僚はこういう大臣会見を前に、周到すぎるほどの準備をする。
官庁にせよ企業にせよ、記者会見や要人会談に備え、発言要領や想定問答を用意しておくのは基本中の基本だ。特に閣僚の海外出張となれば、全省を挙げて資料の精度を高め、完璧に仕上げる。それぞれの会談や会見のテーマごとに、「原課」と呼ばれる担当の課・室が中心となり「大臣に何をしゃべってもらうか」に心血を注ぐのが習わしだ。
それらは時に数十ページに及び、加えて出張の旅程表や会談相手の略歴などをまとめた通称「ロジサブブック」は、100ページ前後に膨れ上がることもある。
想定問答で「ワンワード」はあり得ない
経産省時代の経験と記憶をもとに想定問答集のサンプルを作成してみた。実際に使われたものではなく、あくまでイメージだが、「(冒頭発言→)テーマ=想定の問→答+参考→更問→答」といった大まかな構成は全省庁で似通っているはずだ。
「更問」(さらとい)は役所の専門用語で、問に答えた後に追加でなされる関連の質問のことを指す。「念には念を」、「大は小を兼ねる」とばかりに、将棋で先々の手を読むように「更問3」、「更問5」と回答集を用意しておくのが通例だ。官僚にとって最もやっていけないことの1つは、大臣が会見で返答に窮し、恥をかかせてしまうこととされているためだ。
サンプルに例の訪米中の記者会見のやり取りを当てはめれば、
- テーマ=想定の問:日本の石炭火力政策について
- 更問1=日本の今後の削減方針は?
- 更問2=具体的にどう取り組むのか?
といった具合になる。そうした問いを見越し、官僚は知恵を結集して「最適解」を段取りする。
筆者の経産省時代の経験などを元に作成した大臣会見での想定問答のサンプル。
作成:南龍太
想定問答は例えば、「問は枠で囲んで3行以内」「文字の大きさは18pt.」「参考の文字は16pt.」「答は数字の後に『.』(ポツ)を入れる」など、細かく「お作法」が決まっている。これらは各省庁で異なり、大臣や幹部らの意向で変わり得るものの、平の職員が独断で変えるのはご法度だ。
厳格なルールに従って想定問答や発言要領をこしらえ、外遊前、分刻みのスケジュールで動く大臣の予定を押さえ、幹部らが大臣室に入ってレク(出張の趣旨などの説明)を行い、勘所をインプットする。
刻々と変わる情勢を受け、出張直前に資料が差し替わることもしばしばだ。ぎりぎりまで調整し、準備万端で国際会議や要人会談に臨んでもらう。その一連の作業をそつなくこなすことが、官僚の使命の1つと言える。
そうした官僚機構の慣行に照らせば、「日本の石炭火力政策の展望」について問われて「減らします。以上」という回答例を、小泉氏にインプットしていたとは到底考えられない。恐らく整然とした、ややもするとお堅い回答が用意されていたと推察される。
積極姿勢があだに?
9月下旬にニューヨークで開かれた気候行動サミット。日本は「環境後進国」として登壇の機会すらなかった。
REUTERS/Lucas Jackson
小泉氏は想定問答をないがしろにしたのか。どうもそういうことでもなさそうだ。
9月11日の大臣就任の会見では、「すごい優秀な環境省の職員の皆さんがいますから。今日1日だってこれだけ(知識を)叩き込んでくれてるんですよ」と官僚を持ち上げつつ、みっちりレクを受けた様子をうかがわせていた。
その会見の席では、想定問答とおぼしき資料に時折視線を落としていた様子も確認できる。そのタイミングの多くは、記者から質問を受けている数秒の間だった。
先の海外メディアとの会見時も手元に資料はあった。就任会見との違いとしては、小泉氏は質問する外国人記者から目を反らさないようにしていた。資料にはあまり目を向けず、記者の方をじっと見つめ、自分の言葉で語ろうとしていたような印象さえ受ける。
この姿勢は、訪米中に報道陣に語っていた「英語は絶対話せなきゃいけない。通訳がいるということだけで、もうあの(国連の)場で勝負にならない」との考え方に通ずるものがある。
就任会見では「とにかく手を挙げて言わなきゃいけない」ような積極性を、アメリカ3年間の生活で鍛えられたと強調し、「こんなに露骨に売り込むのか」というほどに環境省の情報発信をしていく方針を示していた。
そうした気構えの小泉氏にとって「想定問答を読み上げる」という選択肢は、「Fun」でも「Cool」でも「Sexy」でもない、「つまらない受け身の大臣」という負のイメージを海外メディアに植え付けると、瞬間的に懸念したのかもしれない。
通訳にも、想定問答にも頼らないといった姿勢をアピールしたかったように映る。
ともあれ、結果的に沈黙が流れ、批判される事態に至った。
小泉氏は「不用意に言うことの方が、私は問題だと思っている」として沈黙は必要な間だったとの認識を示したが、「1日で多くの知識を叩き込んでくれる優秀な環境省官僚」たちは、「大臣が不用意な発言をしないよう、自分たちは用意していたのに……」とぼやいているにちがいない。
次なる舞台はCOP25
「何をやっても批判は必ずある。いろんな声を受け止めて、その批判を糧にこれからも努力をしていきたいと思っています」
小泉氏は10月1日の閣議後会見でそう前向きに語った。手には厚みのある資料、想定問答も含まれていただろうか。水色の付箋がびっしりと貼られていた。
10月1日の閣議後記者会見のYouTube動画より
次の大舞台は12月、チリで開かれるCOP25(第25回国連気候変動会議)だ。
小泉氏は「COP25に向けてしっかり準備して臨んでいく」と意気込みを示し、「気候変動の取り組みと、全体のエネルギー政策について、今までのエネルギー基本計画で決まっていることも含め、どうすればより整合性が取れるか」とも述べた。
ただこの課題に対し、「国際社会にも評価してもらえる」具体策を打ち出すには、経産省をはじめとする関係省庁、機関との調整や根回し、地ならしをすぐに始めなければならない。時間は限られている。
「日本全体、世界全体としてプラスになるようにやっていきたい」と環境相としての初志を語っていた小泉氏。初外遊の教訓も踏まえて言葉を行動で示せるか、当面はCOP25に向け、手腕が試される日々が続く。
南龍太:東京外国語大学ペルシア語専攻卒。政府系エネルギー機関から経済産業省資源エネルギー庁出向を経て、共同通信社記者。経済部で主にエネルギー分野を担当。現在ニューヨークで移民・外国人、エネルギー、テクノロジーなどを中心に取材。著書に『エネルギー業界大研究』『電子部品業界大研究』。