スピリチュアルで、近づきづらい。マインドフルネスといえば、そんなイメージを持つ人も多いかもしれない ── だが、そんな時代も終わりに近づいている。
今やマインドフルネスは、最先端のテクノロジーとともに進化する一大産業となっている。
チョコレートにビールヨガ、食事瞑想も
オーストラリア・メルボルンで行われた「ビールヨガ」のようす。
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雑念を持たず、今の自分に思いを馳せる。その状態とそれを目指す行為のことをマインドフルネスという。
はじまりは、マサチューセッツ大学医学校名誉教授のジョン・カバット・ジン(Jon Kabat-Zinn)博士が瞑想(マインドフルネス)を医療に取り入れたことだった。2010年代に入るとアップルやグーグルといった企業が社員研修に瞑想を活用するようになり、テクノロジーやビジネスとの融合が進んでいった。
瞑想といえばあぐらをかいた状態をイメージするかもしれないが、実はこのスタイルにこだわる必要は全くない。
シリコンバレーでは食事をとりながら瞑想したり、チョコレートをゆっくりと食べる「チョコレート瞑想」、ビールを飲みながらヨガをする「ビールヨガ」まで、日常生活のなかでマインドフルネスを行うことも珍しくない。
むしろこれまでテクノロジーから一定時間離れることを目指していたマインドフルネスにも、テクノロジーの波が押し寄せている。テクノロジーを活用したマインドフルネスは「トランステック」とも呼ばれ、投資家たちの熱い視線を集めている。
90億円調達した“瞑想アプリ”も
出典:瞑想アプリのAPPより
その筆頭が瞑想アプリだ。
瞑想だけでなく、リラックス音楽などを聞くことで睡眠の質も改善できるアプリ、「Calm」は2019年2月に8800万ドル(約90億円)を調達して注目を集めた。
他にも、初心者向けの瞑想アプリ「Headspace」が今までに総額7500万ドル(約80億円)を調達したのを皮切りに、他のユーザーと一緒にリアルタイムで瞑想できる“ライブ瞑想アプリ”「Journey LIVE」は2019年5月に240万ドル(約2億6000万円)を調達。
可愛らしいキャラクターが印象的な瞑想アプリ「Headspace」。
動画:Headspace
1日5分程度でできる瞑想のクラスを1500以上も揃えるアプリ「Simple Habit」も2018年に1000万ドル(約11億円)を調達していることからも、ここ1〜2年の間にトランステックの投資は過熱していることがわかる。
特徴的なのが、トランステック領域に惹きつけられる人々には、テック系出身の人材だけでなくハリウッドセレブも多いことだ。
人気司会者のライアン・シークレストや俳優のジェシカ・アルバ、ジャレッド・レトはHeadspaceに投資しており、投資家としても知られる俳優のアシュトン・カッチャーが率いるベンチャーキャピタル、Sound VenturesはCalmの投資家として名を連ねている。
ゴールドマン・サックスの福利厚生にも
瞑想アプリ「Headspace」は、ゴールドマン・サックスの従業員向けの福利厚生として使用が推奨されるアプリでもある。同アプリは3〜10分ほどの短時間で、ユーザーのニーズにあったマインドフルネスを得られるというもの。
同社では一対一のコーチングを含むマインドフルネス講習も実施している。この導入もあり、同社はFortune誌が選出する2014年の「最も働きがいのある企業」として、前年の90位から45位へと大躍進した。
トランステックの波は日本にも起き始めている。名刺管理アプリのSansan、フリマアプリのメルカリといった企業が福利厚生の一環としてマインドフルネスを導入している。
脳神経を刺激するテクノロジー
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今までトランステックといえば、瞑想やコーチングをアプリで管理することが中心だった。
次のイノベーションは、体に直接刺激を与えることでマインドフルネスと同等の効果を得られるテクノロジーだと期待されている ── 例えば、以下のような効果だ。
- ストレス軽減
- 病気に対処する能力を高める
- 回復の促進
- うつ症状の軽減
- 一般的な健康状態の改善
効果的にマインドフルネスの状態に達することができるとして今注目されているのが、脳神経のひとつ「迷走神経」を刺激するテクノロジーだ。
シリコンバレーで開催されているトランステック・カンファレンス(Transformative Technology Conference)でサウスカロライナ医科大学のバシャー・バドラン(Bashar Badran)博士が話すところによると、
「(迷走神経に)刺激を与えることで、ありとあらゆる健康面での効果が期待できる」
迷走神経は脳神経でありながら全身に張り巡らされており、この迷走神経を刺激する電極を胸に埋め込む技術はすでに実用化もされ、てんかん等に効果的だとする研究も発表されている。
しかし、手術費用として約500万円がかかり、電池の寿命(5年)や故障した場合には装置を取り替える必要があるなど、課題も抱えている。
そこで開発されたのがイヤホン型デバイスだ。
バシャー博士がアドバイザーを務める企業「eQuality」では、イヤホンから電気を流すことで迷走神経を刺激できる。これだけで瞑想と同じように簡単に心を穏やかにすることができるという。
また、耳にクリップから電気を流し、わずか20分で大幅な不安の緩和や睡眠の改善が見られる「Alpha-Stim」など、あたらしいデバイスの開発も進んでいる。
他にも、細胞に赤外線を当てることで、エネルギーをチャージできるという観点から作られたVieLight社の「NeuroGamma」もある。このデバイスにより酸素を効率よく取り入れることができ、細胞の修復や能力拡張に効果が見られるという。
瞑想テックからブレインテックへ
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さらに瞑想に深い関連をもつ脳の深い部分に直接刺激を与えるために登場したのが、超音波のテクノロジーだ。
例えば、MRIヘッドセットを付けて脳内の血流の流れを計測し、超音波を届ける箇所を特定し、超音波を送る。そうすることで、雑念を抑えて目の前のタスクに集中できるようになるという。
ソフィア大学のジェフェリー・マーティン(Jeffery Martin)教授は「わずか数分で深い瞑想状態に入れた。しかも、今まで到達したことのないレベルにまで達することができた」と述べている。
脳に電極を埋めるようなブレインテックはいまだ倫理的な問題も抱えているが、今後少しずつ一般的になると言われている。
こうしたテクノロジーの進歩により、人々はより“効率的”“生産的”にリラックスできるようになるはず ── ただ、それが人生の満足度を高めることにつながるかは、未知数だ。
(文・datavase.io、編集・西山里緒)