それでも中国が香港を必要とするワケ。深センでは「国際金融センター」の代わりにはならない

香港デモ

香港のデモで、警官に高校生が銃撃された翌日。高校生など若者たちは抗議するメッセージを掲げでデモに参加した。

REUTERS/Jorge Silva

香港で続くデモの最中に、警官が男子高校生の胸を実弾で撃った事件は、中国建国70周年(10月1日)の祝賀ムードを吹き飛ばした。銃撃への香港市民の反発は一層強まり、米中対立も巻き込みながら出口の見えない混乱が続く。

「中華民族の偉大な復興」の足を引っ張りかねない香港は、北京にとって「厄介者」に映るかもしれないがそれは違う。中国にとって香港の地位の重要性に変化はない。

議会突入から一変したデモ

ここ2、3年、中国各地で目に見える変化がでてきた。社会を覆っていたどこかギスギスした空気が薄れ、カドがとれて落ち着きが出てきた。北京や上海はもちろん、内陸部や地方都市でもそうだ。入国管理官や税関職員も「ニーハオ」と向こうから声をかけ、対応はずいぶん丁寧になった。豊かになり、社会が安定し、「ゆとり」がでてきたのだろう。

それとは対照的なのが香港である。不満や怒りが充満している。「逃亡犯条例」改正案に反対する6月9日の100万人デモ(主催者発表)に始まった大規模行動は、4カ月目に入った。

最初は平和的だったデモは7月1日の「香港返還22周年」で、一部が香港立法会(議会)に突入し、様相は一変した。警察による暴力的取り締まりへの反発も手伝い、空港占拠から地下鉄の運行妨害、道路のバリケード封鎖、投石に火炎瓶など暴力化している。行政長官は9月4日、「逃亡犯条例」改正案撤回という譲歩をみせたが、デモは収まらない。

政治に目覚めた香港人

香港雨傘運動

経済都市・香港の人々が政治に目覚めたのは、中国へ返還された後だ。それが2014年の雨傘運動と今回のデモにつながっている。

Getty Images/Paula Bronstein

1980年代に香港特派員をしていたころ、私は香港人を典型的な「経済動物」ではないかと見ていた。99年に及ぶイギリス植民地時代、香港には民主はもちろん政治のない世界だった。

その代わり自由放任主義(レッセフェール政策)の下で自由な経済活動が保証され、国際金融センターに成長した。戦乱と革命の歴史を繰り返す中国では、「国家」や「政治」と距離を置く人が多い。経済利益と合理性によってのみ動く「経済動物」の典型を、香港人の姿に見たのだった。

しかし、そんな見立ては見事に外れた。

香港返還(1997年)から22年。かつて政治のなかった世界に、次々と政治が入ってきた。2003年、国家分裂行為を禁じる「国家安全条例」に反対する50万人デモが起き、香港政府は白紙撤回。2011年には「愛国教育」に反対する生徒の大規模デモで、香港政府はまた撤回に追い込まれた。それが2014年の「雨傘運動」と今回のデモにつながる。

香港人は政治に目覚めた「政治動物」へと変身した。「経済合理性」というモノサシだけからデモを判断し展望すると誤ることに気付いた。

「死なばもろとも」の捨て身作戦

香港の林行政長官

香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官はデモのきっかけになった逃亡犯条例を撤回したが、市民や学生から突きつけられているそのほかの要求に対しては応じていない。

REUTERS/Jorge Silva

北京と香港政府にとって頭が痛いのは、デモが経済要求など条件闘争ではなく、「体制選択」を迫っていることだ。今回のデモの最終的な要求は「行政長官の普通選挙」。選挙システムを変えるには、中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が承認しなければならない。その可能性はゼロに等しい。

香港問題が専門の倉田徹・立教大教授は「実現困難な要求を政府に呑ませるには行動をエスカレートさせ、強い圧力を政府に与えるしかない」(「外交」Vol57)ことが、暴力化の背景と分析している。

デモ側は「国際金融センター」としての香港の地位を破壊することで、香港の親中派既得層や北京政府へ打撃を与えることを狙っており、同氏はそれを「死なばもろとも」の捨て身作戦とみる。

「自傷行為」とすらいえる戦術。香港の景気が後退しようが、不動産価格を暴落させても構わない。むしろアメリカをはじめとする国際世論を巻き込んで、米中貿易戦によって景気減速が目立ち始めた中国経済に打撃を与えるのも厭わない。

無謀のように見えるが、1960年代末の日本の「新左翼運動」にも同様の論理から運動を突き動かした例はある。民衆が飢えれば、革命に立ち上がるという「窮乏革命論」や、当局側に暴力的対応を誘発させれば、民衆が覚醒するとの論理に通じるものがある。

デモ制圧のため「天安門事件」と同様、武力行使するのを半ば期待するSNSの書き込みもあった。もちろん主流民意ではない。しかしデモの暴力を非難する声が多くないもの事実である。

中国の武力制圧はない

中国武装警察

中国政府は深センに武装警察を集結させた映像を拡散させ、香港に対する武力介入の可能性をちらつかせた。

REUTERS/Thomas Peter

高校生銃撃で新ステージに入った香港問題で、中国はどう対応するのか。

新華社通信は10月1日、「黒服の暴徒」は香港にとって「最大のテロの脅威」と断じ、「いまや狂乱に近づいた。このまま暴力を容認するなら、香港を必然的に零落に陥れる」とし、警察の厳正な法執行を支持すると強調した。

香港紙「星島日報」は、デモがさらに過激化すれば香港政府は「夜間外出禁止令」の発動を検討すると伝えている。場合によっては、戒厳令に近い「緊急状況規則条例」を発動し、抗議活動の参加者がマスクなどで顔を覆うのを禁じる措置に出ると伝える地元メディアもある。

しかし、北京が武力制圧に出る可能性は極めて低い。傷ついたとはいえ「一国二制度」の基本は維持しなければならない。「港人治港」(香港人による香港統治)を守る上でも、香港当局による取り締まりにまかせるはずだ。その視線の先には台湾統一もある。

深センでは代替できず

深セン

最先端のテクノロジー企業が集積する深セン市でも、香港の代わりを務めることはできないという。

Yik Fei/Getty Images

最大の理由は、「国際金融センター」としての香港の地位維持にある。

香港の経済規模は2018年、中国大陸の2.7%程度と1997年の18.4%から低下している。しかし、「表現の自由」や「独立した司法」が保証する「国際金融センター」としての地位は、中国の発展にとって「代替は効かない」。

それを示す数字を挙げる。

  1. アメリカの「香港政策法」(1992年成立)は、中国製品に課している関税を香港には適用しない優遇措置。これを見直されると中国経済に打撃。
  2. 中国は香港の通貨、株式、債券市場を利用して外国資金を呼び込んでいる。外国企業も香港を中国大陸に進出する足掛かりにしている。外国から中国への直接投資の大半は香港経由。
  3. 中国の資金調達も香港を通じている。新規株式公開による資金調達の半分は、香港市場に上場した企業を通じている。
  4. 大陸の学者・研究者の論文や文学・小説は香港と台湾で出版するケースが多い。大陸で出版するには政治的検閲のハードルが高いからである。

「ハイテクセンター」として急成長する隣の深センの重要度は増しているが、金融自由化は遅れ、香港の代替はできない。

米中関係にシンクロ

一党独裁の正当性は、経済成長による国民生活向上と富裕化によって保証されている。経済落ち込みから、国民生活にしわ寄せが及べば、経済・社会の安定は失われ、政治の不安定に連動していく。

アメリカ議会の上下両院外交委員会は、中国が香港に保証する高度の自治を守っているかどうかを国務省に毎年検証するよう求める「香港人権民主法案」を可決、早ければ10月中に成立の見通し。

香港問題は、まさに米中関係とシンクロしている。習近平・国家主席は建国70周年の演説で「いかなる勢力も偉大な祖国の地位を揺るがし、中国人民の前進を妨げることはできない」と述べた。アメリカに向けた発言だ。

香港問題という中国内政へのアメリカ介入は容認できないが、米中関係を安定させなければ、経済発展に悪影響が出る。「経済動物」の「政治動物」への変身。

それは香港人だけの話ではない。デモが北京に与える「啓示」である。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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