日本人はなぜ変化を好まないの?変わることを前提にした仕事の「引き継ぎ」とは

ビジネス環境の変化が加速すれば、私たちは次々に新しい手を打つ必要があります。新しいことに取り組むには、それまで取り組んできたものを手放すことを迫られる場合もあるでしょう。その意味で、今後は一層「引き継ぎ」の機会が増えていくかもしれません。

「引き継ぎ」と聞いて、皆さんはどんなイメージをもつでしょうか。手塩にかけて育ててきたものを手放すことに、心理的な抵抗を覚える人、あるいは、たくさんの資料を用意しなければならない面倒なものと捉えている人もいるかもしれません。

なにをどう引き継げば、シームレスで理想的な引き継ぎができるのでしょうか。今回は、理想的な引き継ぎのあり方について考えたいと思います。

お話を伺った安藤知子さんは、日米欧の企業で通算26年にわたって、マーケティングや人事、マネジメントに関わり、現在はエグゼクティブ・コーチやHRコンサルタントを務めている人物。

ほかに、社外メンターを派遣するMentor For(旧・育キャリカレッジ)という組織のチーフメンターという立場から、女性のキャリア支援の活動も行っており、そのキャリアを通じて、さまざまな企業文化の中で引き継ぎを経験してきているはずです。

安藤さんは、「日本人は変わらないために引き継ぎをするけれども、その常識を改めてみてもいいのではないか」と提言します。引き継ぎを「引き継ぐ側と、引き継がれる側による、未来創造に向けた共同作業の場」と再定義する安藤さんに、変化が求められる時代における、理想的な引き継ぎのあり方をテーマに語っていただきました。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

PROFILE

安藤知子:エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント

日米欧の企業でマーケティング、人事、マネジメントを経験。現在はエグゼクティブ・コーチ、HRコンサルタント、日本企業の社外取締役を勤める。女性のキャリア支援のために社外メンターを派遣するMentor Forの顧問、チーフメンターとしても活動。より多様性豊かな社会に向かう進化の「刺激剤」の一つになることを目指している。

引き継ぎはその人の「仕事への姿勢」が表れるタスク

——今回は「理想的な引き継ぎのあり方」というテーマでお話を伺いたいと思っています。

正直に言って、これまであまり深く考えたことのないテーマだったので、最初にお話をいただいた時には「え? なぜ私にこのテーマ?」と戸惑いました。でも、この機会にあらためて引き継ぎというものについて自分なりに考えてみたんです。そうしたら、ああ、たしかにおもしろいテーマなのかもしれないな、と。

一番最初に「おもしろい」と思ったのは、引き継ぎは、その人の「仕事に対する考え方」や「他者に対する考え方」がものすごく表現されるタスクだな、というところです。言葉を変えると、その人の思考回路がすべて表れるタスクだと思いました。

——どういう意味ですか?

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

引き継ぎは、自分がそれまでやってきた仕事を、それをまだやったことのない人に対して説明する機会です。だからまず、自分がその仕事をどう捉えているかが、そのまま出てくるはずです。

また、「伝える」という行為を通じて、その人が他者をどう理解しているかも表れると思います。人はなかなか他者の視点には立てないものですが、それができる人なのかどうか。相手がなにを分かっていて、なにを分かっていないのかに想像力を働かせられる人なのかどうかが問われるタスクだと思います。

そういう意味で、引き継ぎというのはとても興味深いテーマだなと思いました。ところが、大切なタスクではあるはずなのに、正しい引き継ぎの仕方というのは、実はあまり世の中に出回っていない。今回取材を受けるにあたり、少しWebで検索もしてみましたが、引き継ぎ書の作り方といったノウハウ的なものばかりが目につきました。おそらく、とても属人的に行われているタスクでもあるのではないかと思います。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

——なぜ、これまで語られてこなかったんでしょうか?

それは私にも分かりませんが、仕事は基本的にはすべて違うものだし、引き継ぐ人も、引き継がれる人もその都度違うので、なかなかスタンダライズしづらいところがあるのかもしれません。

加えて、日本企業では、あまり人が辞めない前提に立っているように思います。私は新卒で日本企業を経験した後は、最近まで外資の企業で働いてきましたので、まだ想像の範囲なのですが、異動も基本的には計画的に行われるので、引き継ぎのための時間がそれなりに十分に確保されているのだろうと思います。あるいは、一緒に仕事をする中で「見て覚える」ことを良しとする文化もあるので、あえてピックアップする必要性がなかったのかもしれない。

一方、外資では組織や人の変化がより頻繁に起こりますし、対面でじっくりと引き継ぎができるケースは必ずしも多くないような気がします。私自身も、着任した時にはすでに前任者がいないということを経験したことがあります。仮に前任者がいたとしても「ここに資料があるんで、あとは読んでおいてください」「え?これだけ?」という感じのこともありました。

これはあとで詳しくお話しすることになると思いますが、そもそも日本企業と欧米企業では、引き継ぎに対する考え方が根本から違う気がしています。なので、それぞれで事情は違うのですが、いずれにしろ、引き継ぎについてしっかりと語られる機会が、今まではあまりなかったのではないかと想像します。

Howの引き継ぎ、Whatの引き継ぎ

今の話にも通じますが、私の周りで起きているケースを見ていても、引き継ぎというのは、なんとなく両極端になることが多い気がしていて……。

——どういうことでしょうか。

ひとつは、ものすごく細かなディテールにまで落とし込んだ、マニュアル中心主義的な引き継ぎ。タスク・オリエンテッドというか、これをやって、次にこれをやって……という、すごく細かいものです。

もうひとつは、先ほど私自身の経験としてお話したような、丸投げに感じるような引き継ぎ。「資料はここにありますから、見て分からないことがあったら聞いてください」というような。「おいおい、こっちはなにが分からないかも分からないんだよ」という感じなんですけども。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

で、この違いはどこから来るのだろうかと考えていくと、Howにフォーカスしているか、Whatにフォーカスしているかの違いとして整理できるのではないかと思いました。

Howにフォーカスした引き継ぎというのが、タスク、プロセス、システムなどを重んじるマニュアル的なやり方。一方、Whatにフォーカスした引き継ぎというのが、「このポジションに求められている期待値はこれです」とだけ伝えて、「具体的なやり方=Howは、責任者であるあなたが考えて進めてください」というやり方のことです。

日本と海外、どちらがいいという話がしたいわけではありませんし、そもそも日本と海外という区分けそのものも妥当ではないと感じるのですが、あえて単純化させていただくと、日本社会で一般的に行われている引き継ぎは、Howにフォーカスしたものである気がします。そして、そうした違いが表れるのは、文化的背景の違いがあるからではないか、と。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

私たち日本人には、プロセスとか制度とか、いわゆる型から入ることを好む文化があります。働き方改革に関する議論を聞いていても、毎日、制度化や義務化という言葉をニュースで耳にしますよね。このように、日本では制度化・プロセス化・見える化といったことがものすごく大切にされる。また、そのことによってここまで発展してきたという、成功体験をもっています。

それに対して外資、あくまで一例ですが、私の前職の企業では、制度化、義務化というのは、あまり好まれない言葉でした。そこまで制度重視になってしまうと、誰がやっても同じことになってしまって、結果として個人の強みや個性が活かされない。それではつまらないのではないか、と考える傾向がありました。

——型に嵌めるのを嫌った結果、物事が効率的に進まない、といったデメリットもあるのでは?

おっしゃる通り、私からすると「最初から分かりやすくしておけば、そんなに無駄なエネルギーを使わなくても済むのでは」と映ることも度々ありました。でも、同時に個性を活かすとはこういうことなのかと学んだ貴重な機会でもありました。だから、繰り返しになりますが、これはどちらがいいという話ではないんです。

おそらくHowとWhatというのは、どちらか一方でいいというものではなく、両方必要なものなのだろうと思います。伝えなければならないHowもあれば、伝えなければならないWhatもありますよね。

ここで私が一番言いたいのは、引き継ぎをする際に、そういうことをあらためて考えてみる必要もあるのではないか、ということです。そして、現状では、日本人がどちらかというとHowに寄っているとするならば、欧米の人たちの考え方に倣って、Whatを意識した引き継ぎをしてみるということも、あっていいのではないか、と。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

——安藤さんご自身は、引き継ぐ際にその二つを意識してきたということ?

それは常に意識してきたつもりです。

例えば、私の最後の仕事は人事本部長でしたが、引き継ぐべきタスク=Howは、それこそ山ほどあります。実務上必要なタスクを説明する一方で、このポジションに一番求められていること=Whatはなにか、ということをしっかりと伝えするようにしていたつもりです。この場合で言えばそれは、組織と人を未来に向けて準備すること。その上で、そこに向かっていく際にどんなチャレンジが想定され、どこにリスクがありそうかをお伝えする、というように。

そのリスクを具体的にどう回避するかのやり方は、それこそ伝えきれないくらいにたくさんありますが、どちらかというと、ビッグピクチャーのようなものからスタートし、そのために知っておいたほうがいいこともあるから伝えておくね、というスタンスでした。

変わらないための引き継ぎ、変わるための引き継ぎ

先ほどお話ししたHowにフォーカスした引き継ぎと、Whatにフォーカスした引き継ぎ、これがどういうことにつながるかと言えば、ちょっと乱暴な切り取り方かもしれませんが、まず、Howにフォーカスした引き継ぎは、変わらないための引き継ぎと言えるのではないか、と。前任者が築いてきたやり方とかスタイル、型をそのまま移行するということに重きを置いているのですから、なるべく変化が起きないようにしているのだと考えることができます。

それに対してWhatにフォーカスした引き継ぎは、変わることを前提とした引き継ぎと言えるのではないか、というのが私の考えです。変わるため、あるいは、物事はすべて変化し続けるものという認識に立っているように見えます。

——先ほど、日本はHowによる引き継ぎ、あるいは働き方全般に関しても、Howを重視するやり方でここまで成功体験を積み重ねてきたというお話がありましたが、時代が変わり、これまで通りのやり方では右肩上がりの成長が望めなくなっている今、Whatにフォーカスした「変わるための引き継ぎ」へとシフトしていく必要性がより高まっている?

そう思いますね。やはり変化がどんどん早くなっているわけだから。となるとWhat、そのポジションに求められること、その期待値だって変化していく可能性があるわけです。だから、変化を前提とした引き継ぎというものを、私たちももっと取り入れていく必要がきっとあるだろうと思います。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

これもいい悪いの話ではないのですが、日本はおそらく、そもそも変化しないことに重きを置く文化なのだと思います。ビジネスの世界においても、変化の速度が比較的ゆっくりですよね。

なぜ変化しないのかといえば、日本人には、完璧主義で、失敗したくないと考えるところが強い。例えば、プロジェクトの進め方ひとつとってみても、これから始めますという時には、おそらく3歩先、もしくはゴールまで、すべてのオプションを調べ上げてから一歩目を踏み出す、というのが日本人の典型的なプロセスマネジメントだと思います。

それに対して、ざっくりとしたくくりではありますが、欧米の人たちは、とりあえず一歩動くんです。動きながら次を考える。一歩踏み出してみて、「うーん」と言いながらも、じゃあ次はこうしようか、と進んでいく。

そういった意味で、日本人は欧米人と比べて、変化に対してものすごく慎重です。そういう背景もあって、引き継ぎの際にも、日本人の場合は変化しないための引き継ぎという側面がすごく前面に立っているのだと思います。

でも、見方を変えれば、引き継ぎというのは大きく変化するチャンスでもあるはずです。もちろん、一人の人が担当し続けている間であっても、変化は必要なものだと思いますが、人が変わった時というのは、そこからさらに大きく変化を促進させることができるチャンスと捉えることができますよね。

——変化をリスクとしてではなく、チャンスとして見る。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

もちろんリスクだってあるんですけど、リスクとチャンスなんて、ぴったりとくっついているコインの裏表のようなものじゃないですか。

日本人はどうしてもリスクサイドを見がちな国民性にある。まあ、これだけ自然災害の多い国ですから、それも大切な視点ではあるのですが。でも、欧米の人たちの、同じ物事をチャンスサイドから見るところにもう少し学んで、変化をポジティブに捉える視点を持ってもいいのではないかと思います。

そして、そう考えれば、引き継ぎのあり方も少し変わってくるのではないか、と。Howよりは、まずはWhatを伝えるということになるだろうし、同じHowを伝えるにしても、変化を続けていくために必要な情報・知恵はなにか、という観点になるのではないか。そういう発想があってもいいのかな、と思います。

未来を創造するための共同作業の場に

さらに言えば、これはちょっと理想論のようになってしまうかもしれないですが、ワンウェイじゃない引き継ぎというのもあり得るのではないか、と。

——ワンウェイじゃない引き継ぎ。

これまでの引き継ぎは、前任者が後任者に教えるという形で、流れが一方通行な気がします。でも、変化のための引き継ぎという観点で言えば、もっと共同作業的であってもいいのではないかということ。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

例えば、3年後、5年後というスパンで物事を考えたならば、前任者の側からは、「私がやったのはここまでだったけれども、この先にはこんなオポチュニティがあり得る」といったことを伝えられるでしょう。逆に後任者の側からも、単にHowを聞くのではなく、これからこういう未来を創っていきたい、という自分の思いから考えて、なにが必要になるだろうか、なにが障害になるのだろうかという問いを前任者に対して立てていく。そういう意味のある質問を投げかけることで、前任者の側も刺激され、思いがけないアイデアにつながることもあるでしょうし、学ぶことだってあるでしょう。

引き継ぎの場を、双方で未来を創っていくための最初のミーティングと捉えてはどうか、というのが私からの提案です。「未来創造ミーティング」とでも言いましょうか、レビューに加えて、クリエーションをする場と捉えてみたらいい。これまでは引き継ぎというと、どちらかというと双方が受け身的に捉えがちな面倒なタスクというイメージだったと思うんですが、こう考えれば、もっと楽しいものに感じられますよね?

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

もちろん、変化、変化と言いながらも、変えてはいけない部分もあるでしょう。でも、これまではどちらかというと、変えていい部分と変えてはいけない部分をあまり選別することなく、とりあえずこれまでのやり方をそのまま引き継ごうとしてきたように思います。それではあまりにもったいない。なぜって、引き継ぎは、なにを変えるべきで、なには変えてはいけないのか、それを見直すとてもいい機会でもあるからです。

私自身もそうなのですが、日本人は「引き算がすごく苦手」で、仕事を減らすことが得意ではないですよね。一回決めたプロセスを見直して、「こことここは飛ばしてもいいんじゃないか」と考えることがあまりできない。だからいろいろなものが無限に積み上がっていく傾向があるんです。働き方改革が進まない一因もそこにあるのだと思います。端折った結果、失敗するのが怖いから、それよりは残業してでもちゃんとやりたいと考える人が多い。でも、引き継ぎの度にこの積み上げの考え方を当てはめていると、引き継ぐ側はパンクしてしまいますよね。

引き継ぎというのは、本来は仕事を見直して、減らすなり、外注するなり、新たな工夫をするなど大きなチャンスなわけです。なには変えずに、なにを変えるのか、それも前任者と後任者が一緒に判断して、未来をクリエーションするきっかけにすればいいと思うのです。

今、日本でもようやく多様性が大切ということが言われ始めていますけども、なぜ多様性が大切なのかと言えば、違う意見、違う考え方が混じり合うことで、1+1が4にも5にもなるからですよね。そういう意味では引き継ぎもまた、自分がそれまで取り組んできた仕事を、自分とは違う考え方をする人と一緒に見直すことで、より良いものへと変えていけるチャンスになると思います。

特にこれからは働き方がどんどん変化して、プロジェクトベースで人がネットワーク的に協働する機会が増えると思いますから、変化の場としての引き継ぎの意味はより重要になっていくかもしれませんね。

——引き継ぎを「変わるためのチャンス」「創造の場」と捉える考え方は目から鱗でした。

あらためてそういう観点で考えると、今私が関わっているメンタリングの仕事も、実は非常に引き継ぎ的なのだなあとも思います

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

私は社外メンターとして女性のキャリア支援に関わる仕事もしています。メンターの仕事がコーチと少し違うのは、コーチングをしつつも、人生の先輩としてアドバイスもすることです。ただ、アドバイスといってもそれは、ああしたほうがいい、こうしたほうがいいと、自分のやり方を押しつけるようなものではない。「例えば、私の時にはこんなことがあって、こんな考え方をしたけれど、ヒントになる?」というように、一種の知恵のハンドオーバーをするようなものです。

メンタリングを通じて成し遂げたいのは、メンターのコピーを作ることではありません。世の中がどんどん変わっていく中で、メンティ(メンタリングを受ける対象者)が新しい生き方・キャリアのあり方を、未来に向けて創っていく、そのための知恵を渡しているわけです。

またその際には、私自身もメンティから気づきや学びを得ることもたくさんあります。だからこれは、知恵の一方通行ではないという意味でも、今日お話しさせていただいた理想的な引き継ぎの場と捉えることができるなあ、と改めて思いました。私自身、メンタリングの場でのエネルギーの循環を実感していますし、またそれが起こるような場でありたいと思ってやっています。

こうやって考えていくと、引き継ぎというのは案外、仕事だけではなく、社会の進化という意味でも本質的な要素を含んだテーマなのかもしれないですね。

エグゼクティブ・コーチ/HRコンサルタント 安藤知子

(取材・文、鈴木陸夫/企画・編集、岡徳之/撮影、伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年9月25日公開の記事)

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