「とりあえずサイン」で入居、実態は大企業の休憩所?“WeWorkの魔法”を日本ユーザーたちに聞く

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日本国内のWeWorkのフラッグシップオフィスである、東京・原宿のWeWork Iceberg。

撮影:今村拓馬

目論見書で露呈した巨額赤字、上場申請撤回に、創業者の辞任、明るみになった会社の私物化——。ユニコーン企業として2019年ビジネス界最大級のスキャンダルとなったWeWork炎上は、日本にとっても他人事ではない。

「働き方革命」「イノベーションとインスピレーションのためのスペース」と、新しい働き方のシンボルのようにもてはやされ、WeWorkは日本でオフィスと会員を増やして来た。

一連のショッキングな出来事に、利用者たちは何を感じているのだろうか。投資家から起業家、フリーランサーまで魅了して来た、WeWorkの魔法とはなんだったのか。

他の物件と比べて明らかに高額

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WeWork Iceburgの入り口。表にはカフェがあり、外部の人も利用できる。

撮影:浜田敬子

「スタートアップ界隈では、“WeWork被害者の会”ができていてもおかしくないというブラックジョークもあるくらいです。特に席数と契約期間で『だまされた!』と言っている人は多いです」

都内のWeWorkに入居する、あるスタートアップ経営者のA氏は眉をしかめながらそう語る。

社員数は数十名で、月あたりの賃貸料は四捨五入すれば1000万円 ── 他の物件と比較しても明らかに高額なそのオフィスにA氏が入居したのは、WeWorkが日本に上陸してすぐのことだ。

敷金が通常のオフィス契約と比較して安いこと、すでにデスクなどが用意されているため内装にかけるコストが不要なこと、人数が増えても別の拠点にサテライトオフィスを設けるなど柔軟に対応できること。刻一刻と状況が変わるスタートアップにとって、営業が語る“オフィスを増減できる柔軟さ”は魅力的だった、とA氏はいう。

ただ、わずかな違和感は初めからあった。

「とりあえずサインしてください!というセールストークで。あの頃はWeWorkの知名度と人気がピークだったこともあって、こちらも急いで決めなければ、という感じで。契約書もサインしたものをPDFで送れば、即契約でした」

その違和感は入居後、さらに膨らんでいった。営業担当者から聞いていたはずの「席数を減らしたり増やしたりできる」は実際、減らすことはできなかった。内装は整っていたが、逆に「(背の)高いものが置けない、透明のガラスに透かしを入れられないなど、カスタマイズがしづらい」。

自由に使えるはずの会議室も、別の企業がずっと取っていて予約できないこともままあり、コストパフォーマンスが合わない、と感じるようになっていった。

廊下で“Say Hello”とかならない

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CEOを辞任した、WeWork創業者アダム・ニューマン前CEO。放埓な経営ぶりが次々に明かされている。

Jackal Pan/Getty Images

「イケてる感はあったし、雰囲気作りがうまいので人を招きやすかったのはあります。でも(飲み放題の)ビールとか実際、2週間で飲まなくなりますからね」

別のスタートアップ経営者のB氏はそう自嘲する。

B氏が惹かれたのは、WeWorkのコミュニティ機能だ。B氏の事業領域はまだ一般的には分かりづらいビジネスということもあり、WeWorkがB氏のビジネスを大企業に橋渡ししてくれれば —— 。 そんな期待も持っての入居だった。

しかし、「誰もがくつろげるフリースペースで、入居者たちがビールやコーヒーを片手にする雑談が、思わぬイノベーションを生む」。 現実は、 WeWorkが語るそんな「夢」とはギャップがあったという。

「廊下ですれ違って“Say Hello”とかなりませんよね。まあ僕が“陰キャ”(暗いキャラクター)だったからかもしれませんが(苦笑)」

だからこそ、企業付きのコンシェルジュのような存在がいてくれれば良かった、とB氏は漏らす。つまり、日本の商慣習に合わせた「ローカライズ」がうまく機能していなかったと感じている。

大企業とスタートアップの“不幸なマッチング”

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もっとも期待されたコミュニティビジネスと、そこから生まれるイノベーションの成果はいかほどか。

撮影:今村拓馬

創業まもないスタートアップと大企業のマッチングの場という面でも、消化不良の声が目立った。

前出のスタートアップ経営者のB氏は、入居していた大企業の多くがサテライトオフィスとしてWeWorkを使っており、ビジネス上の権限がない担当者も多かったため、「イベントをやってもそれが実際の事業連携につながっていたかは疑問だ」という。

別のWeWorkユーザーはこうも語っている。

「大企業によっては部屋は借りているけどほとんど来ていないところも。他社との協業どころか、年配社員がずっとECサイト見てたり、休憩所のような福利厚生みたいに使われている会社もありますね」

大企業側も、不完全燃焼を否定しない。WeWorkに社員を送り込んでいる、とある大企業関係者はこう言う。

「どんな働き方なのかまずは社員に体験させたい、という目的はありました。ただそれは、しばらくやれば済む話。そこから新たなビジネスが展開するなら話は別だが、そんな単純なものでないのは明白。効果検証は必ず必要なので、そこで結果が出ていなければ引き上げることになるだろう」

語られた夢と現実の乖離(かいり)。前述のB氏は、苦い思いも噛み締めつつこう語った。

「とはいえWeWorkに入ったこともない人が批判するのは許せません。傍観者はなんとでも言える。一回しっかり熱狂しろと。批判できるのは、熱狂の中に飛び込んだ人だけなんですよ」

日本の拠点数は21、利用者は1万5000人

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WeWorkは数年の間に拠点を拡大させてきた。

Shutterstock

世界29カ国、111都市に進出しているWeWorkは、拠点数が520を超え、席数に至っては60万4000にのぼる(2019年8月の目論見書より)。物件開拓→契約→改装→入居者募集→運営のサイクルを繰り返し、同社は猛スピードで拠点の開拓を進めて来た。

そのうち日本国内の拠点数は、2019年10月時点で21拠点。「メンバー」と呼ばれる利用者は1万5000人。創業者のアダム・ニューマン前CEOの側近であるクリス・ヒル氏を日本法人のCEOに置き(2019年10月に辞任)、最大の出資者であるソフトバンクの本社のある日本は、重要な拠点だったことは間違いない。

WeWorkによると、日本での価格帯は12月にオープンするDaiwa晴海拠点の一人分のホットデスク(空いている席を使える)が月額3万8000円が最安値で登場するものの、都心部の利用者でフリーアドレスなら1席月額8万円前後、デスクありだと10数万円。

投資先のスタートアップや新規事業のタネを見つけられるなどの想定から、大企業ほど利用料は跳ね上がる。スタートアップであっても人数が増えれば、前出のB氏のように月額数百万円を支払っている企業も珍しくない。

これが、都心に拠点を置くための「おしゃれな不動産物件」だけであるならば、あまりに高額だ。

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東京・銀座のWeWorkギンザシックス。本国アメリカの騒動はどこか遠い世界の出来事のように、穏やかに人々が談笑する。

撮影:滝川麻衣子

では、日本でWeWorkがうまくいった事例はあるのか。

「僕たちはかなりうまくWeWorkを活用した例だと思います。大企業から仮想通貨のスタートアップまで、入居企業と共同イベントを開催して、1回のイベントで多い時は60社近く、40〜100人くらいは集めています。僕たちの業界で、銀座の一等地のこんなところで働いている会社はないので、採用もほぼ100%決まります」

そう話すのは、九州に本社のあるヘルスケア関連事業グループ幹部の男性だ。同社は都心の企業内に治療院を出店するための拠点として、WeWorkを選んだ。

アジアやヨーロッパからの観光客で賑わう、銀座四丁目の交差点から徒歩3分程度のギンザシックス13階のWeWorkを10月初旬に訪ねると、カラフルなフリースペースで、ミーティングをしたりノートパソコンを開いたり、思い思いに働く人たちが、いつもと変わらぬ様子で見られた。

夕方ということもあって、フリービールのグラスを片手に談笑している人もいる。アメリカでの騒動は、どこか遠い世界の話のようだ。

銀座の一等地や丸の内でオフィスを借りようと思えば、敷金礼金など準備金だけで1000万円超えも珍しくない。それを思うと、プライベートブースを借りるのにデスク付きの1席あたり18万円(月額)は決して高くなかったと、同男性は言う。

「ツテもない東京で、BtoBに営業をかけていく足がかりに、WeWorkでのイベントはものすごく効果的でした。国内全WeWorkの拠点でイベントもしました。日本法人のCEOだったクリス・ヒルも視察にきてくれましたね」

テックコミュニティというより村社会

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Getty Images/ Drew Angerer

入居者の一人は“WeWorkの魔法”の要であるはずのコミュニティを、こう評する。

「よくも悪くも田舎町のようなところがあって、新参者は(コミュニティに)入りづらかったり、変にこじれたりする狭い世界ではあります」

つまり、コミュニティ活用はかなり個人の力量に寄るところが大きく、専用SNSの存在感よりも、「村」的なコミュニティに、ドアをノックして入れるかどうかにかかっている面は否めないようだ。

結局のところ、WeWorkの魔法とはなんだったのか?前出のスタートアップ経営者・B氏にそう尋ねると、少し考えてからこう答えた。

「可能性、ですかね。当時はそこに共感したのはあったと思います。でも海外と日本では入っている企業も違い、ベンチャー企業が少なく、商習慣も違った。そのミスマッチですよね」

最先端の働き方ができる洗練されたオフィス空間 —— という意味では、WeWorkのコンセプトは今までにないものとして熱狂を生んだ。ただしそれが新たなイノベーションを生み出す源泉だったのかというと、使う人を選ぶ。魔法は誰にも有効ではないということだ。

(文・西山里緒、滝川麻衣子)

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