輸出規制から3カ月、戻らぬ韓国人。消えた楽観論と大打撃の長崎、大分そして…

釜山への標識

福岡は空路、航路ともに韓国と結ぶ便が多数出ており、リピーター旅行者も多い。

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「お客さん、韓国旅行ですか? 日韓問題は最近どうですかねえ」

韓国・釜山と博多港を結ぶ高速船「ビートル」が入出港する博多港のターミナルに向かう車中、初老のタクシー運転手に話しかけられた。

「最近は韓国のお客さんを乗せることは少なくなりました。韓国人旅行者が減って困っているところは困っているでしょうね」

運転手は福岡の現状をそう説明しつつ、「我々タクシーは日本のお客さんがメインだから、そこまで影響はないですけどね」とも付け加えた。

自粛モード継続でも「こっそり」派も

水野社長

JR九州高速船の水野社長は、「韓国人旅行者が自主的に日本旅行に行かないムードが続いている」と話した。

到着したターミナルでは、ビートルを運航するJR九州高速船の水野正幸社長が取材に応じてくれた。

「8月のお盆期間の乗客は日本人が3割減、韓国人が7割減でした。予約状況からみると、10月、11月も同様の傾向です」

同社によると、日本が韓国に対し輸出規制を発動した7月以降、乗客が急減した。「最近は韓国側の不買運動を呼びかけるSNS投稿もピークを過ぎ、落ち着いていると聞いていますが、自主的に日本に行かないムードは続いています」という。

福岡市の大型商業施設「キャナルシティ博多」も、今年春先から韓国人の来店者がじわりと減り始めた。望月未和副支配人は、「韓国の旅行者は、短い日数で一気にいろいろなところを回り、写真を撮って、という旅のスタイルが多い。周囲を気にしてSNSに写真をアップできないなら、来ても仕方ないということかもしれませんね」と話す。

水野社長はビートルを利用する韓国人層について、「普段は若者グループが中心で、韓国行きの便は、スーツケースとドン・キホーテの袋を手にした旅行者が多いです。今はそういうお客様が少なくなって、仕事がらみで来ていると思われるビジネスマンが目立つ印象ですね」と変化を語る。

福岡市の旅行業界関係者が、「本当のリピーターは、相変わらず来ています。先週も、知り合いの経営者が家族で黒川温泉(熊本)の旅館に泊まりに来ました」と話すように、自粛ムード吹き荒れる中でも関係の根強さは失われていないようだ。

「打撃大きいのは大分と長崎」

福岡の屋台

九州を訪れる外国人旅行者の4割を韓国人が占める。

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九州は外国人旅行者の4割を韓国人が占め、飲食店やホテルの外国語表記も英語よりハングルが目立つ土地柄とあって、日韓関係悪化の影響をもろに受けている。法務省の出入国管理統計によると、2019年8月(速報値)の外国人入国者数は日本全体では前年同月比1.2%減だったのに対し、九州では31.1%減少し19万2620人だった。入国者数が20万人を割るのも、熊本地震後の2016年9月以来だという。

7月の外国人宿泊者数をみると、全国は前年同期比105.1%なのに対し、九州は90.5%にとどまる。特に長崎(84.6%)、大分(82.6%)の苦戦が目立つ。関係者の多くが、「7月、8月は関係悪化前に予約した人たちがまだ来ていたので、9月以降が底になる」と話しており、8月以降の数字はさらに悪化している可能性が高い。

九州産業大学の高橋誠教授(観光学)は、「九州と韓国を結ぶフライトが減便しているため、影響は全体に及んでいるが、中でも元々旅行者が多かった福岡、湯布院・別府という有名温泉地を抱える大分、そして対馬のある長崎が打撃を受けている」と分析した。

人口3万人の対馬に40万人の韓国人

対馬

韓国から船で1時間あまりで行ける対馬は、韓国人旅行者が右肩上がりで増えていた。

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人口3万人の離島・対馬はこの数年、空前の韓国インバウンドブームに沸いていた。

韓国の船会社が旅客船を定期運航するようになり、釜山ー対馬航路の韓国人旅行者は2000年に7000人だったのが2019年に40万人を突破。JR九州高速船のビートルも、2011年に対馬・比田勝港-釜山港の定期運航を開始、2019年前半時点では日韓5社が定期運航するなど大盛況だった。

だが2019年8月、対馬の港から入国した外国人は激減。南部の厳原港は91%減、北部の比田勝港は76.1%減まで落ち込んだ。韓国の船会社は運休や減便を余儀なくされ、従業員も無給休暇を取るなど、経営危機にある。

ビートルも8月10日、釜山と対馬を結ぶ便を減便した。

「韓国人旅行者が急増したのはここ数年のことです。だから、韓国人が減っても元の対馬に戻るだけじゃないか、という声もありますが、決してそういうわけではありません。韓国人客の増加に合わせて、ホテルやレンタカー、居酒屋など投資が進められていますから……」(水野社長)

日韓関係「先行きは誰にも分からない」

クイーンビートル

JR九州高速船は、新型高速船「クイーンビートル」を2020年7月に就航する予定。

JR九州高速船提供

韓国人の日本旅行“自粛”はどこまで続くのか。九州の旅行関係者は「これまでもリーマンショック、東日本大震災、竹島問題、熊本地震と、災害や政治問題の度に落ち込んだが、その都度回復した。だから、絶対に回復する」と口をそろえるものの、「今回は長引きそう」との声も漏れる。

九産大の高橋教授は、「災害が原因の場合は、安全だと納得してもらえば客足は割と早く回復する。しかし今回は、政治ですからね」と話した。

高橋教授

「これまでの韓国インバウンドの落ち込みとは質が違う」と分析する九産大の高橋教授。

高橋教授によると、2011年の東日本大震災では、日本旅行を専門にする韓国の旅行会社が経営危機に陥った。これらの旅行会社の要請を受け、九州観光を推進する官民組織「九州観光推進機構」のトップや県知事有志が韓国に赴き、「日本は安全です」とPRするキャンペーンを展開したという。

「今回も韓国の航空会社や旅行会社は同様に苦しいはずですが、今のところ、あちらからキャンペーンなどの話も来ていないようです。つまり、まだそういう雰囲気にはないのでしょうね」(高橋教授)

水野社長も、「これまでは3カ月、長くても半年で回復が見えましたが、今回どうなのかは誰も分からないはずです」と話す。とは言え、いつ訪れるか分からない環境の変化を待つだけ、というわけにもいかないため、ビートルは今後、日本人の対馬への送客にも力を入れていく考えだ。

「ビートルは本来、釜山と博多を結ぶ国際航路なのですが、2018年に対馬と博多港を行き来する国内客向けに26席を振り分けて『混乗便』をスタートしました。そして10月7日には、国内客向けの席を78席に拡大しました。これだけ座席があれば、対馬へのツアーなどもつくりやすくなります。紅葉シーズンに向け、国内での対馬の認知度を高めていきたいです」(水野社長)

実はJR九州高速船は、従来のビートルの2.6倍の座席を持ち、ラウンジやキッズスペースを備えた新型高速船「クイーンビートル」を、五輪イヤーの2020年7月に就航する。2019年7月には、就航決定の会見を開き、2018年に約18万人だったビートルの利用者を30万人に増やす目標を掲げたばかりだ。

「本当は、チュソク(韓国の中秋節、2019年は9月13日)のお休みで韓国人旅行者が多少戻ってくれることを期待していましたが、戻りませんでした。 ビートルは就航以来、日韓の架け橋として努力しており、その方針に変わりはない。 同じ思いを持つ九州や対馬、釜山の人々と交流をしっかりやっていきます」(水野社長)

(文・写真、浦上早苗)

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