福岡の商業施設キャナルシティ博多には、ラグビーファンファンだけでなく、選手たちもよく来ているという。
撮影:望月未和さん
福岡市の大型商業施設キャナルシティ博多を、立派な体格の外国人男性たちがかっ歩している。「もしかして、ラグビーの選手?」と振り返る客もいる。
10月初旬の国慶節期間、例年だと隣国から韓国人と中国人が押し寄せる福岡で異変が起きている。
日韓関係の悪化で韓国人旅行者が減り、中国人旅行者を乗せたクルーズ船寄港も減る一方で、ラグビーW杯の開催地に選ばれ、キャンプを張るチームも多いことから、商業施設の幹部が「欧米人をこれほど見かけるのは開業以来初めて」と驚くほど、外国からラグビーファンが訪れているのだ。
韓国人の減少で痛手を被っているホテルや旅行会社が多数あるのも事実だが、従来とは異なる光景に、「これがインバウンドのあるべき姿」との声も漏れる。
「こんなに欧米人が来るのは開業以来初めて」
中洲川端の商店街も、欧米人の観光客が増えていた。
撮影:浦上早苗
福岡空港から地下鉄に乗り、観光スポットが点在する中洲川端駅で降りた。キャナルシティを経由し、福岡市中心部の天神まで30分ほどぶらぶらと歩く中、すれ違った韓国人旅行者は2組だった。
普段なら、ハングルの話し声が耳に入ってくることで「福岡に来た」と実感するのだが、今回はとにかくハングルの存在感が薄い。中国語は聞こえてくるものの、こちらも心なしか圧が少ない。
代わりに目立つのが、アジア系ではない外国人の姿。キャナルシティ近くの神社では、がたいのいい男性たちが、おみくじを引いて写真を撮り合っていた。
キャナルシティにある高級ホテルのラウンジでは、複数のテレビでニュージーランド戦が流れており、欧米人と思しき約20人がビールやワインを飲みながら、試合を観戦していた。
キャナルシティの望月未和副支配人は、「こんなに欧米の方が来られるのは、開業以来20年で初めてかもしれません」と話した。
「国慶節を意識しなかった」
国慶節の休みで、例年は中国からのインバウンドが注目されるが、今年は少し様子が違う。
福岡市中心部にありながら、大型バスが乗りつけることができ、免税店ラオックスもあるキャナルシティは、韓国人旅行者の多くが訪ねる場所であり、中国発のクルーズ船客の買い物スポットでもある。
しかし、施設内の衣料品店で働くアルバイト従業員は、「韓国のお客さんは最近全然来ないです」と日韓関係悪化の影響をこぼす。さらに、中国からのクルーズ船の寄港は2018年、5年ぶりに減少。今年も2016、17年の水準には届かず、ピーク時の勢いはない。
望月さんは、「韓国と中国からのお客さんは確かに減っています。10月初旬は国慶節で、これまでは地域をあげて中国からのお客さんのおもてなしに取り組んでいたのですが、今年はあまり国慶節消費を意識しませんでしたね」と語った。
アイルランド選手の突然の来訪
アイルランドチームはFacebookの公式アカウントでキャンプ地の紹介もしてくれている。
@IrishRugby / Facebook
キャナルシティは10月から、飲食店で大盛りメニューを提供する「大盛り祭」を始めた。もともと韓国、中国以外の外国人来場者開拓を目指していたところに、ラグビーW杯が重なり、「ラグビーファンの好みが分からないから、イメージで食に走ったところもありますが(笑)、他のW杯開催地も同じようなイベントをしてて、考えることはどこも同じなんだなあと思いました」(望月さん)。
福岡では予選3試合が行われるほか、隣県の大分、熊本でも試合がある。望月さんによると、試合日前後に多数のファンがやってくるのは想定していたが、実感するのはキャンプ効果だという。
「福岡県はアイルランドやサモアなど、6チームのキャンプ地になっています。開催期間が長いので、選手と街で遭遇する機会がけっこうあるし、キャンプをするチームのファンも長期滞在しています」
実際に、キャナルシティを取材した6日朝には、アイルランドの選手たちが写真撮影のために訪れた。「クリーンなラグビーを守ろう」と書かれたおそろいのTシャツでやってきた彼らのために、施設側は営業時間前にもかかわらず、撮影場所で噴水を動かしてあげた。
「撮影が終わり、選手たちがリラックスしているときに、施設がオープンしお客さまが入ってきました。日本と対戦した国なので、『あの人たち、アイルランドの選手ですよね』と聞いてきた方もけっこういました」と望月さん。
普段も選手たちが練習の合間に訪れているそうで、「私服でもあの体格だから目立ちますよねえ。だんだん振り返る人が増えてきました」と笑った。
大会前の盛り上がりはいまいちだった
日本代表が予選で全勝し、決勝進出が見えているとあって、ラグビーW杯への関心も急速に高まっているが、福岡の関係者からは「こんなに盛り上がるとは予想外だった」との声も聞かれる。
福岡は東福岡などラグビー強豪校が多く、御三家と呼ばれる公立進学校のラグビー部も強い。アイルランド戦でトライを決めた福岡堅樹選手は、御三家の一角である福岡高校出身だ。高校ラグビーが強いのにも、小学生のラグビーチームが数多くあるという背景がある。すそ野が広いのだ。
「財界幹部にラグビー関係者が幅広くいるので、その辺りではW杯への熱も高かった」(地元メディア)
だが、「市民レベルの関心はいまいちだった」という声もある。「W杯会場とはいえ日本戦が行われない」「プロ野球のソフトバンクホークスが優勝争いをしていて、そちらに関心が向いている」など、複数の要因が挙げられた。
また、ある地元大手企業の幹部は「試合の前日に、『営業用にお使いください』と数十枚のチケットが回ってきた。チケットはそこまで売れなかったようですね。1枚1万円を超えるのに、欲しいという人もそんなにいなくて、結局私が家族と見に行きました」と明かした。
サッカーファンとの違いは
記念撮影をしたいというアイルランドの選手たちに対し、キャナルシティは噴水をあげてもてなした。
アイルランドチームのfacebookより@IrishRugby / Facebook
インバウンド関係者がラグビー効果を本当に実感したのは、日本代表が2試合を勝ち、さらには欧米人が福岡の街に目に見えて増えてからだという。
ナイトツアーを企画する旅行会社は、今週に入って、ラグビーファンが多く泊まっているホテルに、イベントのチラシを配りに行くようになった。
九州産業大の高橋誠教授(観光学)は、「サッカーW杯では、弾丸ツアーで試合を観戦するサポーターが話題になりますが、ラグビーはイギリスのパブリックスクールが発祥の富裕層のスポーツ。試合を見たついでに観光する意欲も総じて高いです」と説明する。
「神社を巡ったり、ホテルのラウンジで何時間もお酒を飲んでいるファンが本当に多い。1週間ほど滞在し、試合の前後に福岡県外も含めて周遊するスタイルのようです」と語る望月さんは、「これまでは爆買いが注目されましたが、これがインバウンドのあるべき姿というか、違うところでお金と時間を使っている印象です。今となっては取りこぼしもあるのかもしれません」と付け加えた。
(文・写真、浦上早苗)
編集部より:初出時、「福岡は東福岡、筑陽学園とラグビー強豪校があり、御三家と呼ばれる公立進学校のラグビー部も強い。」と記載していましたが、一部表現を訂正いたしました。 2019年10月12日 21:00