男性育休や育児をする男性への嫌がらせであるパタニティー(父性)ハラスメント、いわゆるパタハラへの関心がここ数年で、高まっている。男性の育児休業取得率が2018年で約6%という社会に、パラダイムシフトは訪れるのか。
10月9日、東京地裁での証人尋問のために出廷したグレン・ウッドさん。
撮影:横山耕太郎
パタハラ議論を加速させた一つのケースがある。
育児休業の取得をきっかけとしたパタハラでうつ病を発症し、療養後も正当な理由なく休職命令を受けたとして、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に特命部長として勤務していた、グレン・ウッド(Glen Wood)氏(49)だ。ウッド氏が同社を相手取り、損害賠償などを求めた訴訟を東京地裁に起こしてから2年近く。訴訟は現在も係争中で、10月9日には証人尋問が開かれた。地裁前には傍聴券を求める人の列ができ、支援者らが集まった。
「この2年間で、応援してくれる人が増えました。メディアも取り上げてくれるようになり(パタハラをめぐって)#MeTooに近い動きが日本でも起きたと思います」
この日の尋問を終え、法廷を後にしたウッド氏はBusiness Insider Japanの取材に対し、社会の変化を感じていると語った。ウッドさんの提訴は2017年12月のことだ。
モルガン側「なぜこんな主張に」
三菱UFJフィナンシャルグループの一角である会社側の主張は、ウッド氏と真っ向から対立している。
Reuters/Thomas Peter
10月9日に公開された尋問で、被告である三菱UFJモルガン・スタンレー証券の証人として法廷に立ったのは、ウッド氏の上司だった男性だ。
育休復帰後にウッド氏が海外出張や会議から外されるなどのハラスメントを受けたと主張している点について、「海外出張は初めて行った時以外は私の指示ではなく、(ウッド氏は)自分で行きたい時に行っていた。復帰後に出張の相談はなかった」と反論。意図的に外した事実はないと強調した。
「休業中はみんなで一生懸命フォローした。なぜこんな主張になったのか、今でもわからない」
と、ハラスメントそのものを否定した。
一方、原告側の証人でウッド氏と共に働いていた男性は、ウッド氏の上司から、ウッド氏の欠点を探るような電話が突然かかってきたと証言。ウッド氏が上司らからハラスメントを受けていたとし、
「(ウッド氏は)会議で話を遮られたり、提案が役に立たないとされたりしていた」
と通訳を介して述べた。
同日の法廷でウッド氏は育休からの復職後について
「マネジャー職を取り上げられ、大好きだった仕事を干された。部下や同僚に『グレンはもう帰ってこない』『信用できない人物だ』と言いふらされていたと知った」
と話し、当時受けたショックについて訴えた。
訴状によると、ウッド氏は育休取得が認められなかった際に受けた苦痛と、育休を取得した後に受けた不利益に対する慰謝料200万円に加えて、未払いの賞与や賃金など合計約3900万円を、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に請求している。
同社はウッド氏の主張は事実に反し名誉と信用を傷つけたとして、2018年にウッド氏を解雇した。ウッド氏側は、これを不当解雇だとして、地位確認も求めている。
子育てでハラスメントは世界で通じるか?
東京地裁前に集まったウッド氏の支援者たち。友人知人や、報道を見た人たち、彼のホームステイ先だった家族らが集まった。
「私は30年近く日本で暮らし、日本も会社も大好きでした。ただ、グローバル化が必要だと言いながら、子どもを育てながら働くことでハラスメントを受けるような社会がグローバルで通じると思っているのか?と問いたいです」
証人尋問を終えて、ウッドさんはそう話す。
2017年12月の提訴以来、ウッド氏は外国人記者クラブでの会見を筆頭に、ニューヨークタイムズ、ブルームバーグ、APなど複数の海外メディアなどの取材に応じ、国内外メディアに取り上げられてきた。日本の職場の実態を海外も含めて訴えたのだ。
「(ウッド氏が)育休明けに仕事に戻ると、重要な会議や採用面接、海外出張などから干されたという。さらには減給を伴う部署異動を命ぜられた」(ジャパンタイムズ)
「日本では多くの働き手が有休や育休を取ることができていない。政府統計によると父親の育休取得率はわずか6%で、母親は8割が取得しているというが、それ以前に結婚や出産で半数近い女性が仕事を辞めている(ニューヨークポスト)」
ウッド氏自身もYoutubeやFacebookを通じて積極的に発信した。ウッド氏によると、これまでにパタハラ根絶を求める署名は、1万5000人超を集めている。
「日本でいくつもの〜ハラがありますが、ハラスメントという言葉で実態がごまかされています。ハラスメントは明らかに不当な扱いであり、人権侵害なのです。そこに目を向けてほしい」
こうしたウッド氏の訴えは、働き方改革や#MeTooなど、日本社会に起きたここ数年の変化と連動し、パタハラに声をあげる人を増やしているのも事実だ。
アシックスやNECでもパタハラ訴訟が係争中
日本の父親が家事や子育てに関わる時間は国際的に見ても少ない(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
パタハラ訴訟としては、育児休業明けに不当な配置転換などの嫌がらせを受けたとして、スポーツ用品大手アシックスの男性社員が同社を相手取った訴訟(2019年6月提訴)、長男の病気などを理由に転勤命令に応じず、懲戒解雇されたのは不当だとして、元男性社員がNECソリューションイノベータを相手取った訴訟(2019年7月提訴)が、いずれも現在、係争中だ。
2017年以降、メガバンクが男性行員に育休の実質義務化を始めたり、有志議員が男性の育休取得義務化の議員連盟を発足したりと、「企業で働く男性の育児参加」をめぐる動きが、社会的にも相次いだ。夫の育児休業明け直後に転勤内示を受け、退職を余儀なくされたと告発するTwitterをきっかけに、化学メーカーのカネカは炎上。小泉進次郎環境相の「育休宣言」がニュースになった。
従来、とりわけ男性は「家庭より仕事優先」が「当たり前」とされてきた日本の企業社会にも、変化の波が押し寄せている。
復帰したら嫌味、昇進・昇給できなかった
連合の調査では6割の男性が「仕事優先」が現状と回答。
出典:日本労働組合総連合会
とはいえ、現状は決して楽観視できるものではない。女性の育休取得率が、出産後も仕事を続けた人のうち8割超であるのに対し、男性の育休取得率は過去最高とはいえ、2018年で6.18%と著しく低い。
その背景には何があるのか。
日本労働組合総連合会(連合)が実施した「男性の家事・育児参加に関する実態調査」(子どもと同居の男性1000人)によると、育児休業を取得できなかった理由、または、取得しなかった理由を聞いたところ、もっとも多かったのは「仕事の代替要員がいない」(約5割)だった。そこに「収入が減る(所得保障が少ない)」(約4割)「男性が取得できる雰囲気が職場にない」(3割超)が続いた。
また、パタハラを受けたことのある人の割合は2割超で5人に1人。具体的には「復帰したら嫌味を言われた」は15%、「責任ある仕事を任されなくなった」8%、「昇進・昇給できなかった」7%、「低い人事評価を受けた」は4%(小数点以下四捨五入)。
男性育休へのハードルはまだ高い
子育てをしながら仕事をしている男性が珍しくない30代前半でも、育休の取得に関しては難しい決断を迫られるようだ。
ある会社員男性(32)は「育休から復帰後に、部署を変更になった人がいた。社内の空気を考えると、育休を取得するには心理的なハードルは高い」と話す。
育休を取得しないことが当然だった世代にとって、部下や同僚男性が育休を取得することに、違和感があることは想像に難くない。しかし、仕事だけではなく、仕事以外のプライベートも大切にする価値観を持つ若い世代は確実に増えている。これは、育休に限った話ではない。
これまでの慣習にとらわれず、違った価値観を尊重する社会が、これからますます求められることは間違いない。
(文・滝川麻衣子、横山耕太郎、写真・横山耕太郎)