ソニー、技術展CEATECへの「6年ぶり復帰」はメディカル事業。可能性秘めた新領域の本気度

CEATEC2019のソニーブース

CEATEC 2019のソニーブース。往事の巨大なものからすると小ぶり。中身はすべて「メディカル事業」で占められている。

撮影:西田宗千佳

ソニーが6年ぶりにテクノロジー展示会「CEATEC」に帰ってきた。

CEATECは家電のイベントからIoT関連イベントへと姿を変え、その過程で出展者の姿も入れ替わってきた。今年はパナソニックが出展をとりやめ、シャープも規模を縮小する一方、全日本空輸(ANA)が新たに出展している。

そこへ、2013年に一度は撤退したソニーが戻ってきた。といっても、家電メーカーとしてのソニーが戻るのではない。ソニーは、メディカル関連事業を軸に出展するというのだ。

ソニーはなぜCEATECに戻ったのか、そして、ソニーはメディカル事業で何をやろうとしているのだろうか? 関係者へのインタビューから探った。

ソニーのメディカル機器「だけ」を展示した異例のブース

ソニー・オリンパスの4K立体視内視鏡

ソニー・オリンパスメディカルソリューションズが開発している、脳外科向けの4K立体視ができる顕微鏡「ORBEYE」。

撮影:西田宗千佳

ソニーはCEATECで2019で、主に3つの領域でのメディカル関連製品を展示する。

ひとつめは「イメージング」。内視鏡や手術室用のディスプレイなど、イメージセンサーやディスプレイといった、医療分野で使う映像関連技術の展示だ。4K立体視を使った手術用顕微鏡「ORBEYE」や、4K内視鏡がある。驚くほど鮮明、かつわかりやすく表示できるため、現場での評判が高く、すでに堅調なビジネスになってきている。

4K立体視の手術用顕微鏡「ORBEYE」

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ORBEYEの顕微鏡部分のアップ。4K解像度で鮮明かつ立体的に見られる。

撮影:西田宗千佳

4Kで立体視できる手術用顕微鏡

上のディスプレイに映っているのは、下の模型のほんの小さな丸の部分を拡大したものだ。

撮影:西田宗千佳

非常に小型ながら精細に術野を見られる4K内視鏡

ソニー・オリンパスメディカルソリューションズの4K内視鏡

同じくソニー・オリンパスメディカルソリューションズの4K内視鏡。1万円札の細部まで見られるほど精細だ。

撮影:西田宗千佳

ソニー・オリンパスメディカルソリューションズの4K内視鏡

1万円札の図柄の精細さで解像度の細かさがよくわかる。

撮影:西田宗千佳

「医療用ソリューション」「ライフサイエンス」2つの新領域

医療映像ソリューション技術の「NUCLeUS」のエミュレーター

医療映像ソリューション技術の「NUCLeUS」のエミュレーター。

撮影:西田宗千佳

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医療映像ソリューション技術の「NUCLeUS」。院内で得られた映像を低遅延に処理し、手術中や診断中に、簡単に活用できるようにすることが狙い。

撮影:西田宗千佳

新たな可能性として提示しているのが、「医療映像ソリューション」と「ライフサイエンス」だ。

内視鏡や各種検査機器からの映像をどう活用するかは、医療の現場にとって大きな課題。撮影するだけでなく、手術中・診断中などにすばやく、見やすく表示する必要があるが、単純にファイルを呼び出していては効率が悪い。放送局で多数の映像をスイッチングしつつ管理するように、医療の現場でも同じ作業が求められている。

そうしたことを実現するのが「医療映像ソリューション」だ。普及したインターネット・プロトコルベースの技術を使いつつ、サーバー連携によって、低コストな医療映像管理システムとして、「NUCLeUS」というシステムを提供している。2019年6月に発表されたばかりの新しいソリューションだ。

一方のライフサイエンスは、iPS細胞による再生医療研究や、先端がん治療分野向けの技術を指す。

Blu-rayの技術が医療で生きる

増殖させた細胞の状態を、その細胞が生きた状態のまま詳細に分析する「ライブ・セル・イメージング」技術や、細胞の個々の性質を分析する「フローサイトメトリー」などが中心となる。

2020年に出荷を予定しているスペクトラム型セルアナライザーの「ID7000」は188の検査器から一度にテラバイトクラスのデータを生み出すという、これまでとは比較にならないほど詳細な検査を実現する機器だ。

ライブ・セル・イメージング

画像処理技術を使い、細胞を生きたまま詳細に分析する分野「ライブ・セル・イメージング」。

撮影:西田宗千佳

「フローサイトメトリー」

細胞の性質を分析する「フローサイトメトリー」を行うマシン。

撮影:西田宗千佳

フローサイトメトリー

細胞の性質を分析する「フローサイトメトリー」では、同社のBlu-rayで培われた微細加工技術が活用されている。

撮影:西田宗千佳

スペクトラム型セルアナライザーの「ID7000」

2020年に出荷予定のスペクトラム型セルアナライザーの「ID7000」。7本のレーザー光を使い、従来よりも多くの情報を同じ細胞から解析し、先端医療研究に活かす。

撮影:西田宗千佳

非常に専門性の高い領域なのでなかなか凄さを認識しづらい部分があるが、どれも世界最先端の技術だ。重要なのは、これらのものはすべて「開発済み」であり、市場投入が行われているか、その予定が明確に定まっているものばかり、という点だ。

医療機器は信頼が重要なので、「開発中」のものを公に見せることはない。すでに技術的に確立されたものばかりが展示されている。

「家電の技術」で新領域でのビジネス化を

そして、どれも実は、我々が普段家電で触れている技術を核としてでき上がっている、というのも大きな特徴だ。

内視鏡は、ハイエンドデジカメに使われている裏面照射型センサーを使っているし、医療映像ソリューションはソニーが得意とする映像処理技術が核。ライフサイエンスでは、Blu-rayディスク開発で培った微細加工技術と光学処理技術、そしてサーボモーターによる精密制御技術が軸になっている。

ソニー・執行役専務で、R&D・メディカル事業担当の勝本徹氏は、ライフサイエンスで使うフローサイトメトリー技術での事例を次のように説明する。

ソニー・執行役 専務 R&D・メディカル事業担当の勝本徹氏。

ソニー・執行役 専務 R&D・メディカル事業担当の勝本徹氏。

撮影:西田宗千佳

「元々はBlu-rayディスクの技術です。次をどうするか……と考え始めたのですが、世の中はネットワーク中心になってきて、これ以上微細なディスクを作る技術のニーズが怪しくなってきました。じゃあどうするかと考えはじめたところ、社外の方々とのディスカッションの中で、医療にニーズがあることが判明しました。そこからですね、スタートは」(勝本氏)

ソニーの映像処理技術は、メディカル事業にとって非常に可能性の高いものだ。ソニー・メディカルビジネスグループ グループ長 第2ビジネスユニット シニアゼネラルマネージャーの大高謙司氏も、次のように説明する。

ソニー・メディカルビジネスグループ グループ長 第2ビジネスユニット シニアゼネラルマネージャーの大高謙司氏

ソニー・メディカルビジネスグループ グループ長 第2ビジネスユニット シニアゼネラルマネージャーの大高謙司氏。

撮影:西田宗千佳

「医療では映像処理による可視化がきわめて重要です。例えば弊社では裏面照射型センサーを使っていますが、これ(採用の理由)は暗くてもよく映るから。体内は暗いものですが、内部に強い光を当てると悪影響が出るため禁忌です。

また、内視鏡は使っているうちに回ってしまい、術野が見にくくなりやすいもの。しかし弊社の場合には、画像認識を使って回転を補正し、手術をする先生にはちゃんと正しい位置で見えるようにしています。しかも、そうした処理は低遅延でなくてはいけない。映像が表示されるまでの時間が80ミリ秒(約12分の1秒)を超えると違和感が出て手術ができない。ですから、すべてを低遅延で行う技術が必要になります」(大高氏)

吉田社長の一声で出展決定、目的は「パートナー企業」

ソニーの吉田憲一郎社長

5月21日に開催した、経営方針を説明する「IR Day」で話すソニーの吉田憲一郎社長。

撮影:西田宗千佳

しかし、ソニーのメディカル事業について、これまでこうしたイベント出展が行われた例はない。

オリンパスとの提携もあり、ソニーがメディカル事業に進出していることを知っている人はいても、「何をやっているのか」までちゃんと知っている人は、医療関係者以外では少ないのではないか。

そもそも、こうした展示が行われるのは、医療関係者から見ても「異例のこと」だという。なぜなら、メディカル事業はそれぞれの分野で独立性が高く、脳外科(3D手術用顕微鏡)と消化器外科(高精度内視鏡)ですから、「ジャンル違い」で同時に展示・公開されることがない。

今回のように、内視鏡からライフサイエンスまで並べるのは、メディカル事業としては「常識はずれ」であり、ソニーでそれぞれのメディカル事業を担当する人々にとっても、考えたこともなかったことだったそうだ。

大高氏も、「出展計画を最初に聞いた時は、とにかく驚きだった」と語る。

こうした常識はずれの展示、そしてCEATECへの復帰を決めたのは、ソニー社長・吉田憲一郎氏だ。

各々の学会や展示会には出ても、メディカル事業全体が集まることはあり得なかった。現場としては完全なサプライズ。『本当にいいんですか? やってしまいますよ?』という気持ち。結果として、参加する全員、すごく高いモチベーションで臨むことができました。メディカル事業はテレビコマーシャルも打てる事業ではないです。専門の顧客以外に知らしめることができる、いい機会ですから」(大高氏)

なぜ吉田社長はCEATECへの出展を決め、現場もそれを了承したのか? 事業責任者の勝本氏は次のように説明する。

「メディカル事業は、本質的に弊社だけではできないものだからです。技術があってもできない。それぞれの専門分野に対する知見や窓口をお持ちの企業と連携したり、時には買収したりして、初めて成り立つのです。内視鏡はオリンパスとともに事業化しましたし、医療映像ソリューションは、2016年にベルギーのeSATURNUS社を買収することによって実現されたもので、ライフサイエンス事業も、2010年にアメリカのiCyt社を買収したところから始まっています。どんな技術がどんなことに使えるのか、どうビジネスを行えばいいかを、外部の方々に聞くことが重要。CEATECのテーマである『共創』と合致します」(勝本氏)

大高氏もこれに同意する。

「CEATECのテーマは『つながる』『共創』。ならば、メディカル事業として出る価値があるのではないか、と吉田が判断し、出展が決まりました」と話す。

「新しい技術によって膨大な映像とデータが生み出されます。例えば、手術室での各担当者の動きを撮影した映像を解析することで『より効率的な手術のあり方』が見えてくる可能性もあります。

そうした情報は、病院の経営に大きなインパクトを与えます。医療とは広い分野で、そこから大量のデータが出てくるため、ソニー1社で成し遂げるののは不可能です。より速く、より確実に社会に貢献するには、その分野のベストパートナーと組むことが必須です」 (大高氏)

編集部より:正確性を期して、初出時から以下3点をアップデートしています。

・ORBEYEは「開発」をソニー・オリンパスメディカルソリューションズが担当しており、同事業での販売は行なっていません
・内視鏡に採用している映像センサーのサイズについて、展示ブース近辺のものとは別サイズで非公開との連絡を受け、表現を改めています
・記事中の高精度内視鏡を用いる分野は、初出の心臓外科ではなく、消化器外科で使われています
2019年10月16日 11:05

(文、写真・西田宗千佳)


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。

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