中国のSNSで累計約100万人のフォロワーを持つ、松浦文哉さん。1990年、広島生まれ。
撮影:西山里緒
「中国版ニコニコ動画」としても知られる、中国最大の動画投稿サイト「bilibili動画(以下ビリビリ)」。2018年にはアメリカのNASDAQ市場に上場を果たし、月間アクティブユーザー数(MAU)は1億1000万人を突破した。
そのビリビリで日本人として3番目に多い、57万人ものフォロワーをもつのが「ソンプー」の愛称で親しまれる松浦文哉さん(28)だ。松浦さんはなぜ、中国で“勝てた”のか?
你好と谢谢しか話せずに中国へ
「日中恋愛について」の動画には、自分の好きな芸能人を答える、という“お約束コメント”が。
出典:松浦文哉-SPWZ社長-(bilibili動画)
「大家好(皆さんこんにちは)!皆さんは日本人と恋愛したことがありますか?」
スクリーンの中から松浦さんが勢いよく語りかけると「有 菅田將暉(菅田将暉)」「有 石原里美(石原さとみ)」といったコメントが続々と流れていく。ふざけた表情をすれば「哈哈哈哈哈(ははははは)」の弾幕(同じコメント)が画面を埋め尽くす。
中国でKOL(キー・オピニオン・リーダー、日本でいうインフルエンサー)として知られる松浦さんは今、東京・浅草橋のオフィスから、数十万人の中国人ファンへ向けて動画を作っている。
これでのし上がろうとは全く考えていなかった ── そう語る松浦さんがKOLとなったきっかけは、数学教師を目指していた福岡の大学時代だった。訪日外国人が多く訪れるスポーツ施設でバイトした際に、中国に興味を持ちバックパッカーに。そこで「一度、冒険してみたい」と、中国で働こうと思い立つ。
日系メーカーやホテルなどを受けたが「面接に落ちまくりました。ニーハオとシェイシェイしか言えないんだから、当然ですよね」。3回ほど渡航を繰り返してようやく手にしたのが、日本語教師の仕事だった。
「帰国した日本人あるある」が大ヒット
転機はその数年後、2015年だ。日本語学校の生徒から、授業を撮影してネットに投稿してもいいか、とたずねられて知ったのが、当時まだ「違法アップロードされたコンテンツも多かった」ビリビリ動画。
投稿すると少しだがコメントや弾幕がついた。意味を生徒にたずねると「先生のことカッコいいって言ってるよ」。それを機に、日本文化について説明する動画を少しずつアップするようになった。
「中国に長くいすぎた日本人が日本に帰国したら」という動画。現在はシリーズ化している。
出典:松浦文哉-SPWZ社長-(bilibili動画)
当初は授業に来られない生徒に向けての目的が強かったため、企画も生徒の意見を参考にした。
「『なんで日本人の女の子は短いスカートを履くの?』と生徒から聞かれて。それを3人に聞かれたら、これは中国で一定の人が気になっているんだろうと」
もちろん、動画は本業の片手間だ。字幕は中国人の友人にごはんをおごる代わりに翻訳してもらった。次第に、のめり込んでいった。
なかでも数十万回再生のヒットを記録したのは、2018年2月に投稿された「中国生活に慣れすぎて帰国した日本人あるある」動画だ。アリペイが使えない、地下鉄が複雑すぎる、レストランで出てくる水が冷たすぎる、などをコント仕立てにすると、中国の視聴者に大ウケした。
気づけば小林製薬や全日空(ANA)など、中国に支社を持つ日本の大企業からも、スポンサード広告の依頼が舞い込むようになっていた。
帰国のワケは“工事の音”
kyoukan社長の石川淳さん(左)は、モデルとカメラマンをマッチングするサービスを運営していた。
現在、松浦さんのビリビリでのフォロワーは57万人。さらにweiboのフォロワーは22万人で、中国SNSでの累計フォロワー数は100万人を数える。
日々、KOLの勢力図が変化し続けている中国。
元AKB48の小嶋陽菜さんや乃木坂46の松村沙友理さんなど、ビリビリでチャンネルを開設する日本の芸能人はここ1年ほどで増え始めているが、いずれもフォロワーは数万人。中国ファンに受け入れられるのは容易ではないことがわかる。
日本人のインフルエンサーたちにもまだまだ可能性があると見て、現在松浦さんは自らの動画制作も行うかたわら、中国向けのKOLの育成・プロデュースも手がける。
2019年4月には、日本への帰国を決めた。きっかけは2018年末に参加したコスプレサミットだ。現在松浦さんが所属するプロダクション「KOL JAPAN」社長・石川淳さん(34)に声をかけられた。
石川さんは、インフルエンサーマーケティング企業を経営しており、自身が持つネットワークを中国に進出させる機会を探していた。
「僕のテーマは日中友好。日本人のKOLが増えれば日本に興味を持つ中国人も増えるはず。僕ひとりで発信するよりも、そのほうが効果的だと思いました」(松浦さん)
一方で帰国の理由には、中国ならではの事情もあったと松浦さんは明かす。
松浦さんが暮らしていたのは、日進月歩で開発が続く武漢。工事音がうるさ過ぎて、室内外問わず動画を撮影するのが難しくなっていたのだ。日本ならもっとクオリティの高い動画が撮れると、7年住んだ武漢を去ることを決めた。
日本人が中国進出するならビリビリがいい
8月には「山P」こと山下智久さんがweiboでアカウントを開設するなど、日本の芸能人の“中国進出”は加速している。
出典:山下智久_Yama-P(weiboより)
キムタクに山Pにと、中国のSNSアカウントを開設する芸能人はここ1年ほどで激増した。しかし松浦さんは「日本人が進出するなら、どのプラットフォームよりもビリビリから始めるのが良い」と断言する。
アニメや漫画も配信されているビリビリには、そもそも日本好きのユーザーが多いからだ。
松浦さんがプロデュースした中でヒットしたのは、日本でモデル・グラビアアイドルとして活動する熊江琉唯さん。9歳まで四川に住んでいた熊江さんは、堪能な中国語を活かして、松浦さんとの“コラボ動画”にも出演。約20万再生を記録している。
「中国人のKOLはツンケンしている人が多いけれど、熊江さんはスッピンを公開したり、自室を見せてしまったりと、ファンとの距離がすごく近い」。ここに日本人の勝ち筋があると、松浦さんはみている。
トレンドの移り変わり激しく、さらに広告の“ウソ”が見抜かれやすい時代に、日本発、中国で“勝てる”インフルエンサーは出てくるのか……。市場競争は、これからますます激化しそうだ。
(文・写真、西山里緒)
松浦文哉:株式会社 kyoukan 所属。同社KOLプロダクション「KOL JAPAN」プロデューサー。2012年より中国に渡り、日本語教師として働く傍ら、中国の動画系SNS「bilibili動画(以下、bilibili)」に投稿を開始。日本文化を中国人に紹介する内容の動画が人気を集め、bilibili内の日本人配信者第3位となるフォロワー数57万人を獲得(2019年10月時点)。2019年4月、日本に帰国。KOLとしての活動も行いつつ、後進のKOL育成にも力を注いでいる。