辞めた上司や辞めた部下、かつての同僚と、あなたの会社はつながっていますか?
提供:ハッカズーク
「辞めると伝えたら裏切る気かと言われた」「辞める日に部署に挨拶をしてはいけないと言い渡された」「密室で上司、部長、人事部長に囲まれた面接を数時間繰り返された」——。
会社を辞める時に、辛い仕打ちにあったという声は、珍しくない。「終身雇用が当たり前」の世代にとって、とりわけ若手の離職は、センシティブな部分もあるようだ。近年は「退職を言い出せない」人のための退職代行サービスもあるほど。
一方、辞めた社員も会社の財産と考え、関係を続けるサービスも生まれている。人材難の時代、会社と元社員の理想の関係とは。
事情は知っているけど客観的な存在
仕事のことも人間関係もよく知っているけれど、第三者の視点を持っている人。それが会社を離れた、元同僚だ。
提供:ハッカズーク
「もっとも印象に残っている思い出は?お互いに答えてみてください」
東京・表参道で今秋、元上司と元部下が再会して親交を深めるという一風、変わったイベントが開かれた。どちらかが仕事を辞めて1年以上会っていない「かつての」元上司と元部下が、誘い合って参加。集まった20人ほどが、飲みながら交流する企画やフリートークで盛り上がった。
「ずっと飲みに行こうと言いながら実現していなかったので。思い切って誘いました。2年近く前に転職した、同じチームの上司です。面倒見がよく、足で通って仕事を取るタイプの人で。いろんなことを教えてもらいました」
そう話すのは、広告代理店の営業職の男性(36)だ。元上司(43)も乗り気になってくれて、再会イベントは思った以上に盛り上がった。帰りは喫茶店で話し込み、仕事や人間関係について聞いてもらった。
「社内の事情を分かりつつも、同僚とは違う立場で客観的に見てもらえてすっきりした」(男性)。
上司の男性もしみじみ振り返る。
「面白そうという軽い気持ちで参加したのですが、思った以上にいい機会でした。他の人も誘おうと、次の約束もしましたよ」
主催したのは、名刺アプリEightを提供するSansanと、企業の退職者と元の会社をつなぐシステムを提供するハッカズーク。「会社を辞めた人」を指す「アルムナイ(alumni)」が近年、注目されている。今回のイベントも、アルムナイと企業のつながりを重視し、活用していく機運を高めるのが目的だ。
Sansanの担当者は言う。
「特にベンチャー企業では、社員と会社が一蓮托生のような感覚はありません。巣立っていった社員ともつながり、丁寧に送り出すことでビジネス上の可能性も広がるはずです」
マッキンゼーにマイクロソフト、P&Gもアルムナイ
Reuters/Arnd Wiegmann
「日本企業では、転職などで辞めた社員との関係が途絶えてしまう傾向があります。個人的に飲みに行くつながりはあっても、会社として辞めた社員への前向きなメッセージはなかなか、ありません」
そう話すのは、ハッカズークの鈴木仁志社長だ。
冒頭のように、会社を辞めるにあたって「まるで裏切り者扱い」されたというエピソードは、日本企業では珍しくない。ただし、外資系企業に目を向けると「アルムナイは大手の人気企業ほどカルチャーとして根付いています」(鈴木社長)。
もともと、英語で「卒業生」「同窓生」を意味するアルムナイだが、その後、コンサルやIT企業で「退職者」という意味でも使われるようになった。アクセンチュア、マッキンゼー、マイクロソフト、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)など名だたる人気企業が、アルムナイのネットワークを大切にしていることで知られている。
マッキンゼーのHPには「アルムナイセンター」が設けられ「120を超える国の1万5000以上の組織で(マッキンゼーの)アルムナイが活躍している」と、そのネットワークを誇っている。
「裏切り者」扱いを辞め方改革したい
ハッカズークの鈴木仁志社長。オリジナルTシャツには、「辞め方改革」のロゴが大きく踊っている。
撮影:滝川麻衣子
一方、日本企業は終身雇用の概念が根強く、就活でも『一生、ここで働きます』というような「忠誠心」を求められる風潮がある。しかし、この数年の変化を鈴木社長は指摘する。
「だんだん終身雇用が崩れ、会社側もむしろ気持ちよく送り出して、その後もネットワークを活かせないか?という発想が少しずつ生まれてきています」
目的としては、「出戻り社員」のような再雇用のケースもあるが、鈴木社長は「それだけではない。元社員に業務を委託するなどビジネスが始まる場合や、その紹介が顧客や外部アドバイザーになることもあります」と、説明する。
2019年は、経団連の中西宏明会長や、大企業中の大企業であるトヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用を守るのは難しい」との発言をするなど、日本の終身雇用が大きな曲がり角を迎えたといえる。
「せっかく育てたのに途中退職は裏切りもの」といった感覚は今後、変化していくことは間違いないだろう。
元社員が過去の人から財産になる日
撮影:今村拓馬
日本企業でも徐々に、アルムナイの動きは広がりつつある。
イベントをハッカズークと共催したSansanの寺田親弘社長は、自らも出身の三井物産のアルムナイ・ネットワークを立ち上げている。ヤフーは創立20年を迎えた2017年に、ヤフーを「卒業」した社員をつなぐ「モトヤフ」組織を立ち上げた。人材輩出企業を掲げてきた、リクルートの「元リク」と呼ばれる出身者のつながりは、退職後もビジネスで連携するなど強いことで知られている。
元社員のキャリアプロフィールを登録し、いつでも連絡を取れるSNSのような役割を担うハッカズークのアルムナイシステムも、化学メーカーのクラレや大手メーカーなどが、すでに導入。大手広告代理店も自社で利用する方向だ。
低成長時代の企業には、一括採用した全ての社員に、終身雇用と退職金を用意することが不可能になりつつある。長期に渡って雇用し、家族のように会社が社員の面倒を見てきた時代は、すでに過去のもの。望むと望まざるによらず「社員はいつか辞める」という感覚は、今後さらに広がるはずだ。
企業文化や事業領域を理解し、かつ、新たな視点を身につけた元社員が「過去の人」ではなく、企業の「財産」になる日。それは、企業サイドのアプローチ一つで、そう遠くないはずだ。
(文・滝川麻衣子)