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ナポレオンの子孫が披露宴をした、フランス最大の王宮を覗いてみよう

フォンテーヌブロー宮殿はそこに住んだ歴代の国王によって手が加えられ、今ではフランスにおける700年にもおよぶ芸術と建築が進化する様子を写し出す存在となっている。

フォンテーヌブロー宮殿はそこに住んだ歴代の国王によって手が加えられ、今ではフランスにおける700年にもおよぶ芸術と建築が進化する様子を写し出す存在となっている。

Courtesy of Palace of Fontainebleau

  • フォンテーヌブロー宮殿はフランス最大の王宮だとVery Frenchyが報じている
  • およそ700年の間、フォンテーヌブロー宮殿は王室の住居として使われた。これだけ長い間使われてきた王宮はここだけだとLe Francofilは報じた
  • 宮殿が完成した正式な日付は不明だが、Very Frenchyによると1137年まで歴史をさかのぼることができるという。
  • 何世紀もの間、宮殿は狩猟の拠点として、国王たちに好まれていた。16世紀になるとフランソワ1世が、中世の狩猟の拠点を、ルネッサンス様式の宮殿へと変貌させた。
  • 以来、宮殿は歴代の国王によって手が加えられ、今ではフランスにおける700年にも及ぶ芸術と建築の進化を写し出す存在となっている。
  • 2019年10月には、ナポレオン1世の子孫ジャン=クリストフさんと、ナポレオンの2番目の妻マリア・ルイーザの子孫にあたるオーストリアの貴族、オリンピア・アルコ=ツィネベルグさんが結婚し、フォンテーヌブロー宮殿で披露宴が行われた。

およそ700年の間、フォンテーヌブロー宮殿はフランス王室の居住地として使われてきた。これだけ長い間使われてきた王宮はここだけだと、Le Francofilは報じた。

宮殿の歴史は12世紀にさかのぼる狩猟の拠点として国王たちに好まれるようになった。その後、15世紀頃には廃墟となっていたが、16世紀にフランソワ1世が、中世の狩猟の拠点を現在のルネッサンス様式の宮殿へと変貌させた。

以来、宮殿は歴代の国王によって手が加えられ、今では700年以上にわたるフランスの芸術と建築の進化を写し出す存在となっている。

フランス皇帝ナポレオンの子孫ジャン=クリストフ(Jean-Christophe)さんとオリンピア・アルコツィネベルグ(Olympia von und zu Arco-zinneberg)さんが、この宮殿を贅沢な結婚披露宴の場として選んだのにも納得がいく。彼らは祖先の足跡を辿っているだけなのだ。

目を見張るような美しさの宮殿の写真とともに、フランスで最も価値が高いとされる宮殿について学んでみよう。

フォンテーヌブロー宮殿は、フランス最大の王宮だ

フォンテーヌブロー宮殿は、フランス最大の王宮

Courtesy of Palace of Fontainebleau

宮殿の歴史は12世紀にさかのぼり、何百年にもわたってフランスの国王たちに狩猟の拠点として好まれてきた。およそ700年もの間、連綿と使われ続けてきた宮殿はフランスでここだけであり、16世紀のフランソワ1世から19世紀のナポレオン3世まで、フランスの歴代すべての国王が利用してきた。

Source: Le Francofil,Very Frenchy,Château de Fontainebleau

1169年、カンタベリー大司教のトマス・ベケット(Thomas Becket)は、フォンテーヌブロー宮殿の礼拝堂を献堂。ニューヨークタイムズによると、1259年にはルイ9世が宮殿に修道院を設立した

フォンテーヌブロー宮殿の礼拝堂

Courtesy of Palace of Fontainebleau

Source:New York Times

宮殿は16世紀までは廃墟となっていたが、フランソワ1世が再興を図った。Very Frenchyによると、彼はイタリアのルネッサンスに触発され、建築家に「新たなローマ」を建造するよう指示したという

フォンテーヌブロー宮殿ギャラリー

Courtesy of Palace of Fontainebleau

宮殿には1500の部屋があり、敷地の広さは120ヘクタールに及ぶ。

Source:Very Frenchy

このギャラリーには、フランソワ1世の名が付いている

このギャラリーはフランソワ1世にちなんで名づけられた

Courtesy of Palace of Fontainebleau

ニューヨークタイムズによると、ギャラリーの奥行きは60メートルに及び、イタリアの著名な芸術家の作品が展示されている。ブリタニカによると、これらの芸術作品はこの宮殿のために特別に制作され、イタリアとフランスのスタイルがミックスされたフォンテーヌブロー派として知られるようになった。

Source:New York Times, Britannica, University of Notre Dame

今日、フォンテーヌブロー宮殿は、フランス皇帝ナポレオン1世の居城だったことでよく知られている。ナポレオンは、在位期間に宮殿の改築も行った

王座の間

王座の間

Courtesy of Palace of Fontainebleau

ナポレオンはさまざまなスケールで改築を行った。建物の主要部分を取り壊して中庭を広くしたり、宮殿への入り口のゲートに「N」の紋章を取り付けたりといったことだ。

Source:New York Times

フォンテーヌブロー宮殿は、ナポレオンが皇帝の座から退いた場でもある。タイムズによると、セントヘレナ島に追放されたナポレオンは、宮殿を「時代を重ねた家」「王の真なる住処」と呼んで回顧したという

フォンテーヌブロー宮殿 書斎

Courtesy of Palace of Fontainebleau

Source:New York Times

数世紀におよぶ物語が壁に刻まれ、1500もの部屋があるこの宮殿は、あらゆる側面が歴史に彩られている

フォンテーヌブロー宮殿 寝室

Courtesy of Palace of Fontainebleau

1831年、ナポレオン1世の甥にあたるナポレオン3世は、宮殿に新たな劇場を建設することにした。ベルサイユにあるマリー・アントワネット(Marie Antoinette)のトリアノン・シアターから着想を得て、400席の劇場を設計するようヘクター・ルフュエル(Hector Lefuel)に依頼した。

Source: Château de Fontainebleau

フィリベール・ドロルム(Philibert Delorme)、アンジュ=ジャック・ガブリエル(Ange-Jacques Gabriel)、アンドレ・ル・ノートル(André Le Nôtre)といったフランスの偉大な建築家も、宮殿の改築に携わった

フォンテーヌブロー宮殿 庭園

Courtesy of Palace of Fontainebleau

宮殿の装飾にはアンリ2世とその妻カトリーヌ・ド・メディシス、そして愛人のディアーヌ・ド・ポワチエのためのものもある。マリー・アントワネットのために1777年に造られたブドワール(女性用の小部屋)もある。

Source:New York Times

太陽王としても知られるルイ14世は、ベルサイユ宮殿だけでなく、フォンテーヌブロー宮殿の壮大な庭園の建設も命じた。ニューヨーク・タイムズによると、この庭園はヨーロッパ最大だという

フォンテーヌブロー宮殿 遠景

Courtesy of Palace of Fontainebleau

Source:New York Times

2019年10月、ナポレオン1世の子孫ジャン=クリストフさんと、ナポレオンの2番目の妻マリア・ルイーザ(Marie Louise)の血縁にあたるオリンピア・アルコツィネベルグさんが結婚した

ナポレオンの子孫が結婚

REUTERS/Benoit Tessier


盛大な結婚披露宴が、彼らの先祖が暮らしていたフォンテーヌブロー宮殿で行われた

フォンテーヌブロー宮殿 遠景

Courtesy of Palace of Fontainebleau

その披露宴は、歴史への敬意と愛に満ちた美しき祝宴となった。

[原文:One of Napoleon's heirs just got married in a medieval palace. Here's a closer look inside the lavish Château de Fontainebleau, home to kings and emperors for 700 years.

(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)

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