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カボチャ、黒猫、血まみれマリー…あなたの知らないハロウィーンの歴史

ハッピーハロウィーン!

ハッピーハロウィーン!

Drew Angerer / Getty Images

  • ハロウィーンはケルトとキリスト教の両方の伝統を受け継いでいる。
  • 常に不気味な雰囲気をまとっている行事だが、何世紀にも渡る歴史の中で、大きく変化した。

ハロウィーンは一年で最も不気味な夜だが、小売業にとっては恩恵だ。 全米小売業協会によると、アメリカでのハロウィーンの支出は2019年に88億ドル(約9600億円)に達すると予測されている。

そして、ハロウィーン・フィーバーは、アメリカにとどまらない。実際、世界中の人々がさまざまな方法でこの休日を祝っている

この奇妙な風習はどこから来たのだろうか。これらは多くの歴史は何世紀もさかのぼることができる。そして時間とともに変化し、古代の伝統行事から今日我々が知っている派手な「恐怖の祭」になった。

我々が愛しているハロウィーンの伝統の起源を見てみよう。

「ハロウィーン」という言葉は詩から広まった

「ハロウィーン」という言葉は詩から広まった

Tim Boyle / Getty Images

スコットランドの詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)は、1785年の同名の詩で「ハロウィーン」という言葉を普及させた。

この言葉自体はどこから来たのか。Online Etymology Dictionaryによると、2つの単語が合わさったもので、「Hallow(ヘイロー)」は11月1日の「諸聖人の日」に祝う聖人のこと、「een」は「eve(イブ)」を縮小したもの。つまり、ハロウィーンは「諸聖人の日の前夜」の昔ながらの言い方ということになる。

これは、11月1日がすべての聖人や亡くなった信徒を祝うために捧げられたキリスト教の祝祭であることから来ている。キリスト教の伝統では、例えばクリスマスイブのように、大きな祝宴はその前夜に始まる。

その伝統は古代にまでさかのぼる

その伝統は古代にまでさかのぼる

Sergei Grits/AP Images

歴史家たちはハロウィーンを、アイルランド、スコットランド、マン島で祝われる夏の終わりのケルトの祭り、サウィン祭(Samhain)と関連付けてきた。

ケルト神話によると、サウィン祭の時期には、あの世とこの世の間が薄くなり、死者の魂と霊が戻りやすくなる。ミラーによると、人々は先祖の霊などのために食べ物を供えたという。

ブリタニカによると、キリスト教会の初期には春に祝われていたが、ローマ教皇グレゴリー4世が837年に現在の日付に変更したという。理由は不明だが、教会のケルト派の影響や、死について記念するには秋の方がいいから、という説がある。

アップルボビングは、以前は単なるパーティーゲーム以上のものだった

アップルボビングは、以前は単なるパーティーゲーム以上のものだった

Topical Press Agency / Stringer / Getty Images

ハロウィーンは今ではカボチャと密接に関係しているが、リンゴはその歴史の中で重要な役割を果たしてきた。リンゴはケルト神話に数多く登場し、しばしばあの世と結びついている。

アップルボビング(桶の中のリンゴを手を使わずに口でくわえて取り出すゲーム)は今でも人気がある。NPRによると、この習慣はかつてハロウィーンに行われる占いの一種だった。人々は水の入った桶に頭を入れ、伴侶を探すかのように浮かんでいるリンゴに噛み付く。女性はリンゴに印をつけて桶の中に放り込み、それを水から引き上げた人と運命づけられていると考えた。

ジャック・オー・ランタンは悪魔との取引を象徴している

ジャック・オー・ランタンは悪魔との取引を象徴している

Charles Sykes/AP Images

暗い道で悪魔に出会っても、木に登るように仕向けてはいけない。アイルランドの伝説的人物ジャック・オー・ランタンのようになってしまうかもしれないから。

現代のカボチャの飾りは、確かにすてきな装飾になる。しかし、かつてアイルランドの人々は、その不吉な伝説に因んで、火を灯したカブを「ジャック・オー・ランタン」と呼んだ。

ある晩、ジャックという名の酔っぱらいが、木の皮に十字架を彫って、悪魔を木の上から降りられないようにした。ジャックは悪魔を開放する代わりに、自分を地獄に落とさないと誓わせた。

ジャックは自堕落な一生を送ったので、死んだときに天国に入れてもらえなかった。そこで彼は悪魔の元にいったが、悪魔は誓いを守って地獄には入れず、燃える石炭を投げつけた。行くところがなくなったジャックは、燃える石炭をカブに入れてランタンとして使い、永遠にさまよい続けるようになった。

「トリック・オア・トリート」は昔からあるが、キャンディーが出てきたのは最近のこと

「トリック・オア・トリート」は昔からあるが、キャンディーが出てきたのは最近のこと

Win McNamee / Getty Images

「トリック・オア・トリート」はさまざまな伝統が合体したものだ。スミソニアン誌によると、古代のケルト人たちは悪魔を混乱させるために悪霊の格好をしていたという。中世のイングランドでは仮想した人々が金持ちに「ソウルケーキ」をねだった。ただし、『The Compleat Teacher's Almanack』によると、彼らはいたずらをすると脅すのではなく、ケーキと引き換えに人々の魂のために祈ったという。

中世ヨーロッパでは、主要な祝宴の日には、変装して近隣を訪ね、踊り、音楽を演奏し、芸をすることが流行した。

タイム誌は、アイルランド系とスコットランド系の移民が1800年代に仮装をアメリカにもたらしたと報じている。しかし、現代の「トリック・オア・トリート」は、1920年代になるまでアメリカでは流行しなかった。『Gangsters, Pranksters, and the Invention of Trick-or-Treating』によると「トリック・オア・トリート」は1950年代に入って議論を呼び、多くの大人が反対していたという。

「ブラッディ・マリー」の起源は不明

「ブラッディ・マリー」の起源は不明

Tom Tom/Shutterstock

真夜中に鏡の前に立ち、名を呼ぶと姿を現すという「ブラッディ・マリー」。

民俗学者でありカリフォルニア大学バークレー校の教授でもあったアラン・ダンデス(Alan Dundes)は「Bloody Mary in the Mirror: A Ritual Reflection of Pre-Pubescent Anxiety」という論文で、「メアリー・ワース」や「マリー・ホエールズ」としても知られる「ブラッディ・マリー」のさまざまな起源について書いている。

「ブラッディ・マリー」には、鏡を覗く少女(しばしば浴室で)、暗闇、血、呪文、呪われたマリーの姿などさまざまな要素が伴う。

黒猫は何百年も前から超自然的なものと関連づけられてきた

黒猫は何百年も前から超自然的なものと関連づけられてきた

Flickr/Rosana Prada

ハロウィーンでは黒猫の衣装が特に人気がある。

「中世に黒猫は魔女の化身として描かれることが多かった。初期の入植者である清教徒が悪魔や魔女に関係するものをすべて拒絶していたアメリカでは、黒猫を不気味なものとしてとらえる原因になっているようだ」とクロエ・ローズ(Chloe Rhodes)は『Black Cats and Evil Eyes: A Book of Old-Fashioned Superstitions』に書いている

History.comによれば、魔女は身を隠すために黒猫に変身すると信じられていた。


[原文:The dark history behind Halloween is even more chilling than you realized

(翻訳、編集:Toshihiko Inoue)

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