ユーグレナ最高未来責任者(CFO)就任が決まった小澤杏子さん。取材当日は、午前中にバスケットボール部の練習をしてきたという。高校では自ら研究にも取り組んでいる。高校生活と研究、そしてCFOの活動と「1日が30時間くらいあれば良いのに」と楽しそうに語る姿が印象的だった。
撮影:三ツ村崇志
「小学生が『世界を平和にしよう』と言っても、実現するのは難しいじゃないですか。同じように、今の私が『世界の貧困をゼロにしよう』と言っても、すぐにできることではありません。
身の回りの課題を一つずつ解消していくことで、大きな一歩につなげていかなければならないと思っています。口先だけではなく、ちゃんと形に残る、価値のあるものを1年でやっていきたいです」
そう語るのは、ミドリムシを使った研究開発をもとに、国産バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化などに取り組む国内バイオベンチャー、ユーグレナの最高未来責任者(Chief Future Officer、CFO)」に就任した、小澤杏子さん(17)だ。
小澤さんは、都内の高校に通う高校2年生。
ユーグレナは、地球環境や健康に対する課題解決を目指す上で、未来を生きる当事者たちに議論に参加してもらう必要性を感じ、18歳以下のCFOを公募していた。
CFOの募集は8月31日に締め切られた。
出典:ユーグレナHPより編集部がキャプチャ
10月29日、小澤さんのCFO就任、そしてCFOとともに議論に参加する8名のサミットメンバーが発表された。
前代未聞のプロジェクトへの期待
CFOの任期は1年。その間、同社の2030年に向けた「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、SDGs)」へのアクションや、達成目標の策定に携わるサミットを運営する。ほかにも定時株主総会をはじめ、各種イベントでのプレゼンテーションなど、重要なポストを担う。
小澤さんはこの前代未聞のプロジェクトへ応募した動機や、ユーグレナに対する印象を次のように話す。
「今のユーグレナがどんな課題を抱えているのかは、正直まだよくわかりません。ただ『今が不十分だから何か行動しよう』と行動に移せるのはすごいと思います。
この会社の中で、私の経験をどう活かせるのか、なぜ今回18歳以下限定のCFOを募集したのか、そうした興味はもちろん、1年間を通して私自身学べることが多いと思って応募しました」
ユーグレナは、幅広い分野に対する旺盛な知的好奇心、課外活動等における社会性の高さ、そして集団 を先導していく上で必要な高い柔軟性とバランス感覚を備えた人材であると小澤さんを評価。「一緒に未来を変えていけるポテンシャルがあることを、選考にあたった当社メンバー全員が高く評価しました」という点を、選定した理由としている。
また、同社の出雲充社長は、今回のCFOの決定について次のように語っている。
「小澤さんとはCFO の最終面接で初めてお会いしましたが、一緒にユーグレナ社の仲間として社会と未来、そして地球のためにSDGsの達成に向けて活動していける方だと感じました。
未来を良くするための提案をどんどんお願いしたいと思っています。前向きに楽しみながら、CFO活動に取り組んでください!」
小澤CFOに出雲社長の印象を聞くと、「すごく柔らかい方。とても優しい、フランクな方という印象」と話していた。
撮影:三ツ村崇志
課題を一つずつ解消することが大きな一歩に
応募時に課せられた1200字の作文で、小澤さんは持続可能な社会を実現する方法の一つとして、研究者支援の必要性を強く主張していた。
10月9日に発表されたノーベル化学賞。旭化成の吉野彰名誉フェローが受賞し、日本の科学力の高さが示された。ただしこういった成果は、過去に資金投資をはじめとした研究者へのサポートがあったからだ。
小澤さんは、近年日本で再三指摘されている費用対効果を重視して基礎研究を軽視する傾向が、研究の多様性を失わせ、将来の可能性の芽を摘むことにつながっているのではないかと危機感を感じているという。
彼女自身、SSH(Super Science High School)という文部科学省に指定された先進的な理数教育を実施する高校に通い、「フラボノイドと腸内細菌の関係」についての研究を行う、駆け出しの研究者でもある。研究者支援の重要性を感じているのは、自身の研究体験があってこそだ。
小澤さんらの研究では「アントシアニン」という色素を使用している。高純度のアントシアニンは、たった数ミリグラムでも数万円するほど高価で、とてもではないが高校生の研究で簡単に使えるものではない。研究における金銭的な支援の必要性を痛感した。
また、研究の過程で、大学の研究者からのアドバイスを受ける機会もあった。自身らと比べて圧倒的な知識、研究ノウハウを持つ存在からのアドバイスは、目からウロコだった。研究に対する新しい視点や、みずからの研究の対外的な発信方法など、学ぶことが多かったという。
「私自身、高校がSSHという仕組みに認定されていたから研究をやってみようという気持ちが生まれたし、大学の先生からのアドバイスなどの支援を受ける機会があったからこそ、もっと頑張ろうと思えました」(小澤さん)
もちろん、研究者によって必要としているサポートは異なる。研究費が必要な人もいるだろうし、研究のアイデアや異なる角度からの意見を欲している人もいるだろう。
小澤さんは研究者が抱える課題を一つずつ解決することが、新たな研究の可能性を育んだり、研究者自身のやりがいを高めたりして、結果的に持続可能な社会の実現という大きな一歩につながるのではないかと考えている。
試される現代の大人たち
CFOとサミットメンバーの募集では、合わせて500名以上の応募があった。
出典:ユーグレナHPより編集部がキャプチャ
サミットに参加する8人のメンバーとの顔合わせもすでに終えた小澤さん。ユーグレナから求められている役割をこなしながら、1年間活動していくビジョンを次のように語ってくれた。
「サミットメンバーとの顔合わせの時には圧倒されました。みんないろいろな考えをもっていて、しかもはっきりとしたビジョンもある。だからこそ、まずはみんなが思っていることをしっかり聞きたい。それを踏まえて、1年でやり遂げられる課題をしぼり込み、形にしていきたいと思います」
18歳以下だからといって、夢だけを語る子どもではない。
「テストで100点取りたいと言っても、頑張って勉強しなければ100点は取れない」「口で言っているだけでは、何も進歩しない」
そう話す小澤さんは、社会問題でも環境問題でも、構造は同じだと指摘する。
小澤さん、そして他8人のサミットメンバーは、現代の大人たちが目を背け続けてきたこの困難なミッションに本気で取り組もうとしている。
未来の大人たちによる本気の取り組みを、ユーグレナはどうバックアップするのか。
そして、社会は彼らにどう呼応するのか。
ユーグレナの前代未聞の取り組みによって試されているのは、現代の大人たちなのかもしれない。
(文、写真・三ツ村崇志)