Reuters
- 過激派組織「イスラミックステート(IS)」の指導者、アブバクル・バグダディ容疑者の死はISにとって打撃だが、戦闘員を募集したり、西側諸国に対する攻撃をあおる手段にもなるだろうと専門家は警鐘を鳴らしている。
- テロリズムの専門家、マイケル・S・スミス(Michael S. Smith II)氏は、「バグダディ氏の"殉教"がイスラミックステートにとって大きなプロパガンダになることは、ほぼ間違いない」とINSIDERに語った。
- バグダディ容疑者は身柄を拘束されたり、殺害されるのではなく、自爆した。これがISのメンバーや今後ISに加わろうとする者にとっては、強さの象徴として映るだろうとスミス氏は指摘する。
- アメリカの元政府高官も、テロ組織の指導者を殺害することはイデオロギーを壊すことにはならず、むしろISやアルカイダといったテロ組織に根拠を与えるだけだと警告する。
アメリカのトランプ大統領は、過激派組織「イスラミックステート(IS)」の指導者アブバクル・バグダディ容疑者の死を大きな勝利として称えているが、テロリズムや国家安全保障の専門家は、バグダディ容疑者の死がISの人員募集のためのツールになる可能性がある —— そしてバグダディ容疑者の死は必ずしもISとの戦いの終わりを意味しないと、警鐘を鳴らしている。
ムハンマドの後継者を自負し、「カリフ」と称したバグダディ容疑者が死亡した今、一部の専門家はむしろ危険が高まったと考えている。
「バグダディ氏の"殉教"がイスラミックステートにとって大きなプロパガンダになることは、ほぼ間違いない」とテロリズムの専門家で、ジョンズ・ホプキンス大学のGlobal Security Studies Programの非常勤講師でもあるマイケル・S・スミス氏はINSIDERに語った。
シリア北西部イドリブに潜んでいたバグダディ容疑者は、米軍特別部隊の急襲を受け、自爆ベストを爆破させて死亡した。スミス氏は、バグダディ容疑者がアメリカによって身柄を拘束されたり、殺害されるのではなく自爆したことで、ISのメンバーや今後ISに加わろうとする者にとっては、強さの象徴として映るだろうと言い、「中でも、西側諸国におけるテロ攻撃を実行しようとしている者にとっては」と指摘する。
同氏は、ISやアルカイダといった集団から「象徴的な指導者」を排除することは「グッド・プラクティス」ではあるものの、「必ずしも世界を危険の少ない場所にするものではない —— 実際、アメリカを中心に、ISの人員確保や暴力をあおる能力が高まる可能性がある」と言う。
指導者を殺害しても、イデオロギーは死なず
バグダディ容疑者について、トランプ大統領は「哀れに泣き叫んで死んでいった」と説明した。だが、これが事実だと証明する明らかな証拠は示されていない。そして一部の専門家は、大統領の言葉が"アメリカは反イスラム教の帝国主義者だ"とするISの主張に根拠を与えかねないと指摘している。
ISISに関するトランプの発言:「彼らは技術的には非常に優秀だ。世界の大半の人間よりもインターネットを上手に使っている。ドナルド・トランプを除いては」
そして、彼はバグダディが「犬のように死んだ」とき「哀れに泣き叫んでいた」と言った。
2007年から2011年にかけてアメリカの国家テロ対策センターを率いたマイケル・ライター(Michael Leiter)氏は、トランプ大統領が「バグダディ氏の重要性を誇張している」とし、「アメリカは世界中でイスラム教徒と戦い、気にかけるのは自分のカネと石油といった経済的利益のみだとするISやアルカイダの主張に根拠を与える」ような「言葉を繰り返し使用している」とVoxに語った。
ライター氏はまた、トランプ大統領が「こうした組織がいかにして生まれ、支配を広げてきたか、そしてどうすれば打ち負かすことができるか、歴史的な理解の明らかな欠如」を示していると言う。
「大統領にとってはある1人の人物を探し出し、殺害することが全てだったのだろう」「それも重要だ。だが、これはテロリスト集団を最終的に排除するものではない」とライター氏は続けた。
テロ組織の幹部の死がISといった集団にとって一時的な打撃になることは、歴史が証明している。だが、その人物が組織の中でいかに重要であるかにかかわらず、人を殺してもイデオロギーは死なない。
ホワイトハウスのテロ対策の元責任者、ジェイブド・アリ(Javed Ali)氏がワシントン・ポストに語ったように、「現代の対テロの歴史においては今のところ、こうした類の攻撃が戦略の破たんやテロ組織の崩壊につながらないことを歴史が示している」。
シリアでは週末にかけて、バグダディ容疑者とISの報道担当者アブ・ハッサン・アル・ムハージル氏に対する米軍の軍事オペレーションが続いた。だが、バグダディ容疑者の死を最初に報じたNewsweekによると、ISはすでに新しい指導者にアブドラ・カルダシュ氏を指名していたという。バグダディ容疑者はISの象徴的な指導者となっていて、組織の日々のオペレーションには密接に関与していなかったようだ。
シリアにおけるトランプ大統領の大失敗は、帳消しにならない
過激派組織「イスラミックステート」の指導者、アブバクル・バグダディ容疑者。
Associated Press
安全保障の専門家の中には、バグダディ容疑者の死はISの弱体化を表しているとして、戦闘員などを集めるのにマイナスになると考える者もいる。だが、大半はこれがテロ集団の終わりではなく、米軍のシリア北東部からの撤退というトランプ大統領の決断は「破滅的」との意見で一致しているようだ。
バグダディ容疑者死亡のニュースは、シリア北東部からの米軍撤退を決めたトランプ大統領への批判が高まる中で入ってきた。米軍を撤退させることで、トランプ大統領はアメリカが主導してきたISとの戦いで矢面に立ってきたクルド人勢力を実質的に切り捨てようとしている。連邦議会などではこれがIS復活への道を開くのではないかとの懸念が高まっているが、トランプ大統領はこうした懸念を"バグダディ容疑者の死"によって払拭しようとしているようだ。
オバマ政権で国家安全保障会議のテロ対策を担当していたジョシュア・A・ゲルツァー(Joshua A. Geltzer)氏は、「テロ集団のこれほどの大物指導者を排除することは、これを可能にした情報機関や軍関係者にとっては大きな成果であり、これはISの急進化やリクルーティングの能力をそぐための重要なステップの1つだ」とインディペンデントに語っている。
だが、ゲルツァー氏は、組織としてのISはバグダディ容疑者よりも「大きく」、「このオペレーションだけをもって、終わりからは程遠い、ISとの戦いにおけるアメリカ最大の地上戦におけるパートナーを切り捨てるというトランプ大統領の犯した戦略的な間違いを帳消しにできるものではない」と言う。
[原文:Baghdadi's death could be a 'propaganda bonanza' for ISIS and incite more violence]
(翻訳、編集:山口佳美)