SHOWROOM最高執行責任者に就任する唐澤俊輔氏。メルカリでは人事全般と組織づくりを担う中核人材だった。
撮影:今村拓馬
ライブ配信サービス「SHOWROOM」を運営するSHOWROOMは10月30日、メルカリ執行役員VP of People & Culture兼社長室長だった唐澤俊輔氏(36)が11月1日付でCOO(最高執行責任者)に就任することを明らかにした。
メルカリがマザーズ上場を経て600人から1800人規模へと社員を増やす成長期に、組織づくりとカルチャー浸透に貢献した中核人物の、いきなりの引き抜きだ。
「メルカリは今でも大好き」と語る唐澤氏に、SHOWROOM前田裕二社長(32)との出会いと、成長に寄与したメガベンチャーから、再び駆け出しのベンチャーに飛び込むという決断の内幕を聞いた。
あまりにスピードの速いメルカリでの2年は「5年に相当」
「いい話だから行っておいで」
2019年9月中旬、上司であるメルカリ社長=当時、現会長=の小泉文明氏に、唐澤氏が退職の意を伝えた時。小泉社長からの第一声はそれだった。
「ベンチャーでCOOをする大変さを味わって来いよ」(小泉社長)
社長の右腕として経営の一角を担って来た部下の退職は、どんな企業であっても痛手がないと言えば嘘になるだろう。
メルカリは2018年6月に東証マザーズに上場して1年。キャッシュレス決済やスポーツチーム経営といった相次ぐ挑戦に、アメリカ市場への投資フェーズで最終赤字という正念場だ。それでも背中を押してくれた小泉社長のその言葉を、唐澤氏は忘れられない。
「会社を辞めてチャレンジしたいことができました —— と切り出して。10月に控えていた(メルカリ社内の)組織改変は、自分を外して描いて欲しいと言いました。一言も止められませんでした」
退職の意向を切り出した時、メルカリ小泉社長が受け入れてくれた言葉を、忘れることはない。
12年間勤め、史上最年少部長にもなった日本マクドナルドから、唐澤氏がメルカリへ転職して丸2年が過ぎていた。毎月100人単位での採用と、メルカリを象徴する「Go Bold(大胆にやろう)」といったカルチャーの構築と浸透、マザーズ上場、鹿島アントラーズ買収 ——。組織の核を作る刺激的な仕事に携わってきた。
「2年でしたが、メルカリのスピードはあまりにも速いので5年は過ぎた感じがします」と、振り返る。
唐澤氏自身は、メルカリを辞めるつもりは全くなかったという。小泉社長に辞意を伝える5日前、SHOWROOMの前田社長に会うまでは。
機会格差をテクノロジーで解決したい
SHOWROOM社長の前田裕二氏。初めてじっくり話した40分間が、唐澤氏の運命を変えた。
提供:SHOWROOM
もともとディー・エヌ・エー(DeNA)内の一事業だったサービスSHOWROOMを会社分割し、2015年に設立されたSHOWROOM。同社長の前田裕二氏は、DeNA会長の南場智子氏がその人物を見込んで入社を口説き落としたことでも知られている。
その前田氏と唐澤氏は2019年9月、知人の紹介で初めて一対一で話すこととなった。東京・神宮前(現在は渋谷へ移転)のSHOWROOMのオフィスを訪ねた40分間は、唐澤氏の人生を大きく変えることとなる。
仮想ライブ空間のSHOWROOMは、アーティストやアイドルになりたいという人は誰でも、オンラインでライブパフォーマンスが可能なプラットフォーム。スマホのアプリでライブを配信し、視聴者はギフティング(有料アイテムの購入)で応援できるサービスだ。
だが、前田氏が語った「やりたいこと」はそこにとどまらなかった。
「単に楽しい世界を作ろうではなく、機会格差をなくして、努力がフェアに報われる、夢の叶う世界を作り上げていきたい、と。機会格差という社会課題をテクノロジーで解決していこうとしている。素晴らしい仕事だと思いました」(唐澤氏)
夢中で語り合った後の互いの印象はどちらも「理論と感情のバランスの取れた人」。知人に送った感想が、不思議にピタリと一致していた。
次の社会に貢献する会社を作ることが恩返し
メルカリで学んだ一番のことは、スピード経営だ。
撮影:伊藤有
そこから「5営業日間、考えました」(唐澤氏)。
結果、かつてのメルカリのような成長期にあるSHOWROOMに飛び込むことを決意する。
「去年と全く違うことをやる方が成長できる。そういう環境に身を置きたい」
COOとして組織の基盤を作ることで、その成長を支えたいと考えた。
もちろん、迷いがなかったわけではない。
「メルカリではあまりにも多くのことを学びました。一番は、スピード経営。まずやってみて違ったらやり方を変える。一つ組織ができた日から、次の組織をどうしようかと話をするような会社でした」
成長を支える一角となってきた自覚はあったものの、そうして自分自身を育ててくれたメルカリに恩返しをしたいという思いがあった。
「SHOWROOMは経営者の一人としてメルカリで学んだことを実践できる環境です。学んだことを次の成長産業、次の社会に貢献する会社を作っていく方がメルカリに恩返しができると、最後には考えました」(唐澤氏)。
変化は自ら起こせば前進のためのもの
自動車工場がつぶれ、山一証券の破綻を目の当たりにした少年期から「安定ってなんだろう」と考えた。
唐澤氏が社会人になった2005年は、やがて起きるリーマン・ショック前の好景気。慶應義塾大学法学部を卒業した唐澤氏の周囲は、名だたる大企業や銀行に続々就職するような環境だった。
そんな中で店舗縮小、リストラが吹き荒れた直後の日本マクドナルドに入社するという唐澤氏の選択は、異端だった。同社は価格戦略の失策で客離れを起こし、経営再建期にあった。
その背景を唐澤氏はこう振り返る。
「小学生の時に、地域の大手自動車工場がつぶれ、いちばん威張っていた大手自動車会社の親をもつ同級生たちが引っ越していった。中学生の時には山一証券が潰れるのをニュースで目の当たりにした。安定って何だろうと思いました」(唐澤氏)
そこから導いた結論が、これだ。
「一番の安定は自分が常に成長し、どんな環境でも食べていけるようになることだ、と」
日本マクドナルド本社での新卒採用一期生だった唐澤は、親のような年代の社員たちと肩を並べて働いた。
マーケティング部門で頭角を現し、史上最年少の28歳で部長に抜擢。2015年には社長室長として全社の変革に携わった。2017年にまだ名を知る人も少ないメルカリへ転籍、経営陣の一角として成長を支えてきた中で、今回のSHOWROOMへの参画。たしかに常に変化に身を置いてきたと言える。
そこで培ってきた変化の捉え方について、こう語る。
「日本は人口が減少しマーケットも縮小していく、変化が前提の時代。一つの会社に残るのも変化、出るのも変化です。変化は受け身の時には安定を崩すリスクになりますが、自ら起こせば前進して行くためのものになる」
尖ったタイプとまとめるタイプの両輪
親会社DeNAから独り立ちし、上場へと向かう時期がきている。
DeNAからの分社化から5年、会員登録者数328万人、アプリダウンロード数437万ダウンロードとなったSHOWROOM。これまでイベントや手数料で賄ってきた収益源を、今後は広告にも広げたり、新規事業を確立したりと、やるべきことは山積みだ。上場を目指しながら、本当の意味で親会社DeNAから独り立ちし、次の成長に向かう時期にある。成長期のベンチャーの登り道は、決して緩やかなものではないだろう。
唐澤氏は前田氏を「外に出て仲間づくりをするのに長けていて、エンタメ界で外交をさせたら日本のトップ」と評する。そんな前田氏と自分の目指すバランスを、メルカリ創業者でありCEOの山田進太郎氏とCOOとして支えてきた小泉氏になぞらえて、唐澤氏はこう言う。
「進太郎さんも前田のように尖ったタイプの経営者。プロダクトづくりに専念する進太郎さんと社内をまとめる小泉さんとは名コンビでした。尖ったタイプとまとめるタイプと両輪がなければ会社は前進しない。前田とは、まさにそんな両輪を実践したいですね」
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)
唐澤俊輔:1983年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。大学卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社。28歳で史上最年少で部長。経営再建中に社長室長、マーケティング部長を歴任。2017年株式会社メルカリへ。2018年4月より執行役員VP of People & Culture 兼社長室長。人事全般やカルチャーの浸透といった組織開発の責任者。また社長室長として、国内外事業の成長戦略の立案・実行に貢献。グロービス経営大学院 客員准教授。2019年11月1日付でSHOWROOMのCOO(最高執行責任者)に就任。