イスラム国(IS)の指導者アブ・バクル・アル・バグダディ。
U.S. Department of Defense/Handout via REUTERS
過激派組織イスラム国(IS)の指導者アブ・バクル・アル・バグダディを急襲する米軍の作戦は、米軍側に1人の犠牲者も出さずに標的を仕留めるという、ほぼ完璧な成功を収めた。
実行したのは米陸軍の対テロ特殊部隊「デルタフォース」と、やはり米陸軍の空挺特殊部隊「第75レンジャー連隊」の計約100人から成るチームで、米陸軍の特殊作戦空輸部隊である「第160特殊作戦航空連隊」(通称ナイトストーカーズ)のヘリ部隊も参加した。
中東地域を担当する米中央軍の作戦ではあるが、実際に作戦を指揮したのは、米軍の特殊作戦を統合指揮する「アメリカ特殊作戦軍(USSOCOM)」の隷下で、非公開の特殊任務部隊を統括する「統合特殊作戦コマンド(JSOC)」だろう。
JSOCが運用する部隊は、陸軍のデルタフォースおよび海軍の「特殊戦開発群」(通称シール・チーム6)などで、これらの隊員は氏名も素顔も非公開。今回の急襲作戦にはデルタフォースが投入された。
作戦本部は、イラク北部クルド自治区のエルビルに設置されたとのことだが、おそらくJSOC主導でタスクフォースが組まれたのだろう。突入部隊はデルタフォースが担当し、地元民兵への警戒監視を含む現場での特殊作戦支援を主に第75レンジャー連隊が担当したとみられる。
第75レンジャー連隊およびヘリを運用したナイトストーカーズは、似たような名称が多くてややこしいが、USSOCOM隷下の「陸軍特殊作戦コマンド(USASOC)」の所属。USASOCは米陸軍の公開の特殊作戦部隊を運用する司令部だ。
まとめると、バグダディ急襲作戦の陣容は、指揮系統的にはJSOCの指揮で、JSOC所属のデルタフォースが突入を主導し、その支援にUSASOC所属の第75レンジャー連隊とナイトストーカーズがあたった構図とみられる。
どうやってバグダディを見つけたのか
シリア・イドリブ県でバグダディの潜伏場所を爆撃する前(左)とその後。粉々に。
U.S. Department of Defense/Handout via REUTERS
こうした陣容を整えた米軍だが、そもそも標的であるバグダディの居場所をどうやって突きとめたのか。
非常に機密度の高い情報活動(インテリジェンス)に属することがらであり、米政府当局から公式発表はまだないが、米メディア各社の報道で、少しずつ真相が明らかになりつつある。
それによると、どうやら一番のカギは、ISの中枢でバグダディの世話役のような地位にあった人物が、クルド人主体の地元民兵組織「シリア民主軍(SDF)」の情報提供者、つまりスパイだったということのようだ。この男を「A」としよう。
Aはバグダディの行動を間近で確認しており、その情報が襲撃作戦の決定打になったとみられる。
バグダディの潜伏先の拡大画像。
U.S. Department of Defense/Handout via REUTERS
バグダディの所在特定にあたっては、トルコ当局もイラク当局も自分たちが貢献したことを喧伝しており、実際にそれぞれ何らかの情報提供をした可能性もある。とはいえ、トランプ大統領も作戦報告の会見でとくにクルド人部隊の協力があったことに言及しており、SDFの貢献度の高さは伺える。
メディア各社もこの点に関してさまざまな「説」を報じ、そのほとんどが匿名の「情報筋」の基づく内容だったが、それよりもSDFのマズルーム・アブディ司令官が実名で登場し、Aの役割について具体的に米NBCテレビやFOXテレビなどに証言していた内幕情報が注目される。
クルド民兵周辺からの情報にはニセ情報も多いが、米当局者も知る話について、SDF司令官が実名で具体的に語った内容であれば、かなり信憑性が高いと言える。
とくに米ワシントンポスト(10月30日付)は、マズルーム司令官の証言を裏づける米当局者の証言を複数得ており、真相にもっとも近いものと推測できる。
情報提供者は「スンニ派のアラブ人」か
10月27日、バグダディ急襲作戦の成功を発表するトランプ大統領。
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それらの情報からすると、情報提供者Aはスンニ派のアラブ人で、近親者がISに殺害されたためにSDFに寝返ったようだ。以降、SDFは情報提供者としてAを大事に運用してきた。
マズルーム司令官によると、Aは2019年春に「バグダディがイドリブ県に移動してきた」と知らせてきた。
SDFがその情報を米情報機関に伝えると、アメリカ人3人を含む極秘チームが編成された。Aが本当に信用できる人物なのか、米情報機関のほうでもかなり綿密に調査したが、信用できると判断されたようだ。
ワシントンポストが取材した米当局者たちによると、Aはバグダディがイドリブ県内を移動する際の世話役で、補給なども行っており、バグダディに信頼されていたという。結局、Aが持ち出した下着の付着物のDNA鑑定で、そこに潜む人物がバグダディ本人に間違いないと判定された。
その後、Aは隠れ家の詳細な情報などを提供。今回の襲撃作戦の間も現場におり、米軍部隊に救出された。
作戦の2日後に家族とともに同地から離れ、バグダディの所在情報に懸けられていた賞金2500万ドル(約27億円)の全額あるいは一部を受け取る可能性が高いという。
紛争地域でのインテリジェンス活動の仕組み
ヴァージニア州ラングレーの米中央情報局(CIA)本部ロビー。
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アメリカ側でSDFと協力してAの情報を扱ったのは、おそらく米中央情報局(CIA)だ。
アメリカが実際にシリアでどのような情報活動をしていたのかは不明だが、米当局がバグダディの所在のような機密度の高い情報を追う場合の大まかな仕組みは、ほぼ以下のようなものだ。
アメリカの紛争地域でのインテリジェンス活動には、軍と情報機関の2つの系統がある。さらに、軍のなかにも情報部隊と特殊部隊の2つの系統がある。
軍の情報部隊は、現地国の軍情報機関などと接触して情報交換したり、各種情報を分析したりするのが任務で、本格的な戦闘訓練はあまり受けておらず、危険な紛争現場の最前線には通常は投入されない。
シリアやイラクのような危険地帯の場合には、こうした情報部隊よりも、最前線に投入される特殊部隊のインテリジェンス活動がきわめて重要になる。
デルタフォースやシール・チーム6などの対テロ部隊は、急襲作戦のような戦闘訓練だけでなく、現地で情報収集活動をしたり、現地有力者を抱き込んだりする訓練を受けている。
シリア北部には今回の作戦以前から、そうした情報活動任務および警戒監視のため、デルタフォースが常駐していたようだ。地元勢力との交渉術に長けたデルタフォースは、SDFとの共同作戦における連携でも、主要な役割を果たしていたものと推測される。
なお、JSOCとUSASOCの共用部隊として、「情報支援活動部隊(ISA)」や「グレイフォックス」など暗号名も時によって変わる、ごく少人数のきわめて機密度が高い偵察部隊が存在するといわれている。最前線で小型無人機や特殊な電波傍受機器などを駆使して情報を集めるその部隊が、イラクやシリアに派遣されていたかどうかは不明である。
CIAのインテリジェンス活動の仕組み
レバノンのパレスチナ難民キャンプに掲げられたISの旗。バグダディの死はISの終えんを意味するのか。
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他方、情報機関の系統では、国防総省の情報機関「国防情報局(DIA)」のスパイ活動担当部署「秘密活動部」もあり、イラク北部のクルド自治区などで活動している可能性がある。
ただ、IS相手の現地での情報活動のような大がかりな工作の場合、やはり人的規模も予算も大きいCIAの活動がメインになる。
CIAの活動は、作戦本部所属のイラク・シリア専門の工作管理官(ケース・オフィサー)が現地に派遣され、それを同本部内の戦闘部局である「特殊活動部」の戦闘要員が補佐するという組み合わせで行われる。
ケース・オフィサーは、作戦対象エリアでの情報活動の専門職で、他国の情報機関と交渉したり、武装勢力と接触したりといった活動を行う。だが、彼らは専門的な戦闘訓練は受けていない。
そこで危険な地域での情報活動には、戦闘力の高い人材が補佐役に投入される。それが特殊活動部員で、ほぼ全員が軍の特殊部隊の出身。無人機による偵察・監視や、特殊機器による通信傍受などの訓練も受けている。
今回のバグダディ追跡においては、CIAのチームが現地での情報活動を担ったと思われるが、そこではケース・オフィサーが現地勢力からの情報収集を担当し、特殊活動部員が無人機などでバックアップしたものと推測される。
また、CIAのチームは、ハッキングや国際通信傍受などの大がかりなシギント(信号情報収集)については、米本土の専門機関「国家安全保障局(NSA)」に調査を依頼する。そこから得られる情報は非常に多い。
しかし、こうした世界最高峰のインテリジェンスをもってしても、アメリカは自力では最後までたった一人の人間の行方を掴めなかった。
結局、最重要情報を入手したのは、国家すらもたない民兵組織の人的情報網だったということのようだ。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。