「ソニーが自動車をつくる」——。
2020年1月にラスベガスで開催されたCES(世界最大のハイテク見本市)で、ソニーは自動運転機能を持つ電気自動車(EV)「VISION-S」の試作車を一般公開しました。エレクトロニクス、ゲーム、そしてエンタメの分野で成長してきたソニーがついにEVをつくったということで、このニュースは業界の内外を駆け巡りました。
ソニーのVISION-Sお披露目により改めて注目が集まるEV市場。2020年にはトヨタ、日産、ホンダといった従来の自動車メーカーも相次いでEVの新型車を投入すると発表しており、自動車業界の競争はますます激化しそうです。
このような競争環境を制するのは、いったいどの企業でしょうか。ライバルひしめく厳しい環境では、どれだけ効率よく経営できるか、つまり「生産性の高さ」が業績に直結します。
そこで今回は、技術革新が進む自動車業界の大手メーカー3社を会計とファイナンスの視点で比較しながら、最も生産性の高い経営を行っているのはどこなのかを考えていくことにしましょう。
企業の「やりくり上手」度合いを測るものさし
冷蔵庫の残り物だけを使っておいしい一品料理をつくれた。スーパーで買ってきた食材を使って、普通なら2品がせいぜいのところを3品つくれた……「やりくり上手」と聞いて、多くの方はこんなシーンを連想するのではないでしょうか。
企業の場合もこれと同じで、少ない元手(インプット)でより多くの利益(アウトプット)を上げられる企業ほど「やりくり上手」、つまり生産性が高いと言えます。そして、企業の生産性を知りたいときによく使われる指標が「ROE(Return on Equity、自己資本利益率)」です。
いきなりROEなどという用語が出てきて戸惑う人がいるかもしれません。これが何を意味するのか、簡単に解説しておきましょう。
ここで、本連載第3回と第4回で学んだ貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)を思い出してください。
B/Sの「純資産の部」は、主に株主が払い込んだ資本と、過去に企業が獲得した利益の蓄積分等から構成されています。この純資産(≒自己資本)こそが、企業における“元手”、つまり資金面での「インプット」です。
そして、「インプット」である純資産を活用して企業が活動を行った結果、得られた「アウトプット」はどこに表れるかわかりますか? そう、P/Lの「当期純利益」です(図表1)。
B/Sの純資産を分母に、P/Lの当期純利益を分子にして、純資産を使ってどのくらいの当期純利益を生み出すことができたかを比率で表したものがROEです。ROEの値が大きい、つまり少ない純資産でより多くの当期純利益を得られるほど「生産性が高い」と言えます(図表2)。
一番やりくり上手な自動車メーカーはどこ?
ではここで、代表的な自動車メーカーであるトヨタ、日産、ホンダの純資産(インプット)、当期純利益(アウトプット)、ROEを比較してみましょう(図表3)。
(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。ROEの分母である純資産(Yahoo! ファイナンスでは自己資本)は、分かりやすくするため単純化して2019年3月期の値を採用している。なお、ROEの計算方法によっては、分母の純資産として、一定時点の残高ではなく期中の平均値を採用する場合や、そもそも純資産の部の合計から一部項目を除外する場合など、目的によってさまざまな計算方法がある。
ご覧のように、トヨタは約19.8兆円の純資産(インプット)を使って企業活動を行い、約1.8兆円の当期純利益(アウトプット)を得ています。同社のROEは実に9.49%。トヨタは「乾いた雑巾を絞る」と言われるくらい徹底的なコストの削減と合理化を行う経営で有名ですから、他の2社の追随を許さないROEの高さ(=生産性の高さ)もうなずけます。
さて、ここまではROE分析のいわば“基本編”でした。実は、ROEがおもしろいのはここからです。
「やりくり上手」にも種類がある
一口に「家計のやりくりが上手」と言っても、お金を節約して人並みの生活水準を保つのが上手(少ないインプットで並のアウトプットを得る)なのか、高性能の炊飯器や食洗機を買って家事時間を減らすのが得意(並のインプットで大きなアウトプットを得る)なのかなど、その種類はさまざまですよね。それと似たようなことが、「企業の生産性の高さ」についても言えます。
ROEを計算することで「どのくらいやりくり上手なのか」が分かりますが、ROEをもう一段掘り下げて分析することで、同じ「生産性の高さ」でも、企業によってどんなやりくりに長けているのかの違いが見えてきます。どうすればいいかというと、先ほどのROEの計算式に“補助線”を引いてやるのです。
先ほどお話ししたように、ROE=当期純利益÷純資産でしたね。
この式に、「総資産」と「売上高」という“補助線”を引くことで、図表4のように式を3つに分解することができます。
(注)図中、赤字はROEの分子と分母。
ここで、「いくつもある科目の中から、なぜ“補助線”に『総資産』と『売上高』を選んだのだろう」と疑問に思った方がいるかもしれません。
実は、こうして総資産と売上高を“補助線”にしてROEの式を3つに分解すると、それぞれがどういうタイプの「やりくり上手」なのかが分かるようになるのです。
- 図中(1)資本の生産性:資本をどれだけ効率的に使えているか
- 図中(2)資産の生産性:資産からどれだけ効率的に売上高に転換できているか
- 図中(3)売上の生産性:売上高からどれだけ効率的に利益を得られているか
この(1)から(3)へと至る流れは、株主から調達した資金とこれまで蓄積してきた利益(純資産)という元手が、最終的に当期純利益になるまでにどのような道のりをたどってきたかを可視化したものと言えます。まさにエクイティジャーニー(資本の旅)です(図表5)。
(注)図中、赤字はROEの分子と分母。
以下では、この(1)〜(3)それぞれの項目の意味合いをもう少し詳しく解説していくことにします。
(1)てこの原理で少ない元手を活用する
まずは「(1)資本の生産性」についてです。こんな例を使って考えてみましょう。
あなたは今、自動車を購入してタクシー事業 を始めようと考えています※1。自動車を購入するのに300万円の原資が必要ですが、手元には50万円しかありません。さて、どうやってお金を工面しますか?
別の仕事をして300万円を貯めるという方法もありますが、これでは時間と手間がかかってしまいます。それよりは、手元の50万円を頭金に入れたうえで自動車を担保にお金を借り入れる方が早いですよね。このように、元手のお金(今回の例では50万円)を利用して借り入れをすることを「財務レバレッジ(以下、レバレッジ)」と言います。レバレッジをかけることで、てこの原理のように小さいお金で大きなお金を動かせるようになるわけです。
(注)図中、赤字はROEの分母。
レバレッジは、総資金÷自己資金(B/Sでは総資産÷純資産)で計算することができます。このケースでは、50万円の頭金で250万円を借り入れて300万円の自動車を購入するわけですから、レバレッジは300万円÷50万円=6倍です。
自動車ローンの頭金が変わると、レバレッジの比率も変わります。頭金が多いほどレバレッジは小さく、少ないほどレバレッジは高くなります。
では、トヨタ、日産、ホンダのレバレッジはどのくらいでしょうか。図表8をご覧ください。
(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。
レバレッジの高さで比べると、日産>トヨタ>ホンダという順番になりました。ROEが一番高かったトヨタはレバレッジでは二番手になる一方、ROEが一番低かった日産は、なんと3社中でレバレッジがトップという結果に。他の2社よりも少ない純資産で大きな資産を動かしていることから、日産は純資産を生産性高く活用していると言えます。
(2)資産をフル活用して売上高を最大化する
さて、個人でタクシー事業を始めることにしたあなたは、レバレッジを活用して300万円で自動車を購入することができました。この「300万円の自動車」という資産があるおかげで、あなたはタクシー事業から売上を得られるようになったわけです。
実際にタクシー事業を始めたところ、300万円の売上が上がったとします。このように、資産(ここでは300万円の自動車)から売上高(300万円)に変換された比率を「総資産回転率」と言います。これがROEを3つに分解した時の、第2の構成要素である「資産の生産性」を測る指標です。
売上高が300万円なら、300万円の自動車という資産が1回転したと考え、総資産回転率は1となります。もしあなたが商才を発揮して売上高を600万円にまで増やしたとしたら、総資産回転率は2になります。
総資産回転率が高いほど、資産を活用してより多くの売上を上げている(=稼働率が高い)と言えます。タクシーのアイドルタイムを減らし、1日に10人だった乗客を20人に増やして売上高をアップさせると考えれば分かりやすいでしょう。
では、自動車大手3社の総資産回転率を見てみましょう(図表10)。
(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。
総資産回転率で見てみると、数値が一番高いのはホンダという結果になりました。ホンダの資産はトヨタの40%ほどですが、売上はトヨタの50%もあります。つまり、ホンダはトヨタよりも資産を有効に活用していると言えます。
(3)売上高をできるだけ利益として残す
さて、300万円で購入した自動車でタクシー事業を始めたあなたは、300万円の売上を上げました。と言っても、この300万円がそのまま利益になるわけではありません。ガソリン代やメンテナンス代のほか、人を雇えば人件費もかかります。
このように、売上高から原価や販管費を差し引いた後に残ったのが「当期純利益(利益)」です。ここでは100万円の利益が残ったとしましょう。
この、資産(この例では300万円の自動車)から生み出された売上高(同、300万円)のうちの何%が当期純利益(同、100万円)として残ったかを見る指標が「売上高当期純利益率」です。一般的にビジネスのシーンで「利益率」と言われる時は、売上に占める利益の割合のことを指します。
(注)図中、赤字はROEの分子。
では、トヨタ、日産、ホンダの売上高当期純利益率を見てみましょう(図表12)。
(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。
ここで目を引くのは、トヨタの売上高当期純利益率の高さ。なんと日産の倍以上の水準です。「乾いた雑巾を絞る」と表現される、コスト削減と合理化に長けたトヨタの真骨頂と言えるでしょう。
やりくりの仕方に3社3様の個性
以上のように、財務レバレッジでは日産、総資産回転率ではホンダ、売上高当期純利益率ではトヨタと、3つの指標の首位の座を3社がきれいに分け合う格好になりました(図表13のうち、セルが赤い箇所は3社中トップだった指標)。
(注)いずれも2019年3月期(数字はYahoo! ファイナンスのものを使用)。会計基準につき、トヨタ自動車(トヨタ)は米国会計基準、日産自動車(日産)は日本会計基準、本田技研工業(ホンダ)はIFRSとなっている。ROEの分母である純資産(Yahoo! ファイナンスでは自己資本)は、分かりやすくするため単純化して2019年3月期の値を採用している。なお、ROEの計算方法によっては、分母の純資産として、一定時点の残高ではなく期中の平均値を採用する場合や、そもそも純資産の部の合計から一部項目を除外する場合など、目的によってさまざまな計算方法がある。
この分析から導き出される3社の生産性の特徴は、およそ次のとおりです。
トヨタ:3社の中でROEと売上高当期純利益率が最も高く、利益を生み出す生産性が高い。タクシーでたとえると、燃費や修理の効率を良くすることで利益を捻り出すのが得意。この捻り出し方が群を抜いているため、結果として元手から利益に転嫁できた割合が最も高い。
日産:3社の中で財務レバレッジが最も高く、資本の生産性が高い。タクシーでたとえると、少ない元手ながらも借り入れを活用して自動車の台数を増やすのが得意。
ホンダ:3社の中で総資産回転率が最も高く、資産の生産性が高い。タクシーでたとえると、保有している自動車のアイドルタイムを減らして有効活用し、多くの売上を上げるのが得意。
同じ自動車業界に属する3社ですが、「やりくり上手」にも3社3様の個性があるということがお分かりいただけたのではないでしょうか。
さて、話は冒頭に戻って——。
乾いた雑巾を絞るようにトヨタがコスト削減に努め、日産がレバレッジを効かせて資本を活用し、ホンダが資産の回転率を高めてしのぎを削っている自動車業界。そんな競争環境に新たなニュースが飛び込んできました。
そう、あのソニーが、「VISION-S」という鳴り物入りのEVを引っさげて、颯爽と登場したのです。
もし仮に、ソニーが従来の自動車大手とガチンコで勝負することになったら、ファイナンスの視点からはかなり興味深い戦いになりそうです。というのも、ソニーのROEはなんと24%。9.49%というトヨタのROEですらかすんでしまうほどの数字です。
ソニーのROEはなぜ、こんなにも高いのでしょうか? 次回、その謎解きをしていくことにしましょう。
※1 タクシー業務を個人で行う場合は個人タクシー事業者免許が必要です。
※本連載の第5回は、1月29日(水)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)