文藝春秋31歳エースが賭ける、レジェンド雑誌生き残りの切り札とは

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文藝春秋編集部の編集者で、デジタル化を一手に担う村井弦(31)。次の100年をどう勝ち残るか。

撮影:今村拓馬

大正12(1923)年に創刊した総合月刊誌「文藝春秋」は11月7日、メディアプラットフォームnote上に初めて、デジタルでの定期購読サービスをスタートさせることを明らかにした。月額900円で最新号のコンテンツや過去記事アーカイブ、デジタル版オリジナル記事を読み放題とする。

背景にあるのは、読者の7割が60代以上という、媒体の深刻な高齢化だ。月間2000万人アクティブユーザーを抱えるnote上で、20〜40代読者を開拓する狙いがある。作家の菊池寛が創刊した、雑誌界のレジェンドともいえる伝統的な総合誌としては異例の挑戦。デジタル化を一手に担う、文藝春秋31歳編集者に聞いた。

「同年代はほとんど読んでいない」

「難しいのは表紙だけで。中身は20代30代の僕らが面白いことを企画提案しているから、同世代が読んでも面白いはずなんです。でも読者層を見ると、自分のおじいさんぐらいですね」

文藝春秋編集部のデジタル部門統括、村井弦(31)は、文藝春秋の現状についてそう明かす。

村井は大学卒業後、2011年に出版社の文藝春秋に入社。最初の配属は週刊文春だった。全聾の天才作曲家としてもてはやされた、佐村河内守氏のゴーストライターの存在を暴くスクープ記事の担当はじめ、現場の記者として4年。2015年からは文藝春秋の顔である月刊総合誌の「文藝春秋」に異動したエースだ。

「政治も経済もスポーツでもなんでもやってきました」

総合誌の編集者として手がけた特集は、安倍政権を揺るがせた森友・加計問題で自殺した近畿財務局職員の父親による独占手記や、戦後最大の経済事件と言われたイトマン事件の主役の一人である許永中氏の独占告白など、骨太なものが次々に上がる。

では、31歳の村井の周囲の同年代が読んでいるかと言うと、

「(文藝春秋を)買って読んでいる人はほとんどいません。自分が書いたから読んでと伝えて、初めて手にとってもらうくらいです」

そんなジレンマを抱えていた村井に、2019年夏を前に編集長から声がかかる。

「そろそろデジタル版に力を入れたいので、やってくれないか」

60代以上が7割、読者高齢化という現実

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文藝春秋本社でのインタビュー。傍らには創設者の作家、菊池寛の彫像がある。

月刊文藝春秋に来て4年、村井は現編集部ではもっとも在歴の長い編集者になっていた。普通なら異動のタイミングだ。

「自分は作り手でいい記事を作るのが仕事だと思っていたので、正直『自分なのか』と意外でした」

最盛期には70万〜80万部を超えた文藝春秋の発行部数は、2019年1〜3月平均で約39万8000部。出版不況と言われて久しく、その部数の落ち込み具合は文藝春秋に限った話ではない。

ただ、編集部がもっとも危機感を持つのは、読者層の年齢構成だ。1997年には40代以下が半数近くを占めていたが、2019年の今は60代以上が7割超を占め、40代以下は12%に止まる究極の高齢化が起きている。

読者の年齢構成

文藝春秋の読者構成比。1990年代と2019年で比べると、高齢化が一気に進んでいる。

提供:文藝春秋

ただし、編集部を構成するメンバーは現場は若手が中心だ。13人の編集者のうち、編集長が50代、デスク40代、あとの編集者は20〜30代ばかり。村井はこう考えた。

「若い人が読んでも、間違いなく面白いはずと思って作っていますが、届いていない。届く仕組みさえ作れば、もっと多くの人に読まれるはずだ」

5年前、ヒットメーカーのnote創業者が書いていたこと

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文藝春秋の村井(左)と、ピースオブケイクCEOでnoteの創設者である加藤貞顕。

その昔、菊池寛というクリエイターが、クリエイターによるクリエイターのためのメディアがほしいということで「文藝春秋」という雑誌を立ち上げました。そして、たくさんのクリエイターが集い、作品を発表しました。

2014年4月7日、誰もが自由に作品を発表したり販売したりできる場としてメディアプラットフォームnoteがスタートした日。運営のピースオブケイクCEOの加藤貞顕の最初のnoteに上げた文章には、そんなくだりが登場する。

加藤はもともとアスキー、ダイヤモンド社に勤務し、「もしドラ」で知られる『もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』や堀江貴文氏『ゼロ』など数々のヒットを生んだ編集者として知られる。

出版社を離れた加藤は、デジタル時代のコンテンツの流通や収益化の仕組みを作ろうと2011年にピースオブケイクを立ち上げた。その後、同社のnoteは2014年のスタートから5年かけて、2000万アクティブユーザーが訪れ、作品を発表したり流通させたりできる、一大プラットフォームに成長することになる。

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noteは月間2000万アクティブユーザーを抱える、クリエイターのためのプラットフォーム。

出典:note

その立ち上げ期からすでに、noteの世界観に文藝春秋は含まれていたわけだ。文藝春秋の初のデジタル化の場を模索していた村井がnoteにたどり着くのは、時間の問題だったかもしれない。

村井は、知人の紹介でピースオブケイクCXOの深津貴之に会う。そこで深津からはイチからデジタルメディアを立ち上げるより、note上でやってはどうかと提案される。

noteが「シンプルで使いやすく、高級感がある」ことはもとより、実際に文藝春秋の記事を流し込んで見た時に心は決まった。

「こんなに文藝春秋の記事は分かりやすく工夫されていると、改めて気付かされた。全く無理なく自然に溶け込む感覚を覚えました」(村井)。

平塚らいてうは今で言えばインフルエンサー

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ピースオブケイクCEOの加藤がnoteを立ち上げた時から、菊池寛の文藝春秋は意識されていた。

文藝春秋として初の本格的なデジタル化の場をnoteにする。これに対する社内の反応は、比較的スムーズだった。事前にnote様式に流し込んだ文藝春秋の記事を、各役員のメールに送り、目にしてもらったことが効いたという。

「(文藝春秋社の)役員でnoteの存在を知っている人は一人もいませんでしたが、満場一致で決まりました」(村井)

note上には著名な作家も個人も大企業も「クリエイター」として作品を発表し、共生するコンテンツ集積の空間ができている。noteを作り上げてきたピースオブケイクの加藤は言う。

「100年前に雑誌はたくさん創刊されたが、もともと雑誌は今のインターネットのようなもの。平塚らいてうは今で言うインフルエンサーです。情報を配布するのに、以前は一番いい器が雑誌だった。今はそれがインターネットになったと思っています」

インターネット上のコンテンツの流通や収益化の仕組み部分をnoteが担うことで「クリエイターである出版社には、コンテンツ作成に集中してもらいたい」(加藤)。

部数の減少はコンテンツのせいなのか

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note上の文藝春秋では、経済学者の野口悠紀雄氏、脳科学者の中野信子氏、ミュージシャン(NONA REEVES)の西寺郷太氏ら、約10人の知識人による無料コンテンツをweb版限定で公開。

デジタル版文藝春秋の定期購読販売と並行して、中の記事を単品でも購入できるようにする。記事はタイトルをnote向けに変えることはあっても、中身はそのままだ。

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骨太で読み応えある企画は、20〜30代にも受け入れられるのか。

分かりやすさが好まれるインターネットの世界で、硬派で格調高いとされてきた文藝春秋の世界は、果たして受け入れられるのか。村井は言う。

「実は固いのは表紙と漢字の多い目次の体裁だけだと思っています。記事の一つひとつはとっつきやすい。noteに流し込むことで、入口の障壁が取り払われ、敷居は下げてもクオリティーは下げないが、実現できると思っています」

note上のクリエイターに紙の文藝春秋で掲載する道筋をつくるほか、ウェブ版限定のコンテンツも書籍化が前提だ。紙とウェブを相互に活かすことで、文藝春秋の紙の定期購読者(年間契約で購入する人)3万人と同レベルの定期購読者の獲得を、デジタル版でも目指すと言う。

「文藝春秋には活字のエンターテインメントが詰め込まれている。部数の減少をこれまでコンテンツにばかり原因を求めてきたが、別の器に入れて出すことで、活きるものがあるはずです。やれることはたくさんある」

紙の雑誌がインターネットへと器は変わっても、クリエイターが発信し、そこに集積されるエンターテインメントを求める人々の営みは変わらないはずだ。

次世代を託された編集者の挑戦が、幕を開けた。 (敬称略)

(文・滝川麻衣子、撮影・今村拓馬)

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