「観光公害」は“お洒落ホテル”が減らす? アムステルダム最新ホテル事情

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Booking.com本社取材の途中で訪れた、オランダ・アムステルダム市内の運河から見る街並み。

撮影:伊藤有

KLMオランダ航空が、環境負荷低減のため「飛行機ではなく電車移動を推奨する」という興味深い取り組みを始めたことは以前Business Insider Japanでも取り上げた。このムーブメントは“飛び恥”という言葉まで生んでいる。

いまヨーロッパでは旅の在り方についても、観光や移動も「持続可能なもの」にしていこうという考えが急速に盛り上がっている。

ホテル予約サイトBooking.com(ブッキング・ドットコム)のマリアンヌ・ギベルス氏(CSRグローバルマネージャー)は、こうした動きについて「ヨーロッパでは、早いスピードでこの考え方が広まりつつあります。脱プラスチックの普及の速度と非常に似ています」という。

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Booking.comのCSRグローバルマネージャーのマリアンヌ・ギベルス氏。2000年に7億人弱だった旅行者は、2020年には14億人に倍増。2030年には18億人になるという試算がある。旅を持続可能なものにしていくのは旅行産業そのものの課題。

撮影:伊藤有

同様に、観光先の「都心」に泊まるのをあえて避け、少し離れた場所でも、個性的な宿に魅力的な価格で泊まる……こういう考え方は、観光客殺到による環境悪化の問題「オーバーツーリズム」の抑制にも役立つとBooking.comの関係者は言う。

実は旅行者の86%もの人が「サステナブルな旅行をしたい」という理想を持っているのに、実際には60%が実行できていない(Booking.comの調査より)。「人は態度と行動が異なる」のだ。

裏を返せば、「人が環境に配慮した旅をしたくなるような仕組み」を作ることが大事だということなのだろう。

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ほとんどの人がサステナブルな旅をしたいと回答するのに、実際には60%が実現できていない(Booking.comの調査)。

撮影:伊藤有

Booking.comのアムステルダム本社訪問に合わせて、広報担当者がアムステルダム周辺の「ユニークなホテル」を案内してくれた。案内された2つのホテルは、オーバーツーリズムを抑制するためのヒントが詰まっていた。

無意味なことをしない「ホテルじゃないホテル」

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アムステルダム近郊の個性派ホテル「HOTEL NOT HOTEL」。

撮影:伊藤有

「ホテルじゃないホテル」(HOTEL NOT HOTEL)というすごいネーミングのこの宿は、アムステルダム中央駅から電車を使って20分ほどの場所。現地の関係者によると、周囲は地元の人たちが住むような閑静な地域。開館したのは5年前だ。

HOTEL NOT HOTELのユニークさは、中に足を踏み入れるとすぐにわかる。

以下の写真を見るとわかるとおり、一見して「ここが部屋」という場所がひとつもないのだ。

非常に天井が高い空間の中央には、約60年前にアムステルダムを走っていたという古いトラム(路面電車)が置いてある。

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撮影:伊藤有


2階に上がると本棚が並ぶ廊下のような空間と、渡り廊下的な部分に古いフォルクスワーゲンのバンが置いてある。実はこのどちらもが「部屋」だ。

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撮影:伊藤有

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撮影:伊藤有

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撮影:伊藤有


本棚の一部が隠し扉のようになっていて、その裏も部屋になっている。

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撮影:伊藤有


1階の壁みたいな部分も「部屋」だった。中はシンプルにベッドがあるだけ。でも居心地は良さそうだ。

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撮影:伊藤有

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撮影:伊藤有


こういう構造なので、部屋の防音はあまりなさそうだが、見たところ、そんなことを気にする人はそもそも泊まってなさそうだ。

マネージャーを務めるシャローナ・カンハイさんによると、年間を通しての満室率は約98%。非日常的な体験ができる宿としてSNSを中心に若者の間で話題になり、予約は公式サイトからの直接予約も多いという。

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トラムを背に立っている女性がマネージャーのカンハイさん。

撮影:伊藤有

ただ流行の「インスタ映え」を狙ったホテル、というわけではないところも面白い。

カンハイさんによると、コンセプトは「ノー・ナンセンス」つまり、無意味なことはやめようということ。だから、「泊まり」だけをシンプルに提供するのでシャワー・トイレは共用。「スタッフの制服もないし、私もいつもこんな服装なのよ」と言う(だから、宿泊者とスタッフの見分けがつかない)。

個性的な部屋はすべて、それぞれ駆け出しの無名デザイナーをあえて起用するこだわりぶり。インテリアデザイナーである彼らに敬意を表す意味で、各部屋には博物館でよく見かける、作品説明プレートが掲げられている。

なお、狭いほど宿代が安く、一番安い部屋は「フォルクスワーゲン」で60ユーロほど(約7200円)。中は見られなかったが、一番高い部屋は受付の脇にある2室で220ユーロ(約2万6500円)ほどだ。

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1枚目の写真は、広めの通りに面しているが、実はホテルの「裏口」。正面は、この元通路だった奥まった部分。玄関口の向かい側には、イスラム教の礼拝堂・モスクがある。

撮影:伊藤有

それにしてもこのとても天井の高い工場跡地的な空間、元は何の施設だったのか?

カンハイさんに聞くと、「何でもなかったんですよ」との回答。

なんと、この場所はそもそも「ビルの裏に抜けるために地元の人たちの抜け道」だったそう。

その両サイドを壁で塞いでホテルに仕立ててしまったのだという。成り立ちも特別なホテルだ。

大手石油会社の研究所をリノベした巨大ホステル

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ClinkNOORDの玄関口。歴史ある煉瓦造りの建物の周辺には、映画博物館やマンション型の住宅地になっている。

撮影:伊藤有

もう一件訪問したのが、歴史ある煉瓦造りの建物を改装してつくった巨大ホステル「ClinkNOORD」(クリンクノールド)。

建物のある一帯は元は大手石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルの所有物で、この建物も元は研究所だった。

部屋数は全部で約230部屋あり、施設全体で約830ものベッドがある。部屋のバリエーションは幅広く、1人用の個室から2人部屋、8人程度のドミトリー、最も大きい部屋は14人という大部屋もある。 コワーキングスペースやソーシャルアパートメントのように、滞在者同士の会話が自然に発生するようなコミュニティーを意識した設計が非常にユニークだった。

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玄関を入ると、コミュニティースペース兼受付がある。

撮影:伊藤有

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案内してくれた支配人のマーティンさん。後ろに見えるのは、元素記号を模した滞在者向けのロッカー。

撮影:伊藤有

内部は、元の研究所の特殊な構造や装飾をいかした設計だ。

「1階が非常に天井の高い空間だったため(半地下から2階あたりまでが1つの空間だったそう)、リノベーション時に複数のフロアで区切ったんです」(マーティンさん)。中二階ならぬ「中地下一階」や「中地下二階」をつくるステップフロア構造で、各フロアがゆるくつながった開放感のある空間に設計した。

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半地下に降りる途中の、中地下一階の黄色いフロア。上側の窓っぽいところから見えるフロアが1階。下に見えるフロアは地下。

撮影:伊藤有

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半地下に降りてきた。屋外に面した大きな窓から、明るい日差しが差し込む。朝食や夕食時間にはここがレストラン代わりになる。

撮影:伊藤有

受付周辺は大小のデスクやソファー、ゲームスペースがあり、階下(半地下)にはバースペースのほか、朝食ビュッフェが開かれる広いスペースもある。

マーティンさんによると、Clinkのオーナーの「一人旅客の多いホステルだからこそ、人と人とをコネクトする場所にしたい」というこだわりから、室内外問わず、毎日何かしらのイベントを開催しているという。

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「“ひとり旅人”の今日の夕食会」。価格5ユーロと良心的

撮影:伊藤有

ClinkNOORDのコミュニティースペースには基本的に仕切りがない。雑多に配置された机やソファーや椅子に座れば、誰かしらと目があう。

みんなそれぞれのパーソナルな距離を保った位置に座っていて、まさに「ゆるくつながる」が実践された、心地の良い空間になっていた。

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半地下のバースペース。室内にはこうしたアナログゲームや、昔ながらのゲーセンのビデオゲームなどが散在してある。シリコンバレーのスタートアップのオフィスっぽい雰囲気もある。

撮影:伊藤有

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中庭のように見えて、実は室内という不思議な空間もあった。左の備え付けの長椅子には、周囲と3~4mの距離をあけて昼寝する人たちの姿があった。

撮影:伊藤有

上層階は宿泊スペース。少しだけ見せてもらうことができた。

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階段をのぼったところにあるシェル時代の名残のステンドグラス。右にはおなじみの「貝殻マーク」がある。透明のガラス部分は破損した箇所だが、歴史的建造物をリスペクトする意味で、資金を集めて近々修復する予定!

撮影:伊藤有

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4人部屋。ベッドは飾り気のない丈夫そうなもの。ここは室内にシャワーがある。

撮影:伊藤有

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4人部屋のシャワールーム。シンプルだが清潔だ。

撮影:伊藤有

位置的には、アムステルダム中央駅から、直線距離で約700m。こう聞くと都心至近のように思えるが、湖を隔てた対岸にあって、クルマの移動はかなり迂回する必要がある。

昔は寂れたエリアで、現地関係者曰く「あまり人が積極的には住みたがらなかった場所」。その後、再開発が進み、対岸までを24時間、5分おきに出向する無料フェリーが結ぶようになった。

今では、中心部に住むより魅力的な価格で、アムステルダム中央駅にも近い住宅地として生まれ変わっているそうだ。

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ClinkNOORDから5分ほど歩くと岸壁に着く。対岸に見える細長い建物がアムステルダム中央駅。

撮影:伊藤有

価格帯は一番安い大部屋で一泊14ユーロ(約1700円)程度。シャワー完備のダブルベッドの部屋で56ユーロ(6700円)程度とかなり安い。

なお、ClinkNOORDはアイルランド出身の姉妹がロンドンで始めたホステルチェーンのアムステルダム版だそうだ。現在、ロンドン2店舗とアムステテルダム1店舗が営業している。2021年までには、アイルランドの首都ダブリンと、ポルトガルの首都リスボンにも開設する予定があるとのことだ。

「旅」に求める体験が変わってきている

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Booking.comの調査をベースにした「旅のトレンド」を解説する、Homes&Apartments担当のグローバルヘッド、エリック・ベルガリア氏。

撮影:伊藤有

特別な体験ができる宿を開拓することで、宿の超都心集中を避けられるという発想は、プラットフォーマーならではの視点だ。

Booking.comのHomes&Apartments担当のグローバルヘッド、エリック・ベルガリア氏によると、世界的なトレンドの一つが「中心部から離れた地域を探して宿泊することで旅費を抑える」こと。ただ、「ただ安く泊まる」だけでなく、「新しい体験を求める」という動きも世界的な流れだという。

オンライン・トラベル・エージェント(OTA)がプラットフォーム競争になる中で、旅行産業の「勝ち筋」は、旅行産業の持続性と、旅行者が自然と「オーバーツーリズム」抑制をしたくなる行動設計。すでに価格競争の次に向かっている。

だが、Bookig.comの調査では、中心部から離れた場所に泊まると答えた人は世界的には過半数(51%)に対して、日本人旅行者は23%だったというから、日本ではまだこの流れは定着しているとは言えない。

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Booking.comのユニークな滞在先の一例。左上は、シドニーにある、アボカドを模したコンドミニアム「アボコンド」。左下は、映画MIBで使われた施設。

撮影:伊藤有

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日本向けには「KAWAII ROOM」という部屋が登場。

撮影:伊藤有

(文、写真・伊藤有 取材協力・Booking.com)

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