ニューヨークシティー・マラソンで優勝したケニアのジョフリー・カムウォロル選手。
Brendan McDermid/Reuters
- 11月3日(現地時間)、ケニアのジョフリー・カムウォロル(Geoffrey Kamworor)選手が2時間8分13秒でニューヨークシティー・マラソンを制した。
- 10月にはエリウド・キプチョゲ(Eliud Kipchoge)選手が非公認ながら、史上初の2時間切りを達成した。
- カムウォロル選手とキプチョゲ選手は、ともにナイキの「ヴェイパーフライ(Vaporfly)」のシューズを着用していた。このシューズがランナーのエネルギー効率を上げているとの指摘もある。
- 国際陸上競技連盟は、ヴェイパーフライが不公平なアドバンテージをもたらしていないかどうか調査している。
11月3日、ケニアのジョフリー・カムウォロル選手が2時間8分13秒でニューヨークシティー・マラソンを制した。
「レースはスタートから良い感覚でした」と語ったカムウォロル選手は、「ゆったりとした気分でした。このマラソンを走るために十分な準備をしてきました。終盤はペースがやや速かったですが、問題ありませんでした。そこで突き放そうと決めました」と話した。
ハーフマラソンの世界記録保持者でもあるカムウォロル選手は、ニューヨークシティー・マラソンで2017年にも優勝している。2018年は3位だった。
ゴールしたカムウォロル選手は、トレーニング仲間のエリウド・キプチョゲ選手に迎えられた。キプチョゲ選手は10月、ウィーンで行われた特別レースで史上初の2時間切りを達成していた。
どちらのランナーも、ナイキの「ヴェイパーフライ4%」のシューズを愛用している。
カムウォロル選手は、他の多くのエリートランナー同様、ニューヨークシティー・マラソンでこのシューズを着用(下の写真でも分かるように、明るいピンク色のシューズがそれだ)。キプチョゲ選手もウィーンのレースで同じシューズを使用していた。2016年の夏季五輪でも、男子マラソンのメダリスト3人がヴェイパーフライのプロトタイプを履いていた。
ニューヨークシティー・マラソンを走るエチオピアのシュラ・キタタ選手。
Craig Ruttle/AP
しかし、一部のランナーからはこのシューズが不公平なアドバンテージをもたらしているとの声もある。
ナイキの「ヴェイパーフライ4%」はなぜこれほどユニークなのか
多くのマラソンランナーがヴェイパーフライ —— 小売価格250ドル(約2万7000円)で、明るいグリーンやオレンジ色もある —— に切り替えているのは、スピードアップが期待できるとされているからだ。カムウォロル選手は、58分1秒というハーフマラソンの世界新記録を出したときもヴェイパーフライを履いていた。
シューズの発泡体とカーボンファイバーのプレートを融合させたソールが、ランナーの走りを後押しするようデザインされているという。ナイキとは無関係の研究者らが実施した2月の研究では、ヴェイパーフライは他のシューズに比べて、ランナーのエネルギー効率を4%向上させたことが分かった。
マラソンの長い距離を考えると、4%は大きな意味を持ち得る。
初期のヴェイパーフライを対象とした2017年11月の別の研究でも、同様の結論に至っている。「このプロトタイプのシューズは、ランニングのエネルギーコストを平均で4%低下させた」と研究者らは書いた。
その上で彼らは、「こうしたタイプのシューズによって、トップアスリートの走りは大幅に速くなり、マラソンでは2時間切りを達成するだろう」と付け加えた。
この予想は2年後に現実のものとなった。
2019年10月、キプチョゲ選手はウィーンで行われた特別レースを非公認ながら1時間59分40秒で走った。
その際、キプチョゲ選手はまだ市場に出回っていないヴェイパーフライの進化版を着用していた。
ちなみに、ウィーンの特別レースの記録が非公認なのは、ペースメーカーの集団(彼らもナイキのヴェイパーフライを履いていた)が交代しながらキプチョゲ選手のペースを維持し、風よけになっていたためだ。これは国際陸連が定めた規則に反する。
マラソンの世界記録保持者、エリウド・キプチョゲ選手(ケニア)。
REUTERS / Lisi Niesner
キプチョゲ選手はすでに2時間1分39秒の世界記録を持っている。2018年のベルリン・マラソンでこの記録を出したときも、彼が履いていたのはヴェイパーフライだった。
事実、ニューヨーク・タイムズによると、マラソンの歴代最高記録トップ5はいずれもナイキのヴェイパーフライのシューズを履いた男性ランナーによって達成されたものだ。
シューズは不公平なアドバンテージをもたらしていない?
自身2度目となる2018年のニューヨークシティー・マラソンを前に、カムウォロル選手はナイキのヴェイパーフライ4%がアドバンテージをもたらしていると思うか尋ねられた。
これに対し、カムウォロル選手は「あのシューズが要因とは考えていません。準備をし、ハードなトレーニングをすれば、どんなシューズでも走ることができるのです。あのシューズは他の人々の不利になってはいません」と記者会見で述べている。
だが、全てのランナーがこれに同意しているわけではない。
非営利組織ニューヨーク・ロード・ランナーズの元プレジデント、メアリー・ヴィッテンベルク(Mary Wittenberg)氏は11月初め、「わたしは全ての結果に(ヴェイパーフライの「ビフォア」と「アフター」を意味する)BVやAVといった注釈をつけるようになると考えています」とウォール・ストリート・ジャーナルに語った。
アメリカで2時間5分を切った唯一の元マラソン選手ライアン・ホール(Ryan Hall)氏は、ヴェイパーフライはただのシューズではないとの考えを示している。
ホール氏は「シューズ会社が複数のカーボンファイバーのプレートをクッションで挟んでシューズに入れたら、それはもはやシューズではなくバネであり、こうしたシューズを履かない人間に対して明らかに力学的なアドバンテージになります」とソーシャルメディアで語った。
シューズは国際陸連のルールに反するものではない
国際陸連はまだ、このシューズを禁止または規制するような動きを全く見せていない。
キプチョゲ選手の2時間切りの特別レースの前、国際陸連はこのシューズがランナーを有利にしているかどうか調べるため、元アスリートや科学者、政治家などで構成するワーキング・グループを集めた。結果はまだ公表されていない。
国際陸連のルールでは、シューズは「不公平な補助またはアドバンテージ」をもたらすことはできず、誰もが「手頃な価格で入手可能」でなければならないとされている。しかし、何をもって「不公平なアドバンテージ」とするのか、どのように「手頃な価格で入手可能」と判断するのかは定義されていない。
アシックスをスポンサーに持つランナーでライアン・ホール氏の妻でもあるサラ・ホール(Sara Hall)選手は、「これが今、わたしたちのスポーツのちょっとした頭痛の種になっています。今はパフォーマンスをただそのまま称賛することが難しくなっています」とOutside Onlineに語った。
「わたしは、水泳やトライアスロン、サイクリングといった他のスポーツと同じように、ある程度の制限を設けることになるのではないかと考えています。これらのスポーツには全てギアに制限があります。そうすることで、より公平になると思います」
ウィーンの特別レースで2時間切りを達成したキプチョゲ選手。
BBC Sport
ブルックス(Brooks)をスポンサーに持つランナーで、2018年のボストンマラソンで優勝したデジレ・リンデン(Desiree Linden)選手も、フットウェアに関するルールが今後、さらに増えていくことを望んでいるという。
「マラソンは足を競うものだ。わたしたちは誰がベスト・アスリートか、誰が42.195kmを他のアスリートよりもうまく制することができるか、明らかにしなければならない。誰が最新の素晴らしいテクノロジーを持っているかではない」とOutside Onlineに語った。
(翻訳、編集:山口佳美)