記者にも思想テスト。中国が締め付けを強化する理由——香港デモに一党支配への危機感

習近平

11月初旬に行われた中国国際輸入博覧会(CIIE)で挨拶をする習近平国家主席。香港問題にどう対応するのか。国際社会は注目している。

REUTERS / Aly Song

中国共産党の重要会議、第19期中央委員会第4回総会(4中総会)が10月末、北京で開かれた。

4日間の討議の大半が香港問題に費やされたとみられ、習近平指導部が香港問題を共産党一党支配の動揺につながりかねない深刻な問題として受け止めていることを鮮明にした。北京は香港への関与を強化する一方、大陸に波及しないよう国内引き締めを強化する構えだ。

監視社会が作る安定

香港の抗議活動が激しさを増したこの夏、中国各地を歩くたびに目に見える変化を実感する。かつて街を覆っていたギスギスとした空気が薄れ、落ち着きが出てきたのである。北京や上海だけの話ではない。地方都市でもそれを感じる。

バスや地下鉄乗り場で、先を争って列を乱す光景が減り、ドライバーのマナーも格段に良くなった。入国管理官や税関職員が向こうから「ニーハオ」とあいさつし、対応は丁寧になった。

その第1の理由は生活が豊かになって社会が安定し、「ゆとり」がでてきたこと。

そして第2は、顔認証機能の付いた監視カメラが全国に2億台も設置された「監視社会」効果であろう。犯罪が減り公務員のマナーが向上したのも、これが背景のひとつだと思う。

記者にも「習近平思想テスト」

ハロウィンの香港デモ

ハロウィンの日の香港デモの様子。ハロウィンにちなんで仮面をつけて抗議する人も多く見られ、その中には習近平氏のマスクをつける人も。

Getty Images / Billy H.C. Kwok

約14億人を束ねる共産党トップが集まる4中総会では、「国内外のリスクと挑戦が明らかに増えている複雑な局面」という現状認識から「安定と発展」が強調された。

抗議活動を統治の問題として正面に据えたのは、1989年の天安門事件以来30年ぶりだろう。共産党が香港問題をいかに重視しているかが分かる。

中国政府は10月末、メディアの記者を対象に習氏の指導思想の理解度を測るテストを実施し、合格者だけに新規の記者証を発行する方針を決めた。さらに、インターネットを通じ「不良な思想や文化が侵入」しているとして、青年を対象にした道徳教育強化を通知したという。いずれも香港問題が「内地」に波及するのを阻止しようとする「防衛策」だ。

豊かになり、安定したように映る中国社会と、党・政府による締め付け強化 —— 。この非対称な世界は、何に起因するのだろう。

「天安門事件」以来の危機

天安門

最大のタブーとされてきた天安門事件だが、それ以来の統治危機を迎えているという認識がある。

shutterstock

中国はいま天安門事件以来、最大の統治危機に直面している。

天安門事件の1989年は、米ソ冷戦が終結しただけでなく、社会主義陣営の崩壊と分裂の起点になった。中国はソ連崩壊から多くを学び、市場経済化を加速する一方、政治面では一党支配を強化した。

アメリカは中国の市場経済化を歓迎し、政治・外交面でも対中関与政策を採用した。

だが中国が豊かになれば、いずれ自由化・民主化するという期待は幻想に終わった。30年後の現在、トランプ政権は「関与策」を捨て、政治、経済だけでなく安保、軍事などあらゆる領域で、中国と敵対する「新冷戦政策」をとり始めている。

一党支配の正当性は、経済成長による国民生活向上と富裕化が保証している。ことし第3四半期の成長率が6%と、経済の落ち込みがさらに続いて国民生活にしわ寄せが及べば、経済・社会の安定は失われ、政治の不安定化を招く。

香港の混乱は、北京にとって統治を揺るがしかねない「啓示」だった。

危機後は引き締めの強化            

香港行政長官

現香港行政長官を担う林鄭月娥氏。香港問題の対策として、行政長官の選出方法についても中国側から提案された。

REUTERS / Umit Bektas

中国はこの30年、「民主化」「自由化」を基本理念にする欧米の統治システムの「普遍性」を否定してきた。4中総会が採択した長文のドキュメントと記者会見の内容をみると、露骨な欧米批判はないが、一党支配をいかに発展させるかに議論が集中し、その具体策として締め付け強化が目立っている。

例えば「一国二制度」について記者会見で、「一国」の堅持は「二制度」実施の前提とし、「二制度」は「一国」に従属すると言い切った。独立は許さない意思表明でもある。

香港問題では次のような具体策が提起された。

  1. 行政区長官の任命制度・仕組みの整備
  2. 国家安全維持の法制度と執行の仕組みの確立
  3. 青少年への愛国教育の強化

香港行政長官は選挙ではなく協議で選出し、「国家安全条例」の立法化を意味すると香港では受け取られた。ただすぐ導入するということではなく、心理的圧力を狙ったものだと思う。

天安門事件後もそうだったように、共産党は危機に直面すると、一党支配の原則論に戻り、引き締めを強化するのが習いである。

中国流の「政治の近代化」

中国共産党大会

中国共産党大会の様子。中国政府は数年に渡って、その統治能力の近代化を目指してきている。

Getty Images / Etienne Oliveau

採択された5000文字の長文ドキュメントは「国家の統治システムと統治能力の近代化」と題されている。これは初めて提起されたわけではない。習氏は6年前の中央委総会で初提起し、「工業、農業、国防、科学技術」の「4つの近代化」に続いて進める「政治の近代化」を意味する。「第5の近代化」とするメディアもあった。

はっきり言って、これを理解するのは難しい。理解可能な範囲で紹介すれば次のようになる。「国家の統治システム」とは共産党による制度設計であり、その目的は「公共領域における一連の合理的秩序の確立」にある。一方、「統治能力の近代化」は「執政党(政権党)」が近代的思考を習得し、より開かれた多元的で包括的な支配概念の確立」とされる。

これらの目的をどう実現するか、手順が示されているわけではない。

実現のスケジュールとして、

  • 2035年までに近代化を基本的に実現
  • 中国建国100年の2049年までに全面的に実現

が提示されているだけだ。「政治の近代化」が実現すれば、一党支配の社会が安定するのだろうか。

権力監視の欠如こそ

米中対立

アメリカを超える大国になりつつある中国。だが、その統治システムは権力の暴走を監視する存在を許さない。

REUTERS / Kevin Lamarque

権力は必ず腐敗する。それは制度の違いを超えた権力の本質である。権力をチェックする法秩序と、メディアを含む独立した監視機能が働かないと、権力の暴走を抑制できない。アメリカを超える大国になろうとする中国の統治システムに欠けているのはこれだろう。

少し中国に同情的なのは、欧米を中心に世界で巻き起こる中国批判の多くが、

  1. 中国内政と主権にかかわる問題
  2. 米中対立の延長としての中国叩き
  3. AI監視社会の功罪

の三つを一緒に論じている点だ。

どれもつながってはいるが、分けて考えなければ公平を欠く。

プロバスケットボールNBAチームの幹部が、香港デモに同情的なツイートをして中国側が反発している問題は、香港問題が内政問題であることに加え、「米中代理戦争」の様相を呈していることと切り離せない。

中国は列強から侵略され植民地化された歴史的経験から、台湾、香港、少数民族問題に関する批判には極めて敏感で、独善的ともとれる反応をする。奪われた領土を回復し統一性を回復するのが建国理念だから、理解できないわけではない。

一方、北海道大学教授が拘束された事件はどうみればいいだろう。拘束理由は一切明らかにされず、中国への不信感は増すばかり。この種の拘束が増えるほど、中国のイメージは傷つき、中国自身のマイナスになる。単純な刑事事件ならともかく、政治と外交が絡むような「スパイ」事件での拘束多発を憂慮する。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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