撮影:竹井俊晴
ミライのために新しい仕組みやビジネスを立ち上げようと挑戦する「ミライノツクリテ」。塾業界から日本の教育を変えようとしている探求学舎代表の宝槻泰伸(38)は、教育業界の未来をどう描いているのだろうか。
教育のマーケットそのものを変える。
受験合格や成績アップをまったく掲げない成功モデルとして、圧倒的な結果を出す。
宝槻は、その使命感に燃えている。
「子どもの探究心を伸ばすことをゴールにする。
重要なのは、そのビジョンが時代のニーズとそろってきたということです。
僕が言っていることは、100年前には空論でしかなかったでしょう。戦時中や高度経済成長期には非合理な教育論として一蹴されたはずです。
多様な価値観に基づく発想力が求められ、誰もが“個人の時代”というステージに立とうとする今だから、『やりたいことを見つけなきゃ』という新たな需要が生まれている。そこに真っすぐ応えていくことに、教育業界の未来はある」
塾業界ともコラボ「どんどんパクって」
カードゲームなど遊びと境のない演出で、子どもたちを飽きさせない。刺激され、オリジナルのゲームを作ってくる生徒も。
提供:探究学舎
時に「ハッキリものを言う」性格から誤解されがちだが、宝槻は「決して既存の受験塾を排除する気はない」という。
「学校教育を効率よく補ってくれる教科別能力開発型の塾も、子どもたちの学習のサポートには必要です。ただ、それとはまったく違うアプローチで貢献したい」
実際、各地の他塾とのコラボ企画も積極的に推進している。2年前から岐阜の進学塾「キタン塾」と共同で「探究スペシャル」の地方開催を実現。さらに2019年の春と夏には九州の大手進学塾「英進館」とも共同で福岡で開催した。
「塾業界の経営者の中には、勇気をもって変革しようとする人がいる。うちはいつでも見学オーケー。どんどんパクッてくれ!と話していますよ(笑)」
アップルストアのような校舎を全国に
撮影:竹井俊晴
次なる野望は?という問いに、答えは瞬時に返ってきた。
「5年後くらいの目標として掲げているのは、教育界の“劇団四季”になること」
なぜ劇団四季なのか。その構想について、宝槻はすでに見てきた風景であるかのようにスラスラと語る。
「劇団四季って、大阪・名古屋・福岡といった主要都市に専用舞台を常設して定期公演を行い、着実にファンを獲得しています。
探究学舎も全国10カ所くらいに校舎を置いて授業をやるんです。校舎は殺風景なビルじゃなくて、アップルストアみたいな3階建てか4階建ての開放的な空間。大人も子どもも集える学び舎で、呼び名は『キャンパス』。
1〜2月は宇宙編の授業を東京でやった後は大阪でと、舞台公演のようにスケジュールを公開して、受けたい人がいつでも受けられるスタイルに。参加規模は各キャンパス年2万人、計20万人が目標。
劇団四季のコピーをもじって、『探究学舎の元素編はやばいらしい』とか銘打って(笑)。でも、それが冗談ではなく、その通りと周知されるくらいのものにしていきたい」
キャンパスでは、同じ関心・興味を持つ子どもや大人が集って“企む”場も提供したいと考えている。これまでやってきたのが「好奇心の種をまく」ことだとしたら、「種から出てきた芽を大きく伸ばす」役割を拡充していく。
この取り組みは、すでに「部活動」として現校舎でも始めている。授業を通じて探究心が爆発した子どもたちが主役となって「宇宙クラブ」「歴史クラブ」「起業クラブ」などがすでに立ち上がっているという。
「これまでの子どもが通う知育系の習い事は、プログラミング教室や理科実験教室など、個別のジャンルに特化していた。
しかし、子どもの探究心は常にいろんなジャンルを行き来し、新たに開発されていくもの。さまざまなテーマの探究心を仲間と一緒に深められる部活動を20種以上にはしたいと思っています」
学校も選択肢の一つ。「不登校」は死語に
探究学舎のオリジナル教材「元素かるた」。ゲームに夢中になるうちに元素の知識が身につく仕掛けだ。
撮影:竹井俊晴
仕掛け満載で五感を総動員する、まるでショーのような授業が探究学舎の魅力。
しかし、その授業を教える講師の育成は容易ではないのではないか?
そんな疑問をぶつけてみても、動じることはない。
「探究学舎の講師が育ち、本当の意味で花開くのは10〜15年後。今うちに通っている子どもたちが大人になって、講師になってくれる時です。探究に夢中になった経験のある大人が増えれば、日本の教育の風景は絶対に変わる」
見つめる未来はさらに先にある。
「30年後の日本の教育環境は、“学校中心&能力開発ドリブン型”から、”子ども中心&興味開発ドリブン型”へと変わっているはず。画一的な教科学習を全員に同じように与えるのではなく、子ども一人ひとりの興味関心を育てて、それを伸ばす知識や能力をチョイスして身につけていく教育へ。
おそらく、学校は最低限な読み書き計算を習うだけの場として午前中で終わって、午後は個々に好きな学び場へ行く。近くの畑に行く子もいれば、企業に行く子もいたり。学校は必要に応じて選んで行くオプションの一つとなって、『不登校』も死語になるでしょう。
そんな未来の教育環境の中で、子どもたちが自由に興味関心を広げたり、深めたりする場として、民間の教育ビジネスが果たせる役割は大きい」
リアルな学び舎だけでなく、バーチャルの世界でも探究学習ができる構想を広げる。
「(人気RPGゲームの)『ゼルダの伝説』のように、“音楽の館”“歴史の森”“宇宙の洞窟”といったクエストを達成しながら探究心を育てるゲームをネット上に公開したい。例えば、探究学舎が任天堂さんと組んで、そんなゲームを開発したら、面白いでしょう?」
夢を語り出すと止まらない。なぜなら、その衝動を止めるブレーキになるものを、宝槻は持っていない。
「子どもの目が輝くことは、すべての人をハッピーにする。それをシンプルに求めて、突き進むだけです」
(敬称略)
(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。