撮影:竹井俊晴
ミライのために新しい仕組みやビジネスを立ち上げようと挑戦する「ミライノツクリテ」。塾業界から日本の教育を変えようとしている探求学舎代表の宝槻泰伸(38)に「28歳だった頃の自分へ」、そして「今、28歳のあなたへ」贈る言葉を語ってもらった。
僕が28歳だった頃。あの頃、僕はどん底にいました。
教育業界での成功を夢見て、出張授業事業やeラーニング事業に挑んでも結実せず、教材開発のために1億円集めた資金もショートしてしまいました。
若い頃から「根拠のない自信」を持っていた僕には、「俺には天賦の才能がある。起業すれば、絶対に成功できる」というおごりがありました。今思えば、謙虚さにも欠けていました。
結果は惨敗。仲間は去っていき、会社解散を余儀なくされ、一人ぼっちに。
一気に、崖から突き落とされたかのような大挫折を味わったのです。
しかも、その半年前には長男も生まれ、大黒柱としての重圧も肩にのしかかり……。自分を深く見つめ直さざるを得ない状況へと直面した、僕の人生の中で最も暗い時期だったと思います。
「1円も売り上げられない自分」を経験してこそ
それでも腐らず、はい上がろうという気力を持てたのは、やはり「根拠のない自信」が根底にあり続けたからでしょう。「いつかきっと何かをやり遂げられる」という気持ちは捨てていませんでした。
これは今でもそうで、またいつか崖の底に転落することがあったとしても、またはい上がれるだろうという自信はあります。
今、28歳の自分に贈るとしたら、30歳で「探究学舎」を開塾した頃に出合ったピーター・ドラッカー(米経営学者)の言葉を選びます。
「すべての偉大なる成功は、地味で面倒な事の積み重ねの上に成り立っている」——。
この一言には、あの頃の僕に最も足りなかったものが凝縮されています。
「成功は才能ある者に振ってくるものであり、自分にもいつか与えられるはずだ」と勘違いをし、成功した経営者のイメージを「キレイなオフィスで、颯爽とスーツを着こなし、優秀な部下に指示をする」という薄っぺらいものとしてとらえていました。
毎朝早い時間に店先を掃除している商店街の店主のことを“経営者”とは認識せず、どこかバカにすらしていました。
しかし、28歳で「1円も売り上げられない自分」を認めざるをえなくなった僕は、どんな職業であってもしっかりと稼ぎを出し、世の中に必要とされている人はすべて、尊敬のまなざしで見られるようになりました。
あの転落があったからこそ、ドラッカーの言葉を素直に受け取る準備がようやくできたのでしょう。
手足を使って見つけた宝石を子どもたちに
1000ページを超える『カッツ 数学の歴史』。子どもたちが目を輝かせる探究学舎独自の授業ストーリーは、こうした大著を1ページずつ繰りながら素材を探し、組み立てられていく。
撮影:常盤亜由子
その後はただ愚直に、「地味で面倒な事の積み重ね」に邁進しました。
例えば、これ。今でも探究学舎の事務所の本棚に挿さっている『カッツ 数学の歴史』。1000ページを超える大型本ですが、人類が“数”という記号を発明し、数式で自然現象を解き明かしていった歴史がつぶさに書かれてあります。
こういった資料を1冊1冊、丹念に読み込みながら、キラリと光る宝物を発掘し、授業のストーリーに組み立てていきました。
自分の手を動かし、自分の足を使って見つけた貝殻や宝石を、「どうだ!すごいだろう!」と子どもたちにシェアしている。僕が今、探究学舎でやっているのは、そういうことなんです。
beingを磨くためには「自分自身の探究」
撮影:竹井俊晴
そして、今、28歳を迎えている人たちに伝えたいこと。
目標を定める時に重要なのは、“doing”ではなく“being”です。
つまり、どんな自分でありたいか。
スマホで例えれば、どういうアプリを選ぶかは“doing”で、どんなOS環境でアプリを起動させていくかが“being”。
では、beingを磨くために必要なのは何か。
シンプルに、内省しかないと思います。言い換えるなら、「自分自身の探究」。
僕が尊敬しているコーチいわく、「自分のあり方を磨く作業は、丸太にノミを入れて削っていくようなもの」なのだそうです。
泣いたり、笑ったり、失敗したり、成功したり。その経験の一つひとつをどう捉えるかが、丸太に振りかざすノミの角度や深さを決め、自分自身の造形をつくっていく。
今、自分が置かれている状況が、自分をどう変えていこうとしているのか。
あの時の経験は、人としての成長にどう影響したのか。
その見つめ直しを常に解像度高く行う癖をつけている人は、丸太をシャープに削ることができ、ありたい姿へと自分を近づけていける。
内省の方法はいろいろあると思います。
対話を通して、作文を通して、瞑想を通して。
自分なりの方法を今から身につけて、“自分自身への探究”を深めていくことをおすすめします。
(敬称略、完)
(文・宮本恵理子、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)
宮本恵理子:1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」などを担当。2009年末にフリーランスに。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。